公爵と面談
食事も特に変わったことがあったわけではない。
強いて言えば、秋に来たガーランド領も遠の昔に冬へと移り変わり、旬の食材も移ろいつつあったことだろうか。
そう考えると、アインがガーランド領に来て既に一月半もの月日が経過していることが分かる。
そのことに感慨を受けながら、アインは執務室のドアをノックする。
「公爵。アイン・スティアードです」
「アインか。入れ」
「失礼します」
数刻前に会ったばかりの公爵は既に机に向かって仕事をしていた。
隣には山積みになった書類の束が見える。
いつもであれば、補佐官が隣に立って一緒に書類の確認をしているはずだが、今日は部屋を見渡してもいる気配はなかった。
それだけ込み合った話をするのかもしれないと、アインは気持ちを改めて引き締めた。
「呼んだのは他でもない。イリヤの習熟状況を教えてもらおうと思ってな」
「進行度に関しては良好。
現時点でサンフォード魔法大学附属の予科生課程に合格できるだけの実力はあります」
「本当か?」
「受験生次第では主席を目指せないこともないかと」
実際、あの壁での一件以降、イリヤは突然、風魔法を扱えるようになった。
壁の上からのダイブ中に風のイメージを掴めたのか、はたまた風見鶏が手を貸しているのかは分からないが、当初の目的である風の魔法の習得に関しては概ねクリア出来たと言えるだろう。
「この短期間でそこまでか……本当になんとお礼を言ったらいいか」
「ただし、それはあくまで魔法師としての実力です。
ガーランド公爵家の血統を受け継ぐ者として、風使いとしてはまだスタートラインに立った程度と言えるでしょう。
公爵さえよろしければ、引き続き試験で王都に行くまでは家庭教師を続けさせて頂きます」
元々、風の魔法が使えないために招集されたアイン。
すでに、ある程度使えており、習熟度は本人の努力次第で解決する以上、正直に言えば出番はほぼない。
それにも関わらず、家庭教師を続けるというのは、純粋に投げ出すのが嫌いというのもあったが、イリヤの成長する姿をもう少し見守っていたいと考えたが故だった。
「それは私としては願ったり叶ったりだが、年末は実家に帰らなくていいのかね?」
「すでに手紙は送ってありますのでお気になさらず」
実際には一度、家に帰るようにとも書かれていたのだが、アインが一度言い出すと聞かないことも理解しているため、渋々ではあったが了承を得ていたのだ。
「そうか。とはいえ、イリヤの方は大分落ち着いて来たんだろう?
もう一つお願いしてもいいか?」
「何でしょう?」
「他の二人の武術も稽古を付けてやってほしい」
寝耳に水とはこのことだろう。
風の噂でイリヤの姉二人――ガーランド公爵家の長女と次女――が年末に帰ってくることはアインも知っていた。
二人は同じ王都でも、魔法全般を扱うサンフォード魔法大学と違い、武術などを専門とするアスタリカ防衛大学とその付属校に通っている。
歳は長女がアインの一つ下なのだとか。
しかし、まさか武術を教えるように言われるとは思いもしなかったのだ。
なにせ、アインは魔法専門の大学に所属している。
武術も嗜むが教えるほどかと言われれば、普通に考えれば武術校生に敵うはずもない。
「稽古は公爵自らされた方がいいのでは?」
「私は暫く屋敷を出る必要があってな。
折角ならアインと手合わせの一つでもすれば、あの二人にもいい刺激になるかと思ったのだが……ダメか?」
とはいえ、公爵もそう簡単に引き下がるわけがない。
朝の素振りを見た時点で、アインの練度が高いことは確認済みだった上、アイン自身は謙遜しているが、普段から大隊長クラスの騎士や近衛騎士、そして王国内最強クラスであるリーナと手合わせをしているのである。
少なめに見積もっても、そこそこの実力であろうと想像してしまうのは、致し方ないことだった。
そこは、アインも少なからず自覚があるため断れなかった。
「そういうことでしたら、私も断るに断れませんね。
年末の家族水入らずにお邪魔することになりますし、そのくらいでしたら受けさせて頂きます」
「まったく。アインは教授の言う通りお人好しだな」
「性分ですので」
二人は顔を合わせ、握手を交わす。
ある意味で、二人の信頼関係がより深まった瞬間であったと言えるだろう。
「では、私はこの辺で。今日はイリヤの課外授業を計画しているので準備をしなければ」
「街の方にか?」
「はい。この街の構造は公爵も御存知の通りですので、散歩がてら視点を変えて散策するのもいいきっかけになるかと」
そう言って窓の外を見るアインの視線の先には風車があった。
止まることなく回り続ける風車。
風は休むことなくこの地へと吹き込んできていた。
一緒に外を見ていた公爵も、程なくして視線をアインに戻す。
そして、おもむろに呟いた。
「風は常に我々と共に――か」
「そういうことです」
アインがイリヤに言った言葉だった。
それだけで、アインがイリヤに何をさせようとしているか、ある程度悟った公爵はアインに念押しをした上で見送る。
「了解した。くれぐれもイリヤに怪我のないように」
「承知しました。では、行ってきます」
そう言って、アインは執務室を後にした。
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