復習Ⅰ

「最初はイリヤの魔法から始まりましたね」


「はい。基本的な水魔法・水弾です。そして、先生の魔法に消された」



 基本的な魔法――現代魔法が生み出した余計な考え方の一つだ。


 現代魔法ではそれぞれに属性と呼ばれる物がある。

 水を扱うものは水魔法、風なら風魔法、物を浮かすのは浮遊魔法で、重力を扱うのは重力魔法などだ。


 しかし、これらは分類する上で都合がいいからそう言っているだけであって、実際にその括りがあるわけではない。


 今、イリヤの言った水弾もその一つで、四大基本属性《水》《風》《地》は魔力を弾丸にして飛ばす魔法を基本魔法としている。


 故に魔法師ではなく、魔法使いが量産されているとも知らずに……


 なんであんなにあっさり消されるのかと、少し悔しそうにそう呟くイリヤだったが、アインとイリヤでは見ている世界が違うため、客観的に見て当たり前と言えば当たり前の結果であった。


 アインは用意されたボードに魔法式を書き込んでいく。



「あれは音撃と呼んでいるカウンター用の魔法です。初級程度の魔法は打ち消すことが出来ます」



 初級魔法は扱いやすいだけでなく、極めれば殺傷能力も十分に備わった、奇襲用の魔法として扱える。


 そういった意表をついた攻撃を、即座に無効化するための対抗魔法としてアインが開発したのが、この音撃と呼ばれる魔法だ。


 経験値の多い魔法師ほど、対抗魔法は幾つか持っているものなのである。



「原理は非常に簡単です。

 指を鳴らして、その音の波形を特定の二箇所で増幅させ、波と波をぶつけて打ち消すんです」


「そんなので消えるんですか?」


「ええ。形を持っていても所詮、魔法は魔力の塊です。

 強い魔力波に晒されれば、自我を保てず崩壊します」



 そして、音撃によって魔法は消えても、生成された水自体は消えない。


 それは、工程として、水を生成する魔法式と、水を飛ばす魔法式は別物だからだ。


 水を生成することで役目を終えた魔法式は、そのまま消えてしまう。そこから先の現象は水を飛ばす制御の魔法式。水弾の魔法式はこれらが一体となった物であり、実際には二つの魔法式が使われている。


 音撃はこの中の制御の魔法式を、打ち消しただけなのだ。



「意識しているかは分かりませんが、イリヤはあの瞬間、この二つの魔法式を構築していたわけです」



 ボードに描き終えたアインはそう告げ、イリヤも自分があの時構築した魔法式を見て肯定した。


 それは、基本に忠実な魔法式で、一般的に初等教育などで扱われる教科書に載っているものだった。



「では、早速ですが、これを改変してみるとしましょう」



 そう言ってアインは、魔法式の一部を消し、新たな式を描いた。


 一見すると、最初に描かれた魔法式と変わらないように見えるが、細部を確認すると少しずつ紋様が違うのが見て取れる。



「イリヤ。これを使ってみて下さい」



 初見の魔法式を構築するのは、それなりの実力者でないと難しいことであるが、描いた魔法式に手をかざすことで魔法を発動することが出来る。


 自ら魔法式を構築する感覚を得るまでの練習方法の一つで、これは、古に流行っていた儀式魔法における魔法陣の応用だ。


 魔法式を円形状に記述するのも、魔法式が魔法陣から派生したからである。


 しかし、普通はどんな効果が出るかも分からない魔法式を、素人に起動しろとは言わない。

 これは、アインがイリヤを素人より、それなりに魔法を扱える魔法使いと見込んでのことだった。


 イリヤもいきなり魔法式を起動しろと言われるとも思わず、驚いた顔はしていたが、同時に見たこともない魔法式がどんな効果を発揮するのか興味もあった。


 イリヤは魔力を紡ぎ、目の前に描かれた魔法式に手をかざす。そして、水が生み出される。


 生み出された水は、イリヤの制御を離れ、イリヤを含めて辺りを濡らした。



「冷たい……」



 水弾を生み出した時とは比べ物にならないほどの水が生み出され、まるでバケツの水をぶっかけられた様な衝撃に、イリヤは思わず尻もちをつく。


 その様子を見て苦笑するアインだったが、何かに気づき頬をかきながら視線を逸らす。


 不審に思ったイリヤは自分を見下ろして、声にならない悲鳴を上げる。

 なにせ、水を被った自分の服が透けていたのだから当然だ。


 普段から偶然にも美人を見慣れているアインと言えど、幼いながらスタイルが調っているイリヤの濡れ姿は目の毒だった。


 アインは無言で指を振るい、温風で一気に濡れたイリヤと床を乾かした。



「乾いた……? ありがとうございます。でも――わざとですか?」


「そんなわけ……」



 イリヤに凄まれ、アインは言葉を失う。


 当然、わざとではないし、まさかあそこまで水が生成されるなど思いもしなかったというのが本音だ。

 イリヤのイメージ力が強く、魔力量が豊富だからこそ起きた事故だったのだから。


 それと同時に、拗ねたように頬を膨らますイリヤが可愛いと一瞬でも思ってしまったのは許して欲しい。



「すみません。あそこまで水が出来るとは思わなかったんです。

 完全に見誤りました」



 イリヤに手を差し伸べ立たせながら、アインはイリヤに謝罪した。


 イリヤもアインがそんなことをするとは思っていないので、謝罪を素直に受け入れた。



「でも、お陰で何となく分かりました。

 つまり、少し変えるだけで、効果を増やしたり減らしたり出来るから、魔力を温存したり、手数を増やしたり出来るということですね?」



 イリヤの導き出した結論は正しい。まさに、アインが教えようとしていたことだった。


 例えば、先の模擬戦の場合、水弾はアインにあっさりと避けられてしまっている。


 しかし、この時に手数が多ければ、あの時以上に隙きが生まれ、次の攻撃へと繋げることが出来る。


 対して、狙撃を行おうとすれば、水弾は一つで十分になる。


 多すぎる水から一発分を作るよりも、最初から一発分の水を作り出した方が、魔力消費が少ないのは当然だ。


 それが分かった上で、魔法式を分解し、記述内容を理解すれば、簡単に改変が出来るようになる。


 それは、つまり、イメージ通りの魔法を瞬時に作り出し使えるということだ。


 これの繰り返しが、アインと教授が広めている魔法概念を学ぶ近道である。


――

2021/01/06追記

 これの一つ前の話から先、第二章を書き終えたので事前に投稿していた分に修正が入っています。

 事前公開の時はこの話で終わっていたはずが、3500文字くらい増えたので二つに分けてます。

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