公女の決意

 アインは長閑な農家の家に生まれた。


 貧困ではなかったが、特別裕福なわけでもなく、勉学とは無縁の土地で農家の一人息子として家の手伝いをして過ごしていた。


 物心ついた頃には、近所のおじさんたちと狩りに出かけるようになった。


 この村は規模が少なく、騎士団の駐屯所もはるか遠く――村は男たちが護るしかなかったのだ。


 狩りに幼少期から向かい、その最中で武器の扱いを覚え、段々と魔物も相手にするようになるのである。


 とはいえ、それは武術によるものだけだった。


 魔法師は元々少ないため、アインの生まれた村以外でも例外なく王都へ引き抜かれていた。


 結果として、魔法師を育てられるような者がどの村にもおらず。


 武術だけで村を護っていた。


 だからと言うべきか。魔物に対して何不自由なく対処していた村も、隣国の侵攻には抗えなかった。


 相手は魔法師も所属する軍である。


 魔法も知らぬ村人程度で相手できるものではない。


 加えてアインの生まれた村の場所は悪く、ちょうど反撃に出たウィルフォード家と隣国の軍の戦場になってしまったのだ。


 アイン含め数名は生き残ったが、両親や共に狩りをしていた男たちは助からなかった。


 また、多くは隣国の軍人によって盾にされ、ウィルフォード家の牽制に使われた。


 生き残ったものは等しくウィルフォード家に辛うじて助けてもらえたのである。


 後に、ウィルフォード家の紹介で、ウィルフォード領のとある平民の家に養子として拾われた。


 アインがリーナと会ったのも、このあたりであった。


 自分に力がなかったことを悔いたアインは、そのままウィルフォード家に通い、書庫の魔法書を読み漁っていた。


 そして、今に至る。




§ § §




 こう話してしまえばなんとない話でも、イリヤにとっては衝撃的な話だったようで、その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。



「気にする必要はありませんよ。私自身、すでに整理した過去の出来事です」


「でも、それって――」


「察しがいいですね。このガーランド領においても起きうることです。

 むしろ、ウィルフォード以上に村落の多いガーランド領の方がその危険性は高いと言えるかも知れません」



 近年、他国も軍備拡張が顕著になっており、国境で緊張が高まっている。


 一度、戦争が始まれば国境が焼け野原になることは想像に難くない。


 特に、山の上で暮らしている部族は、山自体が国境となっているため、大きな被害を受ける可能性が大いにあった。


 しかし、彼らは山岳地域の標高が高いところへ集落を作る部族でありながら、王家への忠誠心もある部族で、ガーランド領の国境警備に一躍買っている。


 早々、酷い被害が出ることはないと考えられた。


 とはいえ、そういった危険性があることも念頭に入れておかねば、領主家としては役不足となってしまう。


 公爵本人から、三女のイリヤに関しては好きにさせるとアインは聞いていた。


 それは長女がやる気に満ち溢れ次期当主として申し分がないこと、次女もすでに好きにやりたいことをしているからなのだとか。


 政略結婚の道具にされないあたり、公爵の親としての優しさを感じる。


 あるいは、男児が生まれなかったからこその野心のなさなのか――何れにせよ、イリヤへの教育に制限がなくなったのはアインにとって都合が良かった。


 下手に未来予定図なんてものを提示されれば、その敷かれたレールから脱線しないように教える内容も、どこまで教えるかも考えなければいけない。


 そして、それは生徒の可能性を潰す愚かな行為だとアインは考えている。


 だからこそ、才能を模索しながら成長を促せる今のイリヤの環境はアインにとって好都合なのだ。


 もしかしたら、教授はそこまで織り込み済みでアインが適任だと言ったのかも知れない。



「さて、そんな状況に陥った時、イリヤはどうしたいですか?」


「私はこの土地で生まれて、この土地で育ったんです。勿論、守りたい」


「それだけですか?」



 守りたいという気持ちはイリヤの紛れもない素直な気持ちだろう。


 しかし、どうしてかアインはそれだけのようには見えなかった。そして、その予想はどうやら当たっていたようだ。



「私は――いつまでも守られるだけの子供で居たくない!

 父様と、姉様たちと肩を並べて守るために戦いたい!」



 イリヤは瞳に涙を溜めそう叫んだ。


 イリヤは家族の中で一番歳の近い次女とも、それなりに歳が離れている。


 そして、病気を患っていた母親はイリヤを生んだ際に亡くなった。


 必然的と言うべきなのか、母の愛を知らないイリヤは逆に家族に愛されて育った。


 その愛情は凄まじいもので、過保護なほどに甘やかされていると少なくとも成長したイリヤは感じていた。


 でも、そんな家族がイリヤは好きだった。


 だからこそ、愛する家族と共にありたいとそう願ったのだ。



「なら、まずは目の前のことに集中しましょう。

 今のイリヤでは到底戦場に連れて行くことは出来ませんし、誰かを守れるだけの力もありません。

 だから、私はイリヤが家族を、民を守るためにその力を使えるよう道を示します。

 付いてこれますか?」



 アインはイリヤの頭を撫でながら、覚悟はあるのかと問うた。



「はい! 改めて宜しくおねがいします。アイン先生!」



 イリヤはそう笑顔で答えたのだった。

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