第三章 吹き付ける新たな風
いつもの朝
壁の上でイリヤの力の片鱗を見て幾ばくか経った朝、アインはいつも通りの時間に目が覚めた。
北の台地は寒かったが、将来的には王宮、あるいは公爵家で魔法師として仕事をしたいと思っているアインは、家庭教師を引き受けていながらも鍛錬を一日たりとも怠ったりはしなかった。
当然、それは翌日の授業の準備で夜遅くに寝たとしてもだ。
そもそも、教授や腐れ縁たちの無茶振りが原因で、元来の睡眠時間が少ないのも要因の一つだったが、純粋に朝方の冷え込み具合が尋常じゃない所為だ。
てっきり公爵家だから暖房の一つでもあるだろうと思っていたアインだが、実際には寒さに強い一族なので、応接室や上着を脱ぐ必要のあるダイニングくらいにしか暖房器具がなかったのだ。
しかし、資材の少ない北の台地で、魔力を大量に消費する暖房器具を贅沢に使えないのは、考えてみれば普通のことであった。
これだけの壁を持つガーランド公爵領も、食事自体は米や芋、狩りで得た地元の動物の肉で構成されている。
米も水でかさ増ししなければいけないほど貧しいわけではないが、王都の貴族たちと比べれば質素であることに変わりはなく、裕福なわけでもなかった。
それは、客人であるアインのメニューが――というわけでもなく、公爵家や臣下たちの家も全てそんな感じになっているのだ。
――閑話休題
鍛錬にはここに来たばかりの時に、イリヤとの模擬戦で使用した場所をそのまま借りている。
手には模擬刀。以前、アインがウィルフォード公爵から頂いたものだ。
「精が出るな」
素振りをしていたアインに声を掛けたのは、初日から殆ど顔を合わせることのなかったガーランド公爵だった。
ただ避けられているわけでもなく、純粋に年末に向けて執務室からほぼ出られないほどの書類が毎日来るのと、アインはガーランド家とは別で食事を摂っていたからだった。
「公爵。おはようございます」
「ああ、おはよう。毎日、剣を振っているのか?」
アインが挨拶すると、公爵はアインの振るっている模擬刀が気になったのか、アインにそう聞いた。
「腕が鈍ったら、どっかの令嬢に斬って燃やされかねないので」
「ウィルフォード公爵令嬢のことか。
随分とツンデレなお嬢様に気に入られたものだ」
あれをツンデレで片付けていいものか?――というアインの疑問を他所に、ガーランド公爵もまた何処からか模擬刀を担ぎ出してきた。
普段は夜、風呂を浴びる前に行うそうだが、アインがやっているのを見て興が乗ったようだ。
従者が二人がかりで持ってきた大剣型の模擬刀を、公爵は片手で軽々と持ち上げる。
傍から見ても、鍛え抜かれた強靭な肉体を持つ公爵だが、流石の公爵と言えど、大剣を片手で持つのは難しいはずだ。
息をするように自然に使用されたのは、身体強化の魔法だった。
「噂には聞いていましたが、公爵は大剣を使用されるのですね」
「ウィルフォードの様にガーランド一族が……という訳でもなくてな。
単に私は身体強化が得意で、力技を好むから収まるところに収まった感じだな」
ウィルフォード公爵家は、代々、戦略級である“
魔法剣技とは、剣術と魔法の両方の側面を持った複合技で、“斬って燃やす”とは文字通りの意味というわけだ。
そのため、ウィルフォード公爵家では、騎士剣の上達が必須項目とされている。
王宮騎士団では比べ物にならない程の英才教育を施されているため、魔法を扱えるようになるまで、リーナは“
「では、イリヤ様には特に武器の指定はないと?」
「イリヤでいいぞ。そう呼んでいるんだろう?
武器はあの子に合ったものを選んでやってくれ。
ウチの長女も次女もそれぞれ
「斧槍――槍ですか。風と相性が良さそうだ。
それに細剣も小回りが効く分、風見鶏との相性は良さそうですね」
「残念ながら、二人とも極致魔法の習得には至っていないがな」
事前情報である程度のことは知っていたとは言え、イリヤから優秀な姉と聞いていたアインは、二人が揃って風見鶏を習得していないことに改めて驚いた。
無論、簡単に習得出来るような魔法でないことは百も承知だったが、あれだけの同調率を持つイリヤが優秀と言う姉妹たちだ。
当然、イリヤ同様に風見鶏との相性は抜群なのだろうと勝手に想像をしていたのだ。
「驚いたか?」
「まぁ、イリヤからは優秀な姉たちと聞いていましたので。
でも、そうするとイリヤの苦手意識はコンプレックスからではないという事ですかね?」
「さぁな。魔法に対してはどうか知らないが、長女と次女にコンプレックスを抱いているのは間違いないと思うぞ?」
聞けば、長女は身体強化が苦手な分、テクニックでそれを補っているらしく、自然と細剣になったのだとか。
次女に関しては父親譲りのパワフルな戦い方をしているらしい。
また、風魔法に関しても、聞いている限りでは今のイリヤ以上に出来ているそうだ。
対し、イリヤは武芸に関してはからっきしで、護身術関連も怪しいらしい。
「アインはイリヤにどんな武器が似合うと思う?」
「イリヤは狩猟の類いも経験がないのでしょうか?
北の台地では鹿狩りなんかも盛んと聞いたことがありますが……」
「そういえば、連れて行ったことがあったな。
あれで意外と命中率が高かったような?」
「で、あれば決まりましたね。魔法銃はどうですか?
ガーランド家のイメージからは外れてしまいますが、イリヤの長所を活かすという意味では丁度いいように思いますよ」
魔法銃は魔法を飛ばす銃――というわけではなく、魔法式を飛ばす銃のことを指す。
これの面白いところは、通常では発動し得ない距離で、魔法を発動させることが出来ることだ。
一般的な魔法師は、自身を中心とした半径数メートルにおいて、魔法式を展開し魔法を行使する。
しかし、この魔法銃を使うことで、数キロ先で水を発生させたり、風を起こしたり出来るのだ。
「魔法銃は扱いが難しいですが、使いこなせば支援職として大幅なアドバンテージを得られます。
イリヤの姉上たちは近接職ですから、あえて支援職に力を入れて姉二人をサポートするというのも一つの形かなとは思います」
「なるほど。そこに風見鶏の索敵能力が加われば奇襲も思いのまま――今まで考えたこともなかったが中々に凶悪な組み合わせだな」
魔法銃による遠隔魔法式展開は、見たところに展開というよりは、実際には空間把握による位置座標の固定で成り立っている。
そのため、通常の使い手であれば、視認した範囲で展開するのだが、索敵魔法である風見鶏を併用すれば、例え建物の中だろうと遠隔で魔法式を展開できる。
建物や地下室に閉じこもった相手であっても、袋小路に出来るというわけだ。
「戦いたくなくとも、遠隔で活性弾を放てば味方の回復も出来ますし、敵の侵攻を妨害するなどやれることは多いはずです」
「たしかに、そう聞くとあの子にぴったりの武器にも感じられるな。それはそうと、朝食の後に少し時間をくれないか?
正直、今の時点である程度聞きたかったことは聞けたのだが、他にも幾つか聞いておきたいことがある」
「承知しました。食後、執務室の方に改めて伺います」
アインは公爵に礼をして、その場を後にした。
――
あとがき
思ったよりも執筆ペースが遅いです……
一応、プロット上は6章構成で考えているので、この第三章で半分が書き上がる感じですね。
というよりも、ここまで密に展開を考えて書くの実は初めてだったり……
更新が完全に止まっている拙作「才女の異世界開拓記」なんか、まさにその象徴で行きあたりばったり執筆だったため、知らん内に変な設定めっちゃ増えてるし、キャラどんどん増えるし、自分でも設定資料作らんと分からんくなっとります(汗)
あれの執筆再開は大変そうだ……
そんな訳で、とりあえず三章を書き終えたので、今日から数話に渡って毎日18時頃更新します。
前にどっかで書いた気もしますが、Wordで執筆してるので、ページ数とか気にしながら書いてるんですけども、三章は想定していたページ数より少ないので、終盤にページ数増えるかなぁって期待してる五章、六章のページ数次第で後から加筆するかもしれません。
それと、近々、一番最初に設定資料作っておきます……
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