復習Ⅱ
「では続きを復習していきましょう」
音撃によって制御を失った水は、ただ重力に従って落ちるのみ。
アインは制御を失い、ただの水となった水弾を、すかさず自らの制御下においた。
そのまま、雪結晶をイリヤの作った水を使って生成した。
本来であれば、水を生成した上で生み出す魔法だが、イリヤが準備の工程を代わりにやってしまったため、アイン自身は工程をすっ飛ばすことが出来たのだ。
そのため、瞬時に生成された雪結晶は吹雪となり、イリヤに襲いかかったというわけだ。
無論、この吹雪の制御はイリヤが見せたものと同じものであるため、イリヤが仮に音撃を扱えたとすれば、簡単に防げる攻撃であった。
これも、アインによって図解されていく。
本来、自身が使っている魔法ならまだしも、相手の使っている魔法の式まで明確に描き表すのは難しい。
文法に癖があるように、基本の魔法式があっても少しずつ紋様に使用者の癖が現れるからだ。
それをアインは明確に描いていく。
これは一種の才能だ。だからこそ、教授はアインを公爵家の家庭教師として選んだ。
吹雪の解説が終われば、次は魔法障壁の話だ。
音撃を扱えないイリヤは、吹雪をそのまま魔法障壁で受け止めた。
それが間違いとも気づかずに……
「さて、ここで再び問題です。魔法障壁って何でしょう?」
「え……魔法で出来た障壁。つまり、魔法攻撃を防ぐ物ではないんですか?」
「間違ってはいませんが、やっぱり正解とは言えませんね」
アインは言う。
魔法障壁は魔法師を守るためのものなのだと。
「魔法を防ぐものと思って魔法障壁を展開すると、実はただの魔力で出来た何かを生成してしまうんです。
魔力が集まっているからこそ、下級の魔法は音撃と同じような原理で防げますが、そうでない魔法に襲われれば、たちまち障壁は魔法干渉を受けます」
魔法干渉とは事象への介入がぶつかりあった際に、干渉力の強い方に弱い方が影響され変化することを言う。
イリヤの魔法障壁が、アインの吹雪を受けて端から凍り始めたのはこの所為だ。
そもそも、魔法とは何もないところに事象を引き起こす術だ。
形のないものに実体を与えるということは、形あるもののイメージをしっかりと持っていなければいけない。
物を作るために設計図が必要な様に、強固な魔法を作るには完成形をしっかりと思い浮かべる必要があるのだ。
そうすることで、干渉力が上がり、他の魔法に影響されにくくなる。
「これがイメージの違いというものです。
では、障壁にどんなイメージを持てば、干渉力が高まると思いますか?」
「障壁……壁、ですか?」
「正解」
魔法障壁とは、魔法で生成された魔法師を守る最後の砦だ。
ありとあらゆる攻撃から対象を守る壁のイメージを持てば、曖昧な現象である障壁も、強固な障壁へと生まれ変わる。
当然だが、壁の表面が凍ることはあっても、壁自身が凍ることはない。
例え真正面から吹雪を受けたとしても、魔力が尽きない限り耐えられただろう。
しかし、“ただ阻むもの”と思って作られた障壁は、曖昧なイメージによって作られた曖昧なものであり、魔法の影響を大きく受けるのだ。
「イメージの仕方を変えるだけでそんなに?」
「どうですか?
少しは、イメージを現実に現出させるという意味と、魔法式が理解出来ましたか?」
「なんとなくは、ですけど……」
その返事にアインは満足そうに頷く。
こればっかりは、模擬戦をしたり、実際に魔法を使って、イメージの仕方を教え、もう一度魔法を使わせるしかないのだ。
“魔法を行使することで得られる結果“という答えを教えた上で魔法式を描いて見せる。
こうすることで、魔法式の構造というものを理解しながら、同時にイメージを現出させる工程をなんとなく感じ取ることが出来る――これが、アインが考えた教育プランだった。
「イメージが現実に現出する――属性に縛られないということは、まさか、私の波が霧になったのや、部屋の温度が変わったのは……」
「そういうことです。つまり、水を蒸発させ、急激に冷やすことによって霧になった。
当然、属性として割り振られた現代魔法において、水を蒸発させる手段なんて、火の魔法を当てるくらいしかありません」
しかし、火の魔法では打ち消し合うだけで、完全に蒸発させようと思うと、かなりの魔力を使う。現実的ではない。
そこで、波を構成する水自体を沸騰させれば、使用する魔力をグッと抑えることが出来る。
さすがに、沸騰した蒸気をまともに受ければ火傷をするため、実は魔法障壁を展開して熱波を防いだ上で、あの場一帯の気温を下げて霧を生み出していたのである。
ここらがイメージの限界というものだろうか。
水から霧は出来ないのだから仕方ない。そして――
「居場所が分かった件については――今は置いておきましょう。
いずれ分かりますからね」
イリヤからすれば一番知りたかった内容かもしれないが、風の流れを読んだあの感覚を変に教えることで、風見鶏の習得に影響が出ると問題になるため、アインはあえて教えなかった。
「それでは、早速、試すだけ試してみましょうか」
そう言って、アインは再びイリヤを訓練場へと連れ出した。
訓練場に来たイリヤに待っていたのは、見たこともない装置だった。
最初から準備が出来ているかのように鎮座するそれは、アインが事前に用意していた物で間違いない。
今まで座学が多かったが、ようやく実技的な訓練もするのかとイリヤは期待した。
「先生これは?」
「指定した強さで魔力弾を放つ装置です。今日のために教授に作らせ――作っていただきました」
「今、言い直しましたね?」
「さて、なんのことでしょう?」
アインはにこやかに惚ける。
どうやら触れてはいけない内容のようだと感じたイリヤは、その後は追求することもなく、これから行うことについて説明を受けた。
しかし、内容を聞き進めるに連れ、その表情は曇り始める。
内容は至ってシンプル。
ひたすら強くなっていく魔力弾を、魔法障壁で防げば良いというもの。
とりあえず、どんなものかと試し撃ちをしてもらうと、最低火力で放たれたそれは壁に当たって気持ちのいい破裂音を出す。
当たれば肌が赤く腫れそうな音だ。
今にしてみれば、聞かなければ良かったと思うイリヤも、この時ばかりは怖いもの見たさに最大火力の試し撃ちもしてもらった。
結果から言えば、壁が崩れた。
魔力弾の当たった場所は、街を囲う壁と同じ素材を使った硬い壁であったにも関わらず、陥没し、ひび割れ、一部が崩れたのだ。
「せ、先生。流石にこれは……」
「あはは……流石に遊びが過ぎますね。多分、私に対する挑発でしょう」
そう言って、アインはその魔力弾をアルフレッドに頼み、自分に向けて撃たせたのだ。
イリヤは驚きのあまり声を失った。
酔狂な事をするアインに対してもそうだが、頼まれるままに躊躇いなく実行したアルフレッドにもだ。
しかし、放たれた魔力弾はアインの展開した魔法障壁によって霧散した。
「どうですか? イメージ次第でこの程度は軽々防ぐことが出来ます」
「先生?」
「――? どうしましたか?」
「どうしましたかじゃありません!
いきなり、あんなことしたら驚くじゃないですか‼」
信頼していたとは言え、イリヤ同様、アルフレッドもまた驚いていた。
今の威力は、強力な対抗魔法なら兎も角、たかが下級の魔法と言われる魔法障壁で危なげもなく止められるような物ではない。
とはいえ、宮廷魔法師ともなれば、魔法障壁を幾重にも重ねた多重魔法障壁にて防ぐことも可能なはずだ。
しかし、アインはたったの一枚で、今の攻撃を防いだのだ。
「さてさて、イリヤはこの三十段階の内、何段階目まで耐えられますか?」
そうにこやかに問うアインはどこか楽しげだ。
イリヤは顔が引きつるのを感じつつ、アインのスパルタ教育を受けることになった。
結論から言うと、イリヤはこれを十二段階まで防ぐことに成功した。
まともな魔法教育を受けず、独学でやってきたにしては非常に優秀な成績だ。
「少し、魔力効率が悪そうですね。大丈夫ですか?」
「結構、魔力の消費が激しいですね。
欠乏症とまでは言いませんけど、気を抜くと倒れそうです」
「そうですか……
では、今日はこの辺にしておきましょう。
明日は街の端にある城壁に向かいます。
寒くないように準備しておいてくださいね」
イリヤは唐突にそう言われて首を傾げていたが、アインはどこかへ急ぐ様にその日の授業を締めくくった。
――
あとがき
新年あけましておめでとうございます。
最新話の更新です。
面倒でそのままになってるカクヨムコンの登録解除は、以前活動報告でお話した通りです。
この作品も普通に新人賞的なやつに応募してみようと思ってます。
最新話と言いながら、二章を書き終えて推敲した結果、これの一つ前の話の最後にも追記してますが、文字数が増えまして二つに分けてます。
つまり、これの次の更新はすでに公開していたものの修正となりますね。
とりあえず、二章が終わるまでは毎日18時頃投稿になりますので、贔屓にして頂ければと思います。
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