3-30 魔物
花城は、宮崎大会で苦しめられた
しかも、ずっと玉城対策を考えてきた。玉城の配球、ボールの軌道を研究し、どう攻めるかを考えてきた。結果有効な策はないということが分かったが、それでも初球に投げるボールと追い込んでから投げるボール、ボールが先行したときに投げるボールにそれぞれの傾向は見られた。
まさか背番号18番の投手が出てくるとは思わなかった。まるで対・清鵬館宮崎高校用に用意した秘密兵器のように。
試合が開始される。今回は先攻だが、花城投手は、変則的なフォームから強気なボールをどんどん投げ込む。145 km/hという速度表示だが、サイドスローゆえ、ただのストレートとは言えど独特なスピンがかかっているようで、スイングが
栗原が言った。
「あいつのボール、打って前に飛ばせる気がせんと」
打てないなら守るしかない。畝原は丁寧にストレートをコーナーに投げ分ける。打者は花城を除いてはこれまでの試合と変わっていない。どこのコースを苦手にしていそうかということはしっかり研究していた。初回のマウンドは1安打こそ打たれたものの、無失点に抑えるまずまずの立ち上がりだ。
「1点も与えなければ、負けることはないだろ」
畝原が言った。謙虚な畝原にしては珍しく自信に満ちた発言だ。いや、自信に満ちていると言うよりも、皆を安心させるために発言したような印象だ。
二回の攻防も0点となる。表の攻撃はまたもや三者凡退に切ってとられる。今度は3三振ということではなかった。泉川が果敢にサードに放ったがサードライナーに倒れる。そして四番と六番は三振だった。裏の守備では2安打打たれ、得点圏に走者を進めてしまうも要所はきっちり抑えた。
こんな0行進は五回まで続く。不甲斐ないことに清鵬館宮崎はパーフェクトに抑えられている。フォアボールすら許してくれない。対する久米商業はヒットでランナーは出すも、連打や長打が出ず、無得点に終わっている。
六回の表は七番の金丸からだ。金丸は俊足だ。バッティングはあまり期待できる選手ではないが、フォアボールでも相手のエラーでも塁に出てさえしまえば、期待が持てる。
珍しく花城のボールが内角に入りすぎた。金丸は
「走れ!」そう言ったのは愛琉だ。
言われたからか自主的なのか分からないが、金丸は一塁に走り出す。バッテリーも内野陣もデッドボールかと思ったのか、フィールディングが遅かった。キャッチャーがボールを手に取ったときにはすでに一塁を駆け抜けていた。
意外な形ではじめての走者。おおよそヒットとは到底呼べない内野安打だったが待望の走者だ。しかも無死で俊足の走者。
続く八番の泥谷には、送りバントの指示を出す。スイッチヒッターの泥谷は右バッターボックスに入る。しかし、スライダーで右バッターのインコースに食い込む打ちづらいボールを投げてくる。
見逃せばボールなのかもしれないが、スピードと変化球のキレが良すぎて、打者はストライクと誤認する。バットの根元に当たったボールは辛うじてフェアゾーンに転がったものの、サードはチャージをかけていた。そしてすぐに二塁に投げる。併殺か、と思ったが、金丸の足が速い。フィルダースチョイスか、否、一塁を諦めてはいなかった。二塁ベースカバーの二塁手から、一塁ベースカバーのピッチャーに素早くボールが投げられ、泥谷が一塁に到達するよりもボールの方が速かった。結局単純な送りバントと同じ結果になる。
そして九番に入った坂元に打順が回る。坂元は宮崎大会で飛松との対戦経験はあるが、飛松よりこの背番号18のほうが球速もコントロールも変化球のキレも安定感も上だった。宮崎大会で飛松を捕えたバッティングも、ここではまるで変幻自在の白球に良いように翻弄されている。2球ほどファウルで粘るのが精一杯だった。結局三振に倒れ、一番の栗原に回る。
栗原は2打席凡退中だ。1打席目はバットに当てることもできなかったが、2打席目は、オープンスタンスで構えた。結果ショートゴロだったが、当たりは悪くなかった。短時間で対策を練って軌道修正を図るあたり、培ってきた経験が生きているのだろう。
今回もオープンスタンス。花城は左打者のときはプレートの一塁側ぎりぎりに立って投げる。背中の後ろからボールが飛んで来るような錯覚に陥るほど打ちづらいはずだが、それをオープンスタンスで構えることによって視界を広げている。
しかし、バッテリーは今度は徹底して外に逃げていく鋭いスライダーで攻める。見逃せばボールのような球を2球空振りし、すぐに追い込まれる。一度バッターボックスを外し、一つ深呼吸し、バットを2回素振りして、またバッターボックスに戻る。繁村は気付いた。先ほどはバッターボックスの後方だったが、前方つまりピッチャー寄りに移動した。
そして次の球は、腕をいっぱい伸ばし、やや不格好な体勢ながらボールを捕えた。オープンスタンスでしかも変化球が変化する前を狙った打球はライト線に飛んでいく。
「うまいっ!」愛琉が思わず唸る。
ライナー性の打球はフェアグラウンドに落ちた瞬間、得点も同然だ。2アウトで俊足の金丸はスタートを切っていて三塁を回っている。しかし、ライトが激走しダイビングする。絶妙なタイミングだったが、グラブの先端に白球は吸い込まれる。そして着地の衝撃を受けてもボールを死守している。3アウト交代。非常に惜しい当たりであった。
そして、相手にとってはピンチを凌いだ裏の回だ。勢いも流れ込んでいる。相手の六番打者にドンピシャのタイミングでバットの真芯で捕えられた打球は、無情にもバックスクリーンまで運ばれてしまった。見事なバッティングだ。ソロホームランで済んだのが救いだった。しかしこの好投手を前にして、終盤に差し掛かる直前の重い重い1点を献上した。
そして七回、八回の攻防は互いに無得点。畝原も八回を投げて1失点だから、非常に健闘している。しかし、攻撃の糸口をなかなか掴ませてくれない。
九回を迎え、0-1でリードされたままだ。通常の相手で、清鵬館宮崎の力なら充分追いつく、あるいはひっくり返せる差だが、今日の相手は手強い。この18番のダークホースっぷりも良いところだ。
甲子園に棲むという魔物とやらを信じてみたいと思った。
この回は八番の泥谷からだ。しかし、ベンチの中でウズウズしている者がいた。
『八番、泥谷くんに代わりまして、バッターは中武くん。背番号13』
中武は何回も素振りをする。そして甲子園初打席にも関わらず、堂々とした立ち振る舞いで、あたかも
そんなことを思った初球、快音が鳴る。左中間にぐんぐん打球が飛ぶ。
「言ったか!?」
繁村は思わずベンチから身を乗り出しそうになる。打球は柵越えとはならなかったものの、フェンス直撃の大飛球だ。中武の足でも余裕の二塁打。この試合はじめての長打は、控えの打者からだった。
「タケナカ! いいぞー!」
そう言えばこの男も愛琉に正しく呼ばれたことがないなということに気が付いた。
ここで繁村は悩んだ。できれば代走で釈迦郡を走らせたい。釈迦郡の走塁技術は非常に魅力的だ。足の速さもそうだが、何と言っても進むか退くかの判断が、絶妙だった。
しかし九回裏の攻撃をどうする。延長もあるのだ。釈迦郡にサードの経験はほぼない。泉川をサード、若林をショートとすることは可能だが、泉川のサードも少し不安が残る。肩は決して悪くはないのだが。控えの靏野、鸙野は内野のユーテリティープレイヤーとして頑張っているが、それでも発展途上だ。
しかし、それでもここは絶対1点が欲しい。俊足でラッキーボーイ的な存在でもある釈迦郡と中武を比べたとき、点が取れる可能性は圧倒的に釈迦郡の方が高い。
『セカンドランナー、中武くんに代わりまして、ランナー、釈迦郡くん。背番号14』
「来たー! チャラー!!!」
ベンチの愛琉よりも先に、アルプススタンドから美郷と思われる叫び声が聞こえる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます