ガーランド公爵令嬢

 翌日。


 再度、公爵から呼び出され概要を聞いた後、アルフレッドに連れられて件の令嬢の下へとアインは移動していた。


 開け放たれた扉の向こうには、美術館の様な部屋がある。


 『継承の間』などと呼ばれている部屋だ。


 流石に全ての貴族がそういうわけではないが、四大公爵家には屋敷の中央に必ず設けられていた。


 これは歴代の当主が自らの肖像画を飾り、次代の当主へとその伝統を正しく受け継ぐために作られている。ある意味、次代当主への戒めのようなものだ。


 部屋の最奥に飾られた初代当主の肖像画。その前にガーランド公爵家三女はいた。



「イリヤ様。先生をお連れ致しました」


「ありがとうアルフレッド」



 そう言って振り返った彼女は、自分よりも幾らか年下の少女だった。


 幼さはまだ残るものの、纏う雰囲気は気品があり、貴族そのものだった。



「はじめまして。本日から家庭教師を務めさせていただくアイン・スティアードです」


「こちらこそはじめまして。ガーランド公爵家三女のイリヤ・ガーランドです」



 ぴょこりと挨拶をする彼女の仕草は何処か可愛らしく、ついつい手が頭に伸びてしまった。


 一瞬驚いたイリヤだったが、なすがままに撫でられていた。


 とりあえず、満足した(?)アインが手を下ろすとアルフレッドから思いっきり睨まれてしまっていた。


 噂は本当だった――とか何とかと、不穏なことを呟いているのは気になったが、大方、教授が何か余計なことを言ったのだろうとアインは一人納得した。



「そ、その今のは?」


「ああ、すみません。妹――と言っても、私の妹と言うわけではないのですが、よく頭を撫でてあげていたので癖でつい。

 不快でしたら以降は気をつけます」


「――いえ、上手く出来たときは……その……頭を撫でて欲しい……です」


「分かりました。では、そのように」



 もじもじしながらそう頼まれればアインに断れるはずもなく、頭をなでて褒めることは決定事項となってしまった。


 公爵から何か言われそうだと思いながら、イリヤに手を差し出した。


 今日は魔法を一通り見せてもらおうと考え、予め公爵に中庭を使えるようお願いしていたのだ。


 差し出した手を握ったイリヤを連れて、アインは中庭へと移動した。



「それではイリヤ様。今日は最初に魔法を見せていただけますか?

 今の状況が分からないと、風魔法だけ使えない理由も見えてきませんしね」


「イリヤ」


「――?」


「私は生徒でアインさんは先生です。私のことはイリヤと呼んでください」


「いえ、それは流石に……」



 アインは平民でイリヤは公女だ。


 伯爵位を持っていれば話は別だったかも知れないが、流石に身分どころか住む場所すら違う。


 アインとしても慣れているとは言え、初対面の公女相手に呼び捨ては少なからず抵抗があった。



「イリヤと呼んでくれないなら私は悪い子になります」



 頬を膨らませそっぽを向くイリヤが滅茶苦茶可愛らしく、このまま眺めていたかったアインだが、引っ込みがつかずフリーズしているイリヤをこれ以上放っておくわけにもいかなかった。



「分かりました。では、イリヤ。最初の授業は模擬戦としましょう。貴方の持つ魔法技術のすべてを私にぶつけてください」


「全力でいいんですか?」


「ええ、もちろんです」



 不安げに尋ねるイリヤにアインは笑顔で返す。


 彼女のポテンシャルが高いことは百も承知だが、その実力を正しく見極めないと、決して余裕のあるわけではない期間で、風属性を極めることは出来ない。


 折角、こういう機会を貰ったのだから、アインはイリヤに次代の風使いとして実力を付けてもらうつもりだった。



「今のイリヤの全てを私に見せてください。貴方の最終目標はガーランド家が誇る最高難易度の魔法、極致戦術型索敵魔法・《風見鶏かざみどり》の習得なのですから」


「――先生。本気で言っていますか?」



 イリヤの疑問はもっともだった。


 極致魔法は読んで字の如く、偉大なる先人たちが積み上げた理論が実を結び生まれた魔法理論の最高峰。


 当然、これの習得には相応の覚悟が必要になる。


 少なくとも、その辺のボンボンな貴族では習得できないし、四大公爵家がそれぞれ代々伝わる極致魔法を習得しても、他の公爵家の極致魔法を習得できないのは、一重に習得が難しすぎることが原因であるとされている。


 一つの極致魔法を扱えるだけでも称賛に値するのだ。


 そんな魔法をアインは半年で習得させると言っている。


 無論、イリヤの二人の姉たちもまだ習得していないとアインは聞いている。


 尊敬する姉たちすら習得していない魔法を習得するなど、イリヤからすれば想像もできないことだ。



「ええ、もちろん本気です。ここだけの話、リーナ・ウィルフォードも火の魔法を本当の意味で扱えませんでした。しかし、今では戦姫と呼ばれるまでに成長し、極致戦術型戦略級魔法・《紅蓮蝶ぐれん》を扱えます」



 とはいえ、リーナもものにするには一年掛かっているため、半年という期間でものにするまで行けるかはアインの教え方とイリヤの努力次第だ。


 まずは、魔法というものがどういうものなのか、正しく理解して貰う必要がある。


 イリヤが現在扱える魔法は火や水らしい。


 その二つは扱いやすい魔法として知られている。


 世間一般的な魔法師たちは、大抵が火や水、雷を得意とするのだ。


 しかし、軍属の優秀な魔法師ほど変わった魔法を使う。


 扱いやすい魔法で逸脱した力を持つ者など、火を扱うウィルフォード公爵家と雷を扱うラインフォルト公爵家くらいなものだ。


 案の定、イリヤは水の魔法を使ってきた。


 一般的な詠唱よりも短い略式詠唱を使っている。


 それだけでも魔力制御におけるポテンシャルの高さが伺える。


 中庭には噴水もなく、水気などどこにもないのに詠唱によって水はそこに現れ、水弾となってアインへと迫る。


 狙いは正確に頭や関節などの急所。しかし、その分、数は少ない。


 アインは足に向けて飛んできた水弾をそのまま避け、顔へ飛んできた水弾は指を鳴らして弾けさせた。



「え?」


「ほらほら、ほうけている場合では有りませんよ?」



 アインはその一瞬を付くように、イリヤに向けて弾けた水を凍らせて吹雪を生み出しぶつけた。


 真正面から飛んでくる吹雪に、イリヤはたまらず火の魔法を展開するが、その吹雪はイリヤの放つ炎すら凍らせようとする。


 結局、イリヤは押し負けそうになり、身体強化で脱出を図る。


 そして、そこには――火で出来た蝶が舞っていた。



「紅蓮蝶!? いえ、そんなのまやかし!」



 イリヤの言う通り、本物の紅蓮蝶など使いでもしたら、ウィルフォード公爵家の誇る最強にして戦略級の名を冠する破壊魔法である、イリヤどころかこの屋敷とその周辺が焼け野原になる。


 当然ながら、威力は模擬戦用に数%程度の出力でしか展開していない。


 それでも、初級魔法程度の破壊力を一羽ずつが持っていた。


 イリヤは全力で水を集め、波を起こす。


 紅蓮蝶はあっという間に飲み込まれ、かき消された。


 だが、これだけの津波を起こせば相応の魔力が必要となる。



(模擬戦を始める前に予め魔力は測定しておいたが……流石にこれで空になってしまったかな?)



 現にイリヤは魔力を使い果たし、波の向こうで立つのがやっとな様子でアインを見据えている。


 それなりの威力の波ではあるが、魔力量の多い者が魔法障壁を分厚く展開すれば防ぐことが出来る程度だ。


 しかし、流石にそれでは芸がない上に魔法の本質を教えるには役不足だ。


 だから、アインは押し寄せる波の温度を上げ水蒸気へと変えた。


 一瞬にして大きな波は消え、水蒸気は途端に霧となり辺りを包む。



「――っ!?」



 水の量が非常に多かったこともあり、霧は濃く、目の前を直視することも出来ない。


 完全に目くらましだ。


 そして、その一瞬さえあれば、相手の背後を取ることなど容易い。



「チェックメイトです」



 そう言って、イリヤの首筋に手刀を突きつける。


 直後、あれほど濃かったはずの霧が晴れ、アルフレッドの姿も露わになる。


 感心したようにアインを見ている辺り、全て見えていたらしい。



「ど、どうして、あの霧の中で私のいた位置が分かったんですか?

 狙われないように移動していたはずなのに……」


「イリヤそれは違います。動いたから場所がよく分かったんですよ」


「え?」



 動かなくても索敵する方法はあるが、今回は動いてくれたからこそ、イリヤが覚えるべき重要な事柄を説明する事例をアインは作ることが出来た。



「そんなビックリすることじゃありませんよ。

 では、まずそこから話を始めましょう」



 そう言って、首を傾げるイリヤの手を引いて部屋へと戻ったのだった。

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