第7部 繭子のケース 2014年中旬

柳下繭子はお喋り親父、佐久間先生を問い詰める。


「あれだけ口外しないって約束しましたよね?」


「すまん、すまん、でも柳下さんに彼氏が出来たらめでたいじゃない。言いたくもなるよ」


「だから彼氏とかじゃないんですってば!」


佐久間先生は禿げた頭を撫でながら狼狽してる。


「彼氏じゃないのか、なんだか情熱的に話してた気がして……」


「勘違いですよ。情熱的かどうかは分かりませんが、単なる片想いです」


また余計に募穴掘った気がするけど、繭子はフーと息をつく。


「片想いだったの?そうは聞こえなかったけどなあ……」


この呑気なお喋り禿げ男め!




2日後絵画教室にて再び戸叶英輔と会うことになる。


正直まともに目を合わせられなかった。


何か繭子は歯痒いものを感じた。


あたしは 着実にこの人に惹かれていってる。



絵画教室の帰りに英輔から声をかけられ、鼓動がドキドキしてきた。


相変わらず顔を直視出来ない。


「柳下さんお茶しない?」


軽い乗りである。


妙にひっつき感のある声色。


大抵の女性はこの声にもやられるんだろうな。


犬同然についていって、喫茶店に入り、やっと戸叶英輔の顔を正面から見た。


美男子ではないが、優しそうな柔和な顔。


こりゃ本気になりそうだ……準備はいいかい?と警告されてるみたい。


まじーな、久々だこの感覚……高校生以来?


でも英輔さんは男むき出しの強引さは感じない。


1時間半ほど世間話をして、彼は早々去っていく。


オンオフがうまく切り替わって実に爽快な出で立ち。


男と女の友情……確かにあり得ない気がする。情は移るだろう……いくらなんでも。


難しすぎる。友達以上恋人未満。


気付くと繭子は寒空の下でオレンジ色の街灯を浴びていた。


商店街の賑わいが繭子には眩しく見えた。


28年間、確かに楽っちゃ楽だった。この先どうなるのかな?


自宅の居酒屋に戻り、星のない東京の空を見つめる。


頭を支配するのは戸叶英輔。


「早いけど寝ちゃおうかな……」時計はまだ夜9時を差してる。


2021(R3)3/11(木)



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