第一章 家庭教師に抜擢されました
四大公爵家
朝早くの汽車に乗ったため、到着は昼頃になるとアナウンスが流れる。
もう少し掛かると思っていたので、そう考えると案外近い距離にガーランド公爵領はあるようだ。
――北のガーランド
このシェフィールド王国は周囲を他国に囲まれており、国境維持のために四方向に対し、防衛を任されている貴族たちがいる。
それが四大公爵家であり、今から向かう公爵家もその一つだ。
それぞれの公爵家は代表的な大魔法を持っており、ガーランド公爵家の場合は風の魔法を得意としている。
では、ガーランド家の三女に一体何を教えるのか?
どうも、その風の魔法がまともに扱えないらしい。
別にそういうことがないわけではない。
公爵家の様に歴史が古い家柄だと、得意魔法を子孫に継承されやすいというだけで、過去の記録を見ても火を得意とする家に水を得意とする子供が生まれたりなんていうことだってある。
しかし、他の魔法はある程度使えるのに風だけ使えないと言われれば、魔法の才能がないのだと諦められないのも当然だ。
実際問題、アインもなんとなくこの事例には思い当たることがあった。
教授が「アインが適任だ」と言う理由はそこにあるのだろう。
なにせ、この手の問題を既に二度ほど目にしたことがあるのだから。
どうやって教えていくかとスケジュールを考えていると、お昼はあっという間にやってきた。
そして、遂に汽車が停止する。目的の場所へと着いたようだ。
それほど多くない荷物を持ち汽車を降りると、広がるのは一面真っ白な世界だった。
北に位置するガーランド領は山岳地域となっており、積雪量もシェフィールドの中で一番と言われている。
実際、ここ数年、大学のある王都でも多くの雪が降り積もったが、流石にここまでの規模で積もることはなかった。
これでは数時間おきに雪かきをしなければいけない。
ガーランドに雪かき専門の組織があるみたいな話を聞いたことはあるが、あながち間違いではないのかも知れない。
改札を出るとアインはすぐに初老の男に声を掛けられた。
「アイン様でしょうか?」
「ええ、そうですが……貴方は?」
「申し遅れました。私はガーランド公爵家で執事長を務めておりますアルフレッド・フィーベルと申します」
アルフレッドと名乗った初老の男が恭しく頭を下げる。
公爵家の執事長なだけあって、非常に品のある立ち居振る舞いであった。
教授にアルフレッドの所作の一つでも備わっていれば、今回の課外授業の結果も違かっただろうにとアインは思った。
「我が主の命でアイン様をお迎えにあがりました。
荷物もお預かりします。あちらの馬車へどうぞ」
「すみません。ありがとうございます」
そう言って、近くに止めてあった小さい馬車へと案内された。
御者は執事がするらしく、二人乗りの小さい車にアインは一人で乗った。
魔法工学技術により、魔力で動く汽車が開発された今でも、馬車は非常によく使われていた。
どうしても魔力貯蔵タンクを取り付けなければいけない関係上、日常使う車として常識の範囲内な大きさの車体を用意できず、街中の移動は馬車が主流なのだ。
とはいえ、魔法工学の研究過程で生まれたサスペンションなどが搭載されているため、揺れは少なく昔と違い移動中も非常に快適に過ごせるようになっている。
他の公爵領だと東部のウィルフォード公爵領――リーナの実家くらいしか行ったことがないが、国境を守る都市であるが故に、石造りの立派な建物や壁が多い。
所謂、城塞都市というものだ。
そうすると代わり映えがしないのではないかとも思うが、実際にはそれぞれ違った活気があって雰囲気は全然違っていた。
「熱心に外を見られていますが、何か目ぼしいものでもございましたか?」
「いや、特には…… ただ、東のウィルフォード領とは違って、風が吹き抜ける構造の街なんだなぁと思いまして」
「それはガーランド家が代々風使いだからでしょうな」
アルフレッドはそう言うが、ガーランド家が風使いだからという理由だけではどうにもアインは納得がいかなかった。
この街の構造は領の発足段階で組み込まなければいけないレベルの完成度だ。
ガーランドが風使いだからこそ、何か理由があってこういう構造になるよう街を造ったと考えるのが妥当なのかも知れない。
そんな活気に溢れた街中を抜け、数刻もすれば公爵邸に到着した。
いよいよ、公爵様とのご対面である。
少し緊張している俺をよそに、アルフレッドさんはどんどんと進んでいく。
ちなみに、荷物は待機していたメイドたちが運んでいった。どうも、ガーランド家は子が全員女性であることから、今代はメイドしかいないらしい。
アルフレッドは一応、先代から続く執事長で今はむしろ、執事業より秘書としての仕事が多いようだ。
その辺の事情を聞きながら歩くと、広くて時間が掛かりそうだと思っていた屋敷の廊下も終着点に辿り着いていた。
扉が開かれ中に入ると、椅子にどっしりと構えた男がいた。
城塞都市の主にふさわしい風格と闘気に満ちている。そして、品定めをするかのようにアインを見据えている。
「アイン・スティアードです。よろしくお願いします」
「君が教授の言っていたアインか。色々と噂は聞いているぞ?」
「嫌な噂でなければ良いのですが……」
教授は有る事無い事吹き込みかねないため、アインは教授の紹介で向かう先々で酷い目にあっていた。
それ故か、どこへ言っても噂と聞くと警戒するようになってしまった。
「陛下の覚えめでたいと聞いているが?」
「止めてください。リーナ公女とアイナ殿下のお陰ですよ。私はタダの腰巾着に過ぎません」
「戦姫に女帝か――その二人と良好な関係を築いているだけで、十二分に凄いと思うが……」
実際のところ、戦姫ことリーナ・ウィルフォードは自分の気に入らない人間とは全くと言っていいほど口を聞かない。下手をすれば決闘騒ぎだ。
伯爵家以上の貴族から婚約の申し入れがあっても、顔を合わせて数刻で追い返しているとも聞く。
追い返す殆どの理由は実はアインに対しての侮辱だったりするのだが、アイン自身はその事を知らない。
それは例え同性であっても同じで、貴族令嬢たちの間では誰が最初にリーナと交友関係を持てるか競われているほどだ。
そして、もう一方の女帝ことアイナ殿下は人当たりがよく、大学でも多くの者と会話を交わしている。
しかし、それはある意味で公務の一つなのだ。
何気ない人脈から何気ない結果が出ることはよくあるもので、彼女は国のためにもと多くの者と交友を持とうとする。
また、不利益になるであろう相手には容赦しない。
つまりは、本当の意味で友達と言えるような相手が殆どいないのだ。
その二人と手紙のやりとりが出来る人間など、後にも先にもアインくらいなものだろう。
それは、もはや陛下自身が舌を巻いている。
「まぁ、いい。何れにしろ、戦姫を育て上げた君のことだ。それなりに期待してもいいのかな?」
「大学では魔法理論が専攻ですからね。原因の究明と解決策の提示は早い段階でできればと思っています。あとは生徒の努力次第かと」
「そうか。では、あとは頼む」
そう言ってアインは部屋から退出を許可された。
今日はこれから教えることになるご令嬢はいないようなので、そのまま部屋へと案内された。
食事も基本的にはこの部屋で取ることになるようだ。
その辺はガーランド家との信頼関係次第だろう。
少しでも信頼して貰えるように明日からは頑張らなければならない。
そんなことを考えながら当主から借りてきた本を開く。
明日からの授業に必要なもので、同時に今回の報酬でもある。
授業の準備よりも知的興味が勝りつつあるのを自覚しつつ、明日に備えて床についた。
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