第二章 魔法に何を求めるのか

魔法使いと魔法師

 翌日から、本格的な魔法指導が始まった。


 イリヤは既に、魔法使いとしては優秀なレベルに到達していたが、魔法師としてはまだまだ未熟。


 これでは、宮廷魔法師団の下部組織である魔法協会でもEランクが関の山だろう。



「魔法使いと魔法師ですか?」



 イリヤは首をかしげる。


 これは、魔法師たちの間で呼ばれている区分のようなものだ。


 魔法とは誰にでも扱える技術だが、それはあくまで完成された魔法式をもって決められた魔法――つまりは現代魔法を扱う場合に限る。


 詠唱とは、この魔法式を呼び出すための鍵言けんげんに過ぎない。


 連想ゲームとアインが呼称する所以はここにある。


 対応する詠唱を行うことで、魔法式を呼び出せると深層意識に思い込ませれば、自らが発した鍵言に反応して、無意識に魔法式を構築してしまうのだ。


 だからこそ、魔法式と詠唱を覚えれば誰でも魔法を使うことが出来る。


 故にそれしか出来ない者を魔法使いと言うのだ。


 対し、魔法師と呼ばれる者たちは、魔法のプロフェッショナルである。


 それぞれの魔法式を正しく理解しており、自らその改変を加えることが出来る者たちの事を指す。



「無詠唱が出来る方は魔法式を理解しているということですか?」


「それは少し違いますね。

 そもそもイリヤのお父様、ガーランド公爵もまた魔法使いに過ぎません。

 あの方の場合は魔法よりも武術に優れた方ですからね。魔法なんてその補助程度ですよ」



 北のガーランドと恐れられるガーランド公爵家は代々、大剣術に優れた一族で、今代の当主は身体強化と剣術だけで一騎当千の戦士として戦場を駆ける。


 風見鶏は奇襲対策や殲滅戦用の索敵魔法として扱われている。


 何とも贅沢な極致魔法の使い方だと言えなくもないが、その豪快さがガーランド領という積雪の多さから比較的貧しい領にも関わらず、活気に満ち溢れている理由なのかもしれない。



「魔法式を理解しているとは、魔法式を学び、魔法式を自ら作れる者のことを言います」


「では、魔法剣士と呼ばれる方々は魔法使いが多いと?」


「全員ではありませんがそうですね。リーナがいい例です」



 戦姫と呼ばれるわずか十七歳で、国の最高戦力の一人として数えられるリーナ・ウィルフォードの代表的な魔法は極致戦術型戦略級魔法・《紅蓮蝶ぐれん》。


 しかし、紅蓮蝶だけで最高戦力と呼ばれるまでの力を誇示できるはずもなく、当然のことながら他にもリーナ特有の魔法がある。


 これらは総じて固有魔法と呼ばれていた。



「リーナが扱う極致戦術型戦略級魔法・《紅蓮蝶》や、ガーランド公爵家の極致戦術型索敵魔法・《風見鶏かざみどり》は、俗に固有魔法と呼ばれていますが、本来は個人が扱うその人専用の魔法を指す言葉なんです」


「それって、《火焔紅覇かえんくれは》のことですか?」


「《風塵火焔ふうじんかえん》《炎獄花綸えんごくかりん》《焔爆炎陣ほむらばくえんじん》他にも色々ありますが、これらはリーナ用に私が作ったリーナ専用の魔法です。

 つまり、リーナもまた魔法使いであって、魔法師ではないのですよ」


「先生はさらっと飛んでもない事いいますね……」



 今上げられた魔法たちは知らぬ者がいないほどに有名な、リーナの代名詞とも言える魔法たちだ。


 それを一人で作り上げたと言えば、驚かれてしまうのも無理はない。


 教授がアインを気にかけるのは、謙虚過ぎるが故だったのだ。



「別にたいしたことではありませんよ。

 万人に受け入れられる魔法を作るよりも、使用者の美点を抽出して作るほうがよっぽど簡単ですしね」



 しかし実際のところ、あまりにも複雑な魔法式のため、宮廷魔法師の間でも当時話題になった問題だらけの魔法式だ。


 こんなとんでもない魔法式を、作る方も作る方だが、使う方も使う方だと。


 言い方を変えれば、リーナやアイン以外には使えない欠陥魔法ということだ。



「そんなわけで、今のイリヤは精々、初級魔法使い程度の実力しかありません。

 ここからは、第一目標として魔法師見習いにクラスチェンジするところから始めましょう」


「私に出来ますか?」


「大丈夫ですよ。独学であれほど魔法が使えるくらい勤勉なのであれば、魔法式を理解することも出来るはずです。

 まずは汎用的な魔法を学びます。数学を公式に当てはめて解くくらいの気持ちでやりましょう」



 人が言語を発する時に文法があるように、魔法式にも文法の様なものがある。


 それを学ぶことで、魔法式への理解を深め、改変や本当の意味で新魔法と言えるものを開発することが出来るのだ。


 しかし、その過程で学べるのはあくまで、現代魔法の魔法式の構造に過ぎない。


 極致魔法を扱うための近道として、アインはさらに魔法概念もイリヤに教えようとしていた。



「魔法概念というのは、昨日言っていた"そこに火がある”という事実を現実の事象に上書きするのではなく、"火が生まれる"というイメージをその場所に現出させる方法論のことですか?」


「その通り。無詠唱で魔法を使うに当たって、この概念は覚えておいたほうが色々と便利だということは、私の後輩たちが立証してくれましたからね」



 無詠唱魔法は単に詠唱せずに、魔法を発動すれば良いというわけではない。


 魔法式を思い浮かべて魔法を扱うのだから、時間をかければ無詠唱で魔法は使える――詠唱した方が早いと言うだけで。


 つまり、この魔法式を感覚で呼び出せるようになれば、無詠唱かつ迅速に魔法を扱えるというわけだ。


 それを実現するのが、この魔法概念というものだ。


 本当であれば、概念から勉強した方がいいのだが、イリヤはアインの後輩たちと比べても勤勉で、定積に倣おうとする傾向がある。


 その状態で概念を学ぶと、習得に無駄に時間がかかる可能性があった。


 ならば、いっその事、魔法式の構造をきっちり理解した上で、概念を理論的に理解していく方がイリヤは理解しやすいのではないか?――というのが、昨晩アインが考えて出した答えだった。



「では、早速ですが、こないだの模擬戦の魔法を、順を追って復習してみましょう」



 こうして、イリヤの魔法師見習いにクラスチェンジするための授業が始まった。


――

2021/01/06追記

 第二章が一応、一通り書き上がったので修正を入れています。

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