第一章 ~『勇者との闘い』~


「追放された無能な村人がこんなところで何しているんだ?」

「……俺がいたら悪いのかよ?」

「クククッ、お前のような雑魚がドラゴンダンジョンにいたら、すぐに死んじまうぞ。村に戻って畑でも耕していた方がお似合いだろうに」


 勇者の目には嘲りが含まれていた。アルクが悔しさで拳を握りしめていると、クリスが庇うように前に出る。


「これ以上、アルクくんのことを馬鹿にするなら私が許しませんよ!」

「……聖女がどうしてここに!」

「もちろん。アルクくんと共に冒険者パーティを組んでいるからです」

「村人と聖女がパーティを……ははは、なるほど。そういうことか」

「なにがおかしいのですか?」

「村人のアルクが第三階層まで来られるのがオカシイと思っていたんだ。聖女にお守りをしてもらっていたんだな」

「なっ!」

「やっぱり無能な村人は追放して正解だったな。もしパーティに残していたら、俺がお前のママにならないといけなくなるもんなっ」

「ぐっ!」


 外傷を与えるような復讐を躊躇ったことが間違いだったのではと思うほどに恨めしく思う。


 だがアルクも百年の時を経験してきた男である。経験は頭の回転を速くする。すぐに勇者の異変に気付いた。


「そういや仲間の魔法使いと剣士はどうした?」

「…………」

「もしかしてパーティメンバーから見放されたのか?」

「う、うるせぇ! お前には関係ねぇだろ!」

「勇者の性格の悪さは折り紙付きだからな。耐えられないのも無理ないな」

「お、俺は悪くねぇ。あいつらが無能なのがいけねぇんだ!」


 勇者はソロで活動しているのは間違いない。支援役がいないからこそ、過剰なほどの補給物資を用意していたのである。


「アルクゥ……俺に喧嘩を売って無事で帰れると思っているのか?」

「思っているさ。パーティから追放された日の俺とは違うからな」

「はぁ? あれから数日しか経ってないんだぞ。そのお前が……な、なんだ、その魔力!」


 勇者はようやくアルクの異変に気付いた。彼の身に纏う魔力量はS相当であり、勇者すらも超えていた。


「もう一度言うぞ。いまの俺なら勇者相手でも勝算はある」

「魔力が増えたくらいで生意気だな……俺には魔法以外に剣技もあることを忘れてねぇか?」

「覚えているさ。だが村人も勇者に負けないくらい無限の可能性を秘めた職業だ」


 アルクは腰の剣を抜いて上段に構える。対になるように、勇者も剣を構えた。


「アルクくん、忠告しておきます。純粋な実力なら勇者の方があなたより上です」

「分かっているさ」


 アルクが勝っているのは魔力量のみだ。剣術も魔法も勇者には遠く及ばない。


「ですが、無詠唱魔法と剣術、両方を組み合わせた近接戦ではあなたに分があります」

「勇者相手に勝機があるだけで十分だ」

「ふふふ、ご武運をお祈りしています♪」

「期待して待っていてくれ」


 一呼吸、息を吸い込む。緊張が解けてリラックスしたアルクは、地を蹴って駆けだした。


 勇者はアルクの動きを見て、十分対応可能だと勝利を確信するも、彼の攻撃はここからが本番だった。雷の魔法を無詠唱で発動し、高速のスピードを手に入れる。


 雷の速さで振るわれた剣戟は間合いを一瞬で詰め、不意の一撃を入れる。勇者は持ち前のセンスで何とか剣戟を受け止めるが、その速さに反応が追い付いていなかった。


「お、お前、本当にアルクか?」

「そうさ。お前が無能だと追放した村人のアルクだっ!」


 距離を離されると負ける。それが分かっているため、アルクは剣が届く範囲から勇者を逃がさない。


 雷の連撃は勇者の身体を切り刻んでいく。もっとも勇者も剣術の腕は国内随一である。致命傷となる一撃は確実に防いでいた。


 二人の剣が交差し、睨みあう形になる。鍔迫り合いで押し合う二人だが、雷の魔法の効果でアルクが若干の優勢だった。


「この短期間でどうやってこの実力を手に入れた!?」

「努力したのさ」

「教える気はないってことかよっ!」


 勇者は反撃しようと剣を振り上げるが、その隙を突くように、アルクの剣が彼の腹部を切り裂く。


 鎧のおかげで致命傷を防いだ勇者だが、それでも腹部から血が零れ落ちていた。表情に苦悶が浮かび、額には汗が輝いていた。


「み、認めてやるよ。近接戦だけなら、お前は俺より強い!」

「なら降参でもするか?」

「いいや、しない。なぜなら俺にも奥の手があるからな」

「奥の手?」

「無詠唱魔法はアルクだけの専売特許じゃねぇってことだ」


 勇者は土の魔法を発動させて、地面に大穴を開ける。とっさにアルクは背後へと飛ぶが、勇者はそのまま下の階層へと落ちていった。


「逃げられましたね」

「ああ……」

「逃げられたというのに何だか嬉しそうですね?」

「村人が勇者を撃退したんだ。嬉しくなるのも仕方ないだろ」


 勇者はアルクが欲しいものをすべて持っていた。魔力と剣術、名声も金も容姿も、性格以外はなりたい理想の自分そのものだった。


 だからこそ理想の自分に勝てたことが何よりも嬉しかった。ドラゴンを倒したときとは比にならない達成感に満たされる。


「ふふふ、勇者に勝利した村人ですか……これなら聖女にも引けを取りませんね♪」

「いいや、まださ。さっきは不意打ちだから勝てただけだ。同じ戦術は二度と通じないだろう」


 距離を取られたならば、アルクに勝機はない。だからこそ下の階層に逃げた勇者との再戦に備えておく必要がある。


「なぁ、クリス。また百年ほど修業したいといえば怒るか?」


 アルクが望むのは完璧な勝利だ。だからこそ修業にも手を抜かない。彼の気持ちが伝わったのか、クリスは小さく微笑む。


「怒るはずありませんよ。アルクくんの気の済むまで修業してください」

「だが結婚まで随分と遠のくことになるぞ」

「確かにそれは残念ですが、私はいつまでも待ちますとも。百年ごときで失うほど、私の愛は脆くありませんから♪」


 クリスは眩しくなるような笑顔を向ける。アルクはその笑顔に強くなることを誓うのだった。


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