魔法の本質

 イリヤと簡単な魔法の打ち合いをした後、授業用にと割り当てられた応接間に移動していた。


 アルフレッドさんは最後まで話を聞いていくようだ。



(もしかして、毎日監視されながら授業するのだろうか?)



 アインからすれば別にやましいことがあるわけでも、何か粗相をする予定があるわけでもないが、妙な緊張感はなんとなく感じる気がしないでもない。


 イリヤの頭を撫でた時に何か言っていたので、それが原因なのかも知れないが、もはや過ぎたこと。今更何を言っても仕方がなかった。



「さて、イリヤ。早速だけど、魔法って思いますか?」


「魔法が何かですか?」



 この国の人間にとって、魔法は魔法でしかない。


 例えば、町中では電力によって電灯が灯るように、当たり前のこと過ぎて理解していないことは多く存在する。


 魔法もその一つなのだ。



「私たちが魔法と呼ぶものは一体何なのか?――そう疑問に思ったことはありませんか?」


「魔法は魔法としか……魔力を練って詠唱すれば出来るものですから」



 そう、イリヤの言っていることは何も間違えていない。至って模範的な回答と言える。



、それだと私は満点を上げられません。

 では、イリヤの様に詠唱を経て魔法を使う人と、無詠唱で魔法を使う人の違いは何でしょう?」


「――分かりません。というよりも、練度だと思っていたので深く考えたこともありませんでした」


「まぁ、そうでしょうね。世の中の多くの人がそうでしょう。

 故に、魔法師は多くいても、魔法で絶対的な力を示せる者は数少ないのです」



 今の多くの魔法師の場合、教授や教え子以外で無詠唱魔法が使えるのは、魔法を何度も使っていく内になんとなくで感覚を掴んでしまった者たちだ。


 詠唱に魔法理論があるのだから、当然、無詠唱にも魔法理論はある。


 感覚など掴まなくても、無詠唱の魔法理論を学べば必然と感覚は掴める。



「では、具体的に魔法とは何か――そこから話をしていきましょう。

 イリヤ。貴方は、身体を動かすとき、何か考えることはありますか?」


「身体を動かすとき?」



 イリヤが首をかしげている。


 確かに、突拍子もない質問に思えるかもしれないが、これも意味のある質問だ。



「人は身体を動かす時、表向きは何も考えてなんていません。

 指の一本一本の動きを意識せずとも動かせるからです。

 手を振る時に、わざわざ『手を右に~左に~』って考えないのと一緒です。

 魔法も体の一部なんですよ。だから、魔力を込めて指を振るうだけで、部屋の温度も思いのままです」



 そう言って、少し室温の高かった部屋を過ごしやすい温度まで下げる。


 細かく考えれば、温度を調節し、風を使って循環させてとか、色々な工程を経ているはずではあるが、イメージをして指を振るうだけでそれは初略して実現できる。



「部屋の温度が!? それに……無詠唱?」


「分類としては生活魔法なんて呼ばれるものです。

 もっとも、研究しているのは私の所属している研究室だけですし、宮廷魔法師でも使える者は殆どいませんが――」


「宮廷魔法師でもですか?」



 王家には二つの組織が警護のため仕えている。それが、武術がメインの近衛騎士団。そして、魔法がメインの宮廷魔法師だ。


 当然のことながら、王家に直接使える宮廷魔法師は、国内でも選りすぐりの魔法師しかなることは出来ない。



「まぁ、より正確に言えば、教授と私の教え子しか使えないということですね。

 何せ、我々の掲げる魔法理論とは世間一般的な魔法理論から見て異質なものですから」



 魔法理論とは読んで字の如く、魔法を発動する上で必要な知識理論である――というのが、世間一般的な考え方であり、十二歳~十六歳が通う魔法学院予科生課程では当たり前の様に教え込まれるものだ。


 しかし、研究室が置かれ各々が目的を持って自主的に学ぶことが主となる本科生課程――十七~二十歳が通う――の中でも一際目立っている我らが教授の研究室では、魔法を発動する上で、魔法をどう解釈するかという風に研究が進められている。


 両者の違いは実際の魔法発動工程に現れている。


 一つの計算をする際に、計算方法が無数にある様に、一つの魔法を生み出すのにも無数の方法があるのだ。


 例として、火を生み出す魔法を挙げよう。


 世間一般的な魔法理論によって生み出される火は、"そこに火がある”という事実を現実の事象に上書きすることにより、その場に火が生まれるとされている。


 しかし、我々の研究室では、"火が生まれる"というイメージをその場所に現出させるという方法論を用いている。


 故に、教授やアイン、そしてその教え子たちが扱う魔法は属性などという概念に縛られず、自由自在に事象へと介入出来るのである。



「――と、まぁ、小難しく説明してしまいましたが、なんとなく分かったでしょうか?」


「なんとなく、言いたいことは分かったのですが……

 でもそれって、結局、そこに火があるという事実を想像しないといけないってことですよね?」


「良い質問です。答えはYes。

 根本的に見れば我々の魔法理論が正しいと言えるでしょう。

 彼ら彼女らがやっているのは連想ゲームなんですよ」


「連想ゲーム?――もしかして、詠唱を教える前に先生が魔法を使ってみせるのと何か関係が?」


「いい着眼点です」



 これもあくまで研究室の解釈でしかないが、詠唱している間に実は彼ら彼女らはイメージをその場所に現出させるという工程を経ているという考え方だ。



「魔法を使ってみせることで、人は『この詠唱をすればこんな魔法が使える』と単純ながら思い込みます。

 "こんな魔法”が使える以上、詠唱をすれば"こんな魔法”が勝手に連想され、現実に現出するというカラクリです。

 ところで、イリヤの周りに風の魔法を使う人はいますか?」



「いえ――お父様くらいです。姉様たちは大学へ通っていますから……」


「では、そのお父様は詠唱をしていましたか?」


「あまり意識したことはありませんでしたが、たしかに言われてみるとしてなかったように思います」



 イリヤが風の魔法全般を使えなかった理由はここにある。


 感覚的に魔法を使って成長したガーランド公爵と違い、イリヤは勤勉できっちりと学ぶ癖がある。


 風の魔法と認識されている魔法は、目に見えない。


 火や、雷が扱いやすいのは自然現象として見かけるものだからであり、風は身近にあって身を持って感じるものでも、目に見えるものではなく、正しく認識してイメージすることは中々難しい。


 つまり、詠唱から連想して出来るタイプの魔法ではないのだ。



「それでは、私の今までは間違いだったのでしょうか?」


「そういうわけではないですよ。私も詠唱を使うことはありますから」


「先生もですか?」


「連想ゲームとして詠唱を使うという性質は、イメージを現出させるという方法論を身体に覚え込ませておけば有効活用が出来るんです。

 何せ、イメージをしっかりと持っていて、鍵言をもってイメージを呼び起こせるのですから、規模の大きい魔法を使う際に、イメージの補強を詠唱によって行うことができます」


「一度に二度分イメージするってことですか?」


「そういうことです。だから、イリヤが今までしてきたことは決して無意味ではありませんよ。

 学ぶ順番が違かっただけでね」



 そう言って、イリヤの頭を撫でた。


 イリヤは学ぶことに積極的で、元々持ち合わせた知識に流されない柔軟な考え方が出来ている。


 これはリーナに教えるより簡単かもしれないとアインは思いつつ、時間が許す限り遅くまで講義を続けた。

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