風脈探し
部屋を出るとそこにはイリヤがいた。
近くにアルフレッドがいることから、アインを見かけて押し入ろうとしたものの、押し止められたといったところだろう。
「おはようございます先生。父とは何を?」
「おはようございますイリヤ。
ついつい忘れがちになってしまいますが、私は一応、家庭教師ですからね。成果の報告と今後の方針について少々」
流石、執務室と言うべきか、扉の前に居たにも関わらず、どうやら二人の話し声は聞こえなかったらしい。
アインは準備を整え、イリヤを伴って久々に屋敷の外へ出た。
あの壁の一件以降、イリヤはアルフレッドとよく外へと出ていたが、アインはその間、屋敷の書物を閲覧して過ごしていたため、屋敷の外へは出ていなかったのだ。
特に理由はなかったが、アインにとってガーランド家の書庫にしまわれた書物は、興味深い物が多く、ついつい知識欲が刺激されて読み耽ってしまった結果だった。
「では、いつも通り歩いてみて下さい。私は黙って付いて行きますから」
「先生。それは少し寂しいと思いませんか?」
ここのところ自習ばっかりだったため、こちらに来たばかりの頃と比べると格段に二人が一緒に過ごす時間は減少していた。
どうもそのことが不満だったようで、イリヤは頬を膨らませている。
アインは苦笑すると一つ提案をした。
「わかりました。私の手を引いて街を案内してくださいますか?」
「――っ⁉ 喜んで!」
イリヤはアインの手を握ると、スキップでもしそうな勢いで前に進み始める。
アインも引っ張られるままにそれに付いて行った。
傍から見ればどう映るだろう――仲の良い兄妹? 恋人? 何れにしても、仲睦まじい二人を街の人々は笑顔で眺めていた。
アインがイリヤに言い渡していた課題は、風の流れを掴むことだった。
このガーランド領は地形や建築物の影響で、常に風が吹いている。
その起点となる風脈を探しなさいと話していたのだ。
今日はその一つを見つけたと言うので、確認のため二人で出かけることにしたのだ。
「先生、こっちです!」
イリヤに引っ張られること十数分。
二人は過去に使われていた物見櫓に辿り着いた。
二人が物見櫓の下に付くと、四方八方から柔らかな風が吹き込んできた。
そう、こここそが風脈の一つで間違いなかった。
「なるほど、やはりイリヤは風の同調が早いですね。半分は正解です」
「半分――ですか? 場所は間違いないと思いますが……」
「その通り、場所は間違っていません。だから半分正解です」
イリヤは首を傾げる。
アインがイリヤに課したのは風の流れを掴むこと。風脈を見つけた時点で果たしていると考えるのが普通だ。
しかし、イリヤはこことは別に風脈の一つに既に訪れていた。
そう、壁の上にあった石碑だ。
「まさか、ここにも?」
「そう思うなら探してみましょう」
イリヤは言われるがままに探し始める。
そして、ふと上を見上げた。そう、物見櫓を――
ここは一般に開放されている施設で、子供たちもよく物見櫓を登っていた。当然、イリヤも許可なく登ることが出来る。
イリヤはどこか確信めいた様子で物見櫓を登った。
そこには石碑はないものの、当時の監視員が使っていたのか、ガーランド卿の言葉遊びなのか
「私の凄いご先祖様なのは間違いないんですが、コレってどうなんですか?」
「まぁまぁ、ガーランド卿もお茶目だったということですよ。
良いじゃないですか、親しみやすくって。
今代のウィルフォード公爵もお茶目なところがあるんですよ?」
「え……“紅蓮の獅子”と呼ばれているウィルフォード公爵がですか?
まるで想像付かない……」
イリヤの感想はもっともで、リーナの父であるウィルフォード公爵は、他国から“紅蓮の獅子”という名で恐れられている。
たった一人で極致戦術型戦略級魔法 《紅蓮蝶》を多重展開し、城塞都市一つを灰に変えたのは逸話の一つだ。
城塞都市ともなれば多くの対抗魔法陣が備えられているものだが、それらをものともしなかったそうだ。
さすが、個人で発動する攻撃魔法【戦術型】の中でも唯一、【戦略級】の名を冠する魔法である。その真価は計り知れなかった。
「そこまでの威力って個人で出せるもんなんですか……」
「ウィルフォード家が特殊なだけですよ。
あそこは代々、魔力保有量が多い一族ですからね。
ウィルフォード公爵に関しては歴代の中でもトップクラスで、宮廷魔法師何人分に相当するか、敵なら考えたくもないでしょうね」
「つまり、底なしと?」
「そういうことです。
流石にリーナはそこまでいきませんが、年々、魔力保有量が増えてますからねぇ……将来が心配です」
アインは困ったようにため息をつく。
アインも確かに紅蓮蝶を扱うことが出来るが、残念ながら完成形とはいえず、威力も精々、全魔力を注いで本気を出せば、城一つ灰に出来るかなという程度だ。
都市どころか、防御に特化した城塞都市を落とすなど、人間離れしていると言っても過言ではないだろう。
リーナに戯れられる周囲の者からすれば、リーナが将来的にああなると思うと、どう対処したものだろうかと思うのは至極当然のことだ。
「先生はその……」
「どうしましたか?」
「先生はリーナ・ウィルフォード公爵令嬢とどういう関係なんでしょうか!」
意を決したようにイリヤが発した言葉はそんな言葉だった。
アインはしばし放心してイリヤを見ていたが、やがて物見櫓から街を見下ろし、口を開いた。
「私とリーナは……平たく言えば幼馴染ですね。
以前お話した通り、私は戦争孤児で手厚く介護してくれたのはウィルフォード家でしたし、同年代は私だけだったので自然と一緒に過ごすことが多かったんです」
「それにしたって、リーナ様のことをよくご存知のようですから」
「んー。それはお互い様と言いますか、一緒に過ごすのは今も変わりませんので。
それが例え戦場の最前線であったとしても――こんなに別々に過ごしているのは、思い返せば八年ぶりくらいかもしれません」
王都にいた時は、休日を一緒に過ごすこともあったが、そもそも取っている授業や研究室が同じため、ほぼ毎日顔を合わせていた。
二人とも成人すれば、お酒を嗜むようになり、夜をともに過ごすこともよくあった。
「よ、夜をともに過ごすって⁉」
「あはは……別に何もありませんよ。
単に二人で飲んで酔いつぶれるだけでね」
「本当に?」
イリヤは疑わしげに眉を潜めているが、リーナはアルコールに弱いため、いつもすぐに酔い潰れてしまう。
アインは基本的に晩酌に付き合わされているだけなので、リーナが酔い潰れればそれ以上飲むことはない。
結果的に、アインがその気にならなければ、酔った勢いで――なんてことにはならないのだ。
「さて、雑談はこの辺にして――何か掴めましたか?」
「それは勿論」
「なら、降りるとしましょう。もうすぐお昼の時間ですしね」
最近はアインもイリヤと同じ食卓で昼食を摂っていた。
意外にもそれを提案したのは公爵自身だったらしいのだが、どういう意図があるのかは分からない。
それほど、たかだか平民であるアインが公爵令嬢と席を共にすることはありえないことなのだ。
降りた二人が歩きだすと、イリヤはアインを見て何かを訴えていた。
意図を汲み取ったアインがイリヤの手を握ろうとした時だった。
ふと殺気を感じ取ったアインは、イリヤを抱きかかえて跳躍した。
「この不埒者! 何故、避ける!」
「そうですよ。私たちの可愛い妹を誑かして……お覚悟を」
二人の少女が飛び出してきたのだった。
――
あとがき
「※注」ってルビ入れときましたが、本来、風見鶏って風向計とか言われるやつで、アニメとかで絶対見たことあると思うんですけど、家の屋根に付いた風向を確認する設備のことを指すんですよね。
想像付かない人はグーグル先生に聞いてみてください。いっぱい画像出てきます。
そして、この辺で少し触れました戦術型という表記に関して。
以前、コメントで指摘を受けていたのですが、ここに出てくる戦術型は「個人で発動することが出来る攻撃魔法」を指しているため、魔法規模を示すものではありません。限りなく造語に近いですが(汗)
その辺は設定資料(用語)に書いてあると思いますので、詳細はそちらを確認して頂ければと思います。
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