第3部 春代 2014年の冬 1月上旬

春代は正座をしながら読書をしていた。


「ふぅ〜あ、幸せが逃げちゃう……」


春代は清楚な指で本を畳む。あら、あら、あら、めまいが……。


パタッと縁側の床に転んだ時に事ノ葉淳一ことのはじゅんいちが首をかしげてる。


「春ちゃん、なかなか官能的だね」


春代は慌てて襟を正し「嫌ですわ淳一さん」顔を赤らめる。


草野田春代くさのたはるよ30歳。裕福な家庭で大切に育てられた箱入り娘。


そんな春代はこないだ運命の出逢いをした。


「春ちゃん、君恋してるだろ?」


「え?」春代は思わず口に手を添える。


「図星だな」淳一は足を組み直し「君の瞳は恋する乙女の瞳と言える……。なんてね、ハッタリだよ。でも当たっちゃったみたいだし、誰なんだい君の心を奪った男は?」


春代は唇を噛む。なんとも官能的な仕草だなと淳一は春代の口元に見とれる。


「淳一さんに隠し事は出来ないわね」


春代は絵に描いたようなお嬢様。お人形さんのような容姿。


紅くなった頰はまだ20代前半の艶っぽさだった。


事ノ葉淳一は43歳の独身貴族。草野田家の執事の息子で、春代が生まれた頃から影で見守り続ける兄のような存在。


「さあ誰なんだい?」


「戸叶英輔様ですわ」


「戸叶……英輔……ふぅーん、イカす名前だね」


春代はまた顔を赤らめる。


「春ちゃん、いいかい?君は世間慣れしてないだろう?そんな君がどうやってその人と会ったの?」


春代は頬に手を当て「はい、雨の日に売店で雨宿りしていたら、隣に来て、私に折り畳み傘と名刺を渡して自分はずぶ濡れになりながら、「よかったら連絡下さい」と一言残して王子様のように去って行きました。ほんの数秒のことだったので、頭が真っ白になって、なぜか胸が温かくなってきました」


「ふーん」淳一はベレー帽を少しずらし。「そんな美男子だったの?」


「こんなこと言ったら失礼とは思うのですが、普通の感じの方でしたわ」


「ふむ、君の普通ってのはよく分からないけど、十人並みってとこか」


「そんな言い方しないで下さい。自分でも混乱してますわ。初めてです、こんなの……」


「ほんの数秒で女心を奪ってしまう男か、いるんだろうなそういうやつ」


「ふう、なんか頭がボーっとしてきました。淳一さんこのことは口外しないで下さい」


「うん、分かった誰にも言わないよ」


「ありがとう淳一さん」


春代は奥の居間のソファーで横になる。


淳一は縁側に座りながら枯れ木を眺めていた。


2020(R2)12/27(日)

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