長女と次女

 斧槍ハルバートを思い切り振り抜いたらしく、地面には小さなクレーターが出来ていた。


 どこか見たことがある光景だと思いながら、アインは視線を二人に向ける。

 見事なロングヘアの少女と、ポニーテールにまとめた少女――それは、公爵から聞いていた外見と一致していた。



「ラウラ姉様にフラウ姉様⁉ なんで、ここに」


「元々、年末には一度帰る予定だったのだ。

 しかし、家に若い男がやってきたと聞いて予定を早めて帰ってきた」


「イリヤ大丈夫ですか? そこの男に何もされていませんか?」



 酷い言われようにイリヤは顔を赤くして抗議し、アインは成す術もなく苦笑いを浮かべる。


 先に応えたフラウは公爵家の次女で、ガーランド公爵とは戦い方だけでなく性格も似ているようだ。


 逆に、心配そうにしているラウラは長女で、三姉妹の中で口調からも一番落ち着いているように見えた。


 やがて、落ち着きが戻ってくると、アインは一歩前に踏み出し、二人に挨拶をした。



「初めまして。

 この度、イリヤ様の家庭教師を承りましたアイン・スティアードと申します。

 公爵様からのご依頼で、お二人がこちらに滞在中は、お二人の武術教練も担当することになっていますので宜しくおねがいします」


「「「え?」」」



 アインが挨拶を終えると同時に、三人が振り返った。

 アインとしては、何も変なことを言ったつもりはないので、三人の反応に困惑してしまった。


 どうやら、誰もこのことについて聞かされていなかったらしい。



「先生は武術にも心得が?」


「ええまぁ、一応は」


「それで、姉様たちの訓練って?」


「私も朝、公爵様から言われたのですが、近々、屋敷をしばらく離れるようで、その間はイリヤだけでなく、ラウラ様とフラウ様の指導も行って欲しいと頼まれまして……」



 本当に何も聞かされていない様子の三人の反応はそれぞれだ。

 イリヤは複雑そうな顔をし、ラウラは興味深そうにアインを見つめ、フラウは敵意丸出しであった。


 だからこそ、最初に口を開いたのは次女のフラウであった。



「貴様、普段から丸腰で出歩いて、武術の心得があるだと?

 舐めるのも大概にしろ!」


「たしかに、私はどちらかと言えば魔法の方が得意ですから、普段、こうやって出歩く時は武器を持ち歩きません。

 逆に言えば、武器を持ち歩かなくて対処できるように備えはしているということです」



 そう言うとアインは、手を前に突き出し魔力を練り始めた。

 驚いたラウラとフラウは、一瞬で背後に飛び距離を取る。


 そして、アインはそれに構わず魔法を発動する。


 唯でさえ冬の凍てつく風が吹き込むガーランド領であるにも関わらず、周囲の気温が更に下がったような感覚に陥る。


 アインから吹き付ける冷気に思わず目を閉じた彼女たちが再び目を開けると、そこには一振りの刀を持ったアインの姿があった。


 その刀の刃はまるで雪のように白銀に輝いていた。



「そ、それは、第一王女殿下が使うという高等戦術型・召喚魔法|氷剣《ひょうけん》?

 あれは、殿下の固有魔法のはず! それをなんで⁉」


「まさか、それも先生が作ったんですか?」


「は?」



 フラウはイリヤの言葉に驚愕した。

 見ただけで分かるほどに有名な魔法を作ったのではないかと言われれば、事情を知らない者が驚くのは当然だった。



(それに、“氷剣も”だと? 他に一体何を作ったと言うんだ)



 フラウの疑問は増える一方だった。同時に、アインの底知れない実力に恐怖した。


 自分は一体何に立ち向かおうとしているのだろうかと。



「私がリーナ・ウィルフォード公爵令嬢と恐れ多くも幼馴染である以上、リーナ様と友好関係にあるアイナ・シェフィールド第一王女殿下と面識があっても不思議ではないはずです。

 氷剣は殆どアイナ様一人でお作りになっていました。

 偶然、居合わせた私が少し魔法式を弄っただけです」


「あの、先生?

 ただ居合わせて見た初見の魔法を、サクッと弄れる時点でおかしいことに気付いてますか?」



 イリヤは慣れたかのように声を掛け、アインはイリヤが何を言ってるか分からないとでも言いたげに首を傾げている。


 フラウもあまりにも非常識な情報の奔流に混乱していた。


 だからこそ、迷いを振り払うように、斧槍を振りかざし、気がつけば無意識の内にアインへと攻撃していた。


 しかし、当然ながらその攻撃がアインに当たることはなかった。


 振り下ろした斧は、一切の抵抗なく地面へと振り下ろされた。無論、アインは無傷。


 他の二人にはフラウが攻撃を外したように見えたが、当のフラウは実力差に驚愕していた。


 斧がアインに当たる直前、アインは氷剣を構え、斧を受け流したのだ。



(一切の抵抗もなく受け流されるなど、一体どんな練度をしてるんだ⁉)



 そんなフラウに来たのは軽い衝撃だった。

 見れば、アインが中指を前に突き出して手を広げていた。


 自分がデコピンをされたのだと気付いたフラウは、そのまま力なく地面へと座り込んでしまった。



「これで、私の実力は何となく分かって頂けたと思います。

 武術教練の話はご納得頂けましたか?」


「……分かった」



 力なくそう答えるフラウ。

 アインは念の為、見学をしていた長女のラウラにも視線を向けた。


 ラウラも今の攻防で、父親がアインに依頼するのも仕方ないと思ったらしく、大人しくアインの武術教練を受けると同意した。



「では、お腹も空きましたし、屋敷へと戻りましょうか」



 そういって、四人は屋敷へと帰るのだった。

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