3-26 祝盃

 ◇◆◇◆◇◆◇


『改めて甲子園出場おめでとう。うちが負けたのは悔しいけど、うちの次に出て欲しい高校が甲子園に出てくれるんだから、ちょっとは嬉しいかな。ということで、祝勝会しよう。どーせ1日くらい暇あるでしょ』

 例によって一方的なお祝いメールを送ってきたのは、ご想像のとおりの崎村だ。

 崎村と以前一度だけ飲みに行った、たちばなどおりのバーに入る。崎村の行きつけだ。

「今日は私のおごりだから遠慮しないで」と言われるがどうも箸が進まない。崎村に遠慮はないが選手に少し申し訳なく思う。ちゅうちょする繁村にごうやしたか崎村が口を開ける。

「どうせ繁村くんのことだから、選手やめぐちゃんたちに遠慮してるんでしょ!? そんなんじゃ甲子園乗り切れないよ! たまには景気付けも必要なんだから!」

「は、はい」

 そもそもこの崎村の誘いに乗っている時点で、遠慮も何も言える立場ではなくなっているはずだ。もはやセッティングしてくれた崎村に対して失礼ではないかと思い、諦めることにした。


 要は、崎村は全国高等学校女子硬式野球選手権大会があるから清鵬館宮崎の応援に行けない。今回は、半分は祝福、半分は応援に行けない悔しさと愛琉のプレーが見られない悔しさをぶつけるために繁村を誘ったとのことだった。随分と酔っ払っている様子だった。最後は自分で立つのも危なっかしいほどになっており、肩を貸してタクシーに乗せたが、大丈夫か少し心配になった。


 思えば、甲子園に出場が決まってからたくさんの人の祝福と期待を受けている。主催する新聞社は、責任教師1名・監督1名・ベンチ入り選手18名まで旅費と滞在費を支援してくれると聞いたが、逆を言えば、それ以外の部員、応援の学生や学校関係者、父兄などの旅費、宿泊費は自腹である。

 甲斐教頭が中心となってOB会を通じて寄付を募っていると聞くし、学校周辺だけでなく、宮崎市内の各所、殊に宮崎駅や宮崎空港内にも『祝 清鵬館宮崎高等学校 第YY回全国高等学校野球選手権大会出場』と幕が張られているので、甲子園出場の重みを感じつつある。不甲斐ない試合は見せられないなと、改めて勝ってかぶとの緒を締めた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 甲子園に発つ5日ほど前、学校に繁村個人宛てに手紙が届いた。メール社会になったいまどき珍しい気もする。差出人を見て驚く。オリックス・バファローズのおかとも、元阪神タイガースで現・大阪黎信おおさかれいしん高校硬式野球部監督のあかたかの連名だったのだ。


 丁寧な字でしたためられた手紙はこう書かれていた。

『繁村達矢様 ご無沙汰しています。大阪黎信高校OBで今年から硬式野球部監督の赤木です。このたびは貴校の甲子園出場おめでとうございます。私は阪神タイガースで頑張ってきましたが、半月板損傷の影響で持ち味だった走力が衰えて引退しました。そんな私がプロ野球のコーチではなく高校野球の指導者の道を選んだのは、他でもない18年前の貴校との決勝戦が忘れられなかったからです。そして貴校の野球部監督に繁村監督が就任したことを知って、いつかは甲子園で一戦交えたいと思っていましたが、まさかそのチャンスが今年来るとは思いませんでした。是非、お互い勝ち進んで試合できることを願っています。 赤木拝』

 もう一枚の便箋は岡田のものだった。

『繁村様 前略、オリックス・バファローズの岡田です。宮崎県はキャンプでもお世話になっていて、食事も空気もおいしくとても好きな場所です。本当はキャンプの度に清鵬館宮崎高校にお邪魔したいと思いつつも実現できず、申し訳なく思っています。そんな宮崎県の代表が清鵬館宮崎高校というニュースを聞いて、母校出場と同じくらい歓喜しています。そして、かつての戦友の赤木が指揮を執る母校野球部と甲子園で相見えるかもしれないと知って、赤木が羨ましく思います。僕にとっても18年前の試合は特別で、しっかり野球人生の1ページを刻んでいるからです。白柳くんと繁村くんがいたから、いまの僕がいるのです。

 ところで、貴校には男子硬式野球部でありながら選手として活躍する女子部員がいると聞きました。何でも男子顔負けの豪速球を投げるピッチャーだとか。実現に至るか分かりませんが、どうかその女子部員の子をグラウンドに立たせられないかと思い、勝手ながら始球式で投げられないか高野連にお願いしているところです。繁村監督のもとには魅力的な選手が集まって来るのですね。僕はシーズン中なので応援に行くことは難しいですが、母校と同じくらい清鵬館宮崎の活躍を楽しみにしています。草々 岡田朝樹』


 手紙の内容も感動したが、愛琉が甲子園で始球式のチャンスを与えられるかもしれないことに歓喜した。そして直後その可能性は現実のものになる。

 職員室に電話が鳴る。繁村宛てに主催の新聞社からだった。『御校の初戦の始球式で嶋廻さんに是非投げてもらいたい』とのことだった。愛琉に聞く前に思わず二つ返事で承諾してしまった。


 部員たちは今日も練習に精を出している。試合には出られないが愛琉もバッティングピッチャーを努めたり、スローカーブの指導をしたりしている。

 そして縁の下の力持ち、マネージャーの美郷も用具の管理を後輩マネージャーの2人に指示しながらやっている。この部活は誰ひとり欠けても成り立たないのだ、と改めて思う。

 そう、感慨にふけっていると、美郷が繁村に話しかけてきた。

「監督、あの、甲子園のベンチ入りですけど、私、辞退してもいいですか?」

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