深夜の逢瀬Ⅰ

 午後、アインとイリヤは予定通りに座学を熟し、ラウラとフラウは公爵への挨拶を済ませ、荷物の整理を行っていた。


 夕食は家族四人で過ごすだろうと思っていたが、公爵は予定を早めてラウラとフラウの挨拶が済むやいなや屋敷を出てしまった。


 結果、アルフレッドの提案により、アインを含めた四人で夕食を摂ることになった。



「よくよく考えると、イリヤと屋敷の中で夕食を共にするのは初めてかもしれませんね」


「たしかに、一緒に昼食を摂ったりはしますが、夕食をというと一度もないかもしれませんね」


「二人はずっと一緒に居たのではないのですか?」



 ラウラは住み込みの家庭教師であるアインが、四六時中イリヤとともに過ごしていると思っていたようだ。



「流石に四六時中というわけではありません。

 お互いに休息は必要ですし、私が辺に口を出さない方がいい部分に関しては、一人で思うようにやって貰っていましたから」



 首を傾げるラウラにアインは一から説明する。


 とはいえ、意外と言うべきか説明はアインの想定を超えて短時間で済んだ。

 これも教授の悪名のお陰と言えるだろう。


 聞けばラウラやフラウの通う防衛大学でも、教授の掲げる魔法理論は有名らしく、中には独自の解釈で学んでいる研究熱心な学生もいるとのこと。



「独自で、ですか……」


「何か問題でも?」


「まれに魔力暴走を起こして、魔法師生命を絶たれることが――」


「い、一大事じゃないか!」



 フラウがテーブルを叩いて立ち上がる。

 あまり、行儀が良いとは言えないが、身近な生徒が危ないことをしていると思えば、余裕がなくなってしまうのは仕方なかった。


 早めの対処は必要だろうと考えたアインは、食事を終え部屋へ戻った後、一筆したため手紙を飛ばした。

 これで、何事もなく解決するはずだった――彼女が居なければ。



「今のは誰宛に?」


「第一王女殿下ですよ。

 今は陛下に変わって教育機関のまとめ役をしているようですし、上手いこと対処してくれるはずです」


「それはありがたいが……あまり、爵位にこだわる気はないが、貴殿は平民だ。

 公爵令嬢である私ですら中々お目にかかることも出来ない第一王女殿下に、何故、貴殿はそう気軽に手紙を送れるのだ?」


「さてさて、どこからお話をしたらいいものか……」



 アインは目立つのを嫌うため、基本的に自身の功績を公にはしない。

 国王もまたアインの気持ちを尊重し、功労者であるアインの詳細を公言していない。


 そのため、災害救助や魔物の撃退、敵国との戦争などなど、様々な場面において、功績をリーナやアイナに譲っていた。


 そして、教育者であるアインが、それだけの功績を引っさげて現れれば、生徒の反応は幾つか考えられる。


 萎縮や過度な尊敬は軽いもので、もし、凄い人間に教わっているから自分は凄いなどと勘違いする人間が現れれば大変だ。


 色眼鏡で見られるのをアインは避けたかったのだ。


 しかし、逆に言えば相手の性格が掴めれば、場合によっては必要以上に隠すこともないのだ。



「私はリーナと幼馴染であることは話した通りですが、アイナもまた腐れ縁の一人なんですよ」


「おい。殿下を呼び捨てなど!」


「その通り、本来であれば貴方が正しい。

 ですが、ここに仮にアイナが居たとすれば、私が正しくて、貴方が間違っている。

 何故だかわかりますか?」



 フラウは首を横に振った。思いつく要素がなかったのだ。


 アイナは国の第一王女である。

 次期国王は王太子である第一王子がなるだろうが、不慮の事故なんてものが仮にあれば、アイナが次期国王となる。

 他に王子がいないために、王位継承権の第二位はアイナなのだ。


 故にアイナは国王、王太子、宰相その次に発言権があるとされている。


 そんな国の重鎮とも言える者と平民が釣り合うか否か。

 答えは当然、否である。


 しかし、例外は必ず存在する。それが――



「まさか、殿下から命令されているのか?」


「そういうことです。平民の私は貴族社会の常識よりも、王族の命令を優先しなければいけませんので」


「詭弁だ!」



 たしかに詭弁かもしれない。

 しかし、それを承諾しているのが殿下となれば話は別だ。


 むしろ、呼び捨てにしないと凍らされかねないので、アインとしては無駄に動く必要がないように呼び捨てにせざるを得ないのだ。



「やはり、貴殿は信用できない。よって決闘を申し込む!」


「決闘はやめておきましょう。

 貴方が納得する要求を用意するのが大変そうですので」


「なっ⁉ 自分が勝つ前提で話さないでもらおうか!」


「そうやって、決闘前に頭に血を上らせている時点でやめておいた方がいいですよ」



 なおも食い下がるフラウにアインは仕方なく、魔力を放出し威圧した。


 全力には程遠い威圧ではあったが、フラウの実力でも膝を付くほどの威力に調整していたため、フラウは口を閉ざした。



「もう一度、聞きます。本当に決闘をしますか?」


「……いや、やめておこう。私は貴殿の足元にも及ばないと察してしまった」



 出来る武人というのは、打ち合う前に相手の力量がある程度分かるという。


 フラウの感じたのもそれで、武人としての勘がそう告げていたのだ。


 その様子を見たアインはやがて意を決したように口を開く。



「貴方はウィルフォード領で起きたウィンブルの戦いを知っていますか?」

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