第一章 ~『復讐の誓い』~


 一万匹のドラゴンを狩る修業は順調に進んだ。結界魔法の応用によるドラゴンの養殖はもちろんのこと、たまに紛れ込んでくる野生のドラゴンにもアルクが後れを取ることはなかった。


「俺は強くなれたんだよな?」

「魔力量だけならランクSに相当する実力です。最強に至るまでにはまだ時間が必要でしょうが、いまのあなたならランクCの魔法を習得することも、二階層のドラゴンを倒すことにも容易だと思いますよ♪」

「なら次の階層に進んで、腕試ししてみるか」

「その意気です♪」


 アルクたちは教会の地下室からドラゴンダンジョンへと繋がる転移魔法の穴を通り、薄暗い洞窟へと戻る。近くのドラゴンを狩りつくしたおかげか、魔物の気配は感じなかった。


「二階層へ降りるための階段はどこにあるんだろうな」

「どこのダンジョンでも移動するための階段はフロアの中央にあるんです。そこから最下層まで一気に降りることも可能なんですよ」

「なら途中の階を無視することもできるな」

「それはそうなのですが、魔物も馬鹿ではありませんから。階段付近には強い魔物が集まっています。簡単には下へと進ませてくれません。そのため裏道を使う者も多いのです」

「裏道?」

「土の魔法で下へのトンネルを掘るんです。そうすれば階段を使わずに最下層まで降りることができますから」

「強敵との闘いを避けることができるってことか……だが俺たちの目的は強くなることだ。強敵から逃げていても修業にならない。正攻法で進もう」


 アルクたちはフロアの中央へと向かう。開けた空間に設置された階段と、それを取り囲むように冒険者たちがキャンプを張っていた。


「ここで何をしているんだ?」


 アルクは傍にいた冒険者の男に声をかける。禿頭の厳つい顔をした男は怪訝な目をアルクに向けるが、すぐに隣のクリスの存在に気付き、ビシッと背を伸ばす。


「せ、聖女様! これは失礼を!」

「畏まらないでください。いまの私はあなたと同じ冒険者なのですから」

「ならこの人はお仲間で?」

「はい。自慢の仲間です♪」


 男はアルクをジッと見つめる。彼の身体に秘められた魔力量の多さに気付いたのか、ゴクリと息を飲んだ。


「緊張しているところ悪いが質問に答えてくれないか?」

「す、すいません。俺たちの目的ですよね?」

「ああ」

「俺たちはある冒険者の手伝いをするために来ているんです」

「手伝い?」

「その人は最下層へ挑戦するつもりなんです。ですが攻略には数十日かかると見込んだそうで、補給物資を運ぶための人員として俺たちが採用されたんです。だからほら、荷馬車が止めてあるでしょう」


 男の言う通り、テントの傍には荷馬車が並んでいた。物資は食料だけでなく、毒に侵された場合の薬草や魔力を回復するための聖水なども含まれているのだと、説明する。


「それにしても随分と金持ちの冒険者なんだな。どこのどいつだ?」

「勇者イルス様ですよ」

「ゆ、勇者……」


 アルクは聞き覚えのある名前に目の前が真っ白になる。無能だと追放された日の悔しさがフラッシュバックした。


「勇者が来ているのか?」

「ええ。何でもドラゴンダンジョン攻略が上手くいかないことを見かねた国王が直々に依頼したそうですよ。だからここにある物資も国の予算で買い付けたものなんです」

「どうせ経費で落ちるから潤沢な準備を整えたってことか……あいつらしい判断だが、もしこれで失敗でもしたら目も当てられないな」

「それはそうでしょうとも。なにせ国王にできると約束したそうですから。失敗すれば、国外追放でもおかしくありませんよ」


 もしそうなれば勇者も追放されたアルクの気持ちを理解できるだろう。そんな暗い感情が浮かんでくる。


「いや、復讐なんて駄目だよな」

「アルクくんは優しすぎます。復讐、よいではありませんか」

「えー、聖女だろ、お前」

「聖女の立場よりもアルクくんの方が大切ですから♪ それに復讐と言っても一概に傷つけるだけではありません。他にも懲らしめる方法ならありますよ」

「傷つける以外の方法かぁ」


 殴ったり、殺したりで得られるカタルシスは、最初はよくても後で罪悪感で苦しくなる。しかし外傷を与える以外で復讐できるのならば、仕返しをするのも悪くないかもしれないと、頭の中で手段を練る。


「例えば俺が勇者より先にドラゴンダンジョンを攻略するとかどうだ?」

「ふふふ、アルクくんも中々に悪ですね」

「そうかな?」

「そうですとも。アルクくんがダンジョン攻略の功績を得れば、勇者のメンツは丸つぶれですし、国王からの信頼も地に落ちます。王国にとっても結果的には魔物の脅威を排除できますから、不幸になるのは勇者だけです」

「それに俺の評判も上がる……クリスと釣り合う男だと誰もが認めるようになる」


 ドラゴンダンジョンを攻略した男になれば、クリスの隣に立つことを恥ずかしいと感じなくなる。その思いがアルクの背中を押した。


「そうと決まれば、一刻も早く最下層へ向かわないとな」


 アルクたちは冒険者の男へ礼を伝えると、地下への階段を下りる。石階段は歩くたびにコツコツと足音を鳴らした。


「二階層が見えてきましたね」

「ドラゴンたちの迎え付きでな」


 階段近くには、さらに下へ降りるのを阻止するように、ドラゴンたちがたむろしていた。足音で気づいたのか、牙を剥き出しにして威嚇している。


「一瞬で終わらせてくるよ」


 アルクは無詠唱で雷の魔法を発動させる。十倍の魔力を消費する代わりに即時発動する魔法は、ドラゴンたちの不意を突いた。


 アルクは第二階層へ降り立つと、目で追うことさえ敵わない速度で、ドラゴンたちの首を撥ねていく。


 反抗しようとドラゴンたちは威嚇するように吠えるが、アルクとの圧倒的な実力差は埋まらない。何もできないままに、呆気なく散るのだった。


「アルクくんなら第二階層のドラゴンなら楽勝で倒せましたね♪」

「次は第三階層だな。腕が鳴るぜ」


 アルクたちは倒したドラゴンを魔石へ帰ると、次は第三階層への階段を降りていく。静寂の闇に包まれた階段を進み、そろそろ第三階層へ到着しようというとき、剣戟の音が響いてきた。


「誰か戦っているようだな」

「行ってみましょう」


 階段を駆け足で降りると、金髪の剣士とドラゴンが衝突していた。鋼鉄の鱗に剣を突き刺した剣士は勝利の笑みを浮かべている。


「あれは……まさかっ」


 アルクの声に気付いたのか、男は振り返る。そしてアルクの顔を見て、信じられないとギョッとした表情へと変化させる。


「まさか……アルクなのか……」

「勇者……ッ」


 追放した者とされた者、因縁の二人が対峙するのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る