3-25 跳躍
「しまった!」
釈迦郡のエラーを見て三塁ランナーがホームに突入しようとする。しかし、ライトの栗原がセカンドのカバーで釈迦郡のすぐ後ろまで来ていた。幸か不幸か見事なトンネルで打球の勢いは消えていない。栗原が球場を唸らせるような矢のような送球でバックホームし、三塁ランナーは慌てて戻る。一死満塁。
「おおおお! チャラごーり! エラーの分だけしっかり声出せー!」
「はいっ!」
通常なら絶対同点になる場面だったが、栗原のナイスカバーで奇跡的に阻止。勝負の神様は
そんな一番打者は左バッターだ。
「チャラ! 来るぞ!」
「はいっ!」
満塁だから転がった瞬間打者はスタートを切る。今度のトンネルは即・失点だ。
畝原のピッチングは衰えを知らず、気迫で140 km/h超えのボールをどんどん投げ込む。ど真ん中やや高めだが、ボールが伸びたのだろう。一塁側ファウルグラウンドに打ち上げた。高く上がった球はぎりぎりスタンドインするかどうかという際どいところ。
「おおおおおおおお!!」
釈迦郡が快足を飛ばしてその飛球に追いつこうとする。すでにライトの方が近いのではないかという位置まで後ろ向きで。
「チャラ! 捕るな!」
愛琉が叫ぶ。しかし釈迦郡は見事に捕球する。二死なら良いのだがいまは一死。
「タッチアップ!!」
三塁がタッチアップする。釈迦郡はそれをちゃんと計算に入れて、すぐに立て直し、栗原に負けず劣らずの矢のようなバックホームを見せる。あんなに肩が良かったか、と思わせるような。
「よし! いーぞ! チャラ! これでチャラだ」珍しく愛琉は釈迦郡を褒める。しかも狙ったか否か不明だが、
再び三塁ランナーは三塁に帰塁する。再び球場がどよめく。正直ランナーがホームに突っ込んでいれば点が入っていたかもしれない。しかし、そこは我々の気迫が勝ったのだろうか。
「こら!
先ほど代走に入り先ほどから再三本塁生還を諦めている三塁走者に崎村を叱咤した。とにもかくにも二死満塁。ピンチはピンチだが、先ほどよりは状況は良い。
あと1アウトだ。次で決まる。二番打者は小柄な右打者だが、代える様子はない。きっと簡単には終わらない好打者なはずだ。
「2アウト!」畝原がナインに人差し指と小指を立てて確認する。畝原にはまだ気持ちの余裕がある。
満塁なのでバッター集中。内野はニアベースで、外野はバックホーム態勢。初球、2球目と簡単に追い込むも、3球目以降はとにかくカットしてくる。そしてボール球はしっかり見送ってくる。押し出しでも同点という精神的には非常に辛い場面。畝原のいちばん自信のある速球のうちストライクゾーンのものはことごとくカットする。ついにフルカウントまで来てしまい、投げた瞬間スタートとなる。
「ウネウネ! お願い! 抑えて! アタシを甲子園に連れてって!」
愛琉の声。投球動作に入った畝原は、愛琉の気持ちが乗り移ったのか、愛琉直伝のスローカーブを投じる。銀鏡の構えたコースにしっかりと決まると思われた。
しかし、二番の狙い球はこれだった。ゆっくり溜めて、見事振り抜いた。レフト方向に。
「大きいぞ!」
レフトの黒木は、猛ダッシュで後退した。前進守備なので、ボールから目を切ってとにかく全速力でバックしている。しかし打球はホームランに飛距離は充分。スタンドインかと思われたが、黒木はフェンスによじ登る。
「おりゃーあ!!!」
フェンスと金網の境目の段差を利用して、ここぞというところで大ジャンプ。右腕は限界まで挙上しグラブを立てる。グラブの先端に白球が引っ掛かる。捕球したか。しかし、捕球に精一杯で着地体勢になっていない。足から着地はするものの思い切り尻餅をつく。
「黒ユメ!!」
ランナーはとうに2人本塁まで来ている。着地の衝動で球がどうなったか。落球していないか。黒木は倒れながらも、グラブの先端に引っ掛かったままの白球を、右腕を挙げて見せた。捕球している。レフトフライ。3アウト試合終了だ。
球場にサイレンが鳴るとともに、ナインとベンチの皆が歓喜する。当然ベンチ入りできない控えの選手ももちろん愛琉も抱き合って喜んでいる。
悲願の甲子園出場の切符を手に入れたのは清鵬館宮崎高校だった。
◇◆◇◆◇◆◇
整列後、ベンチ入りの選手たちはスタンドに向かって礼をする。スタンドで応援していた愛琉、ベンチ入りできなかった選手、選手の家族や友人たち、それ以外の一般の観客の皆、拍手で栄誉を讃えた。
愛琉が泣いている。いつも
そのときだった。急に北郷学園側のベンチから大きな声が聞こえた。
「宮崎県代表! 清鵬館宮崎高校の甲子園での活躍を祈願して──! フレー!! フレー!! セイ・ホウ・カン!! はいっ! フレーフレー清鵬館! フレーフレー清鵬館! フレーフレー清鵬館……」
何と、北郷学園で先ほどまでプレーしていた選手たちが、グラウンドで甲子園の切符をつかんだばかりの我々に、応援部顔負けの大きなかけ声でエールを送ってきた。
「ありがとうございます!」
思わず、繁村も涙がこぼれそうになった。
◇◆◇◆◇◆◇
興奮冷めやらぬ中、繁村は甲子園出場に係る手続きを確認するのに追われた。常連校なら良いが、清鵬館宮崎は当然繁村が監督として着任してからははじめてのことだ。前回の出場は18年前となる。そのときは選手として甲子園出場を果たした繁村だが、事務手続き
同時に、『竹田連合』には愛琉の出場辞退を申し出た。川上監督は愛琉の出場辞退を残念がるも、理由を聞くと素直に喜んでくれた。清鵬館宮崎の試合をテレビで観させて頂きます、とまで言われ恐縮した。
◇◆◇◆◇◆◇
宮崎県は高校の数が少ないからなのか、全国的に見て比較的早く出場が決まる。試合までは選手たちはできるだけの練習をする。とは言え怪我をしないように細心の注意を払いながらだ。また、恐らく一年のうちでいちばん暑い時期に夏の甲子園は行われるため、暑さには慣れてもらう必要はある。充分暑さには順応しつつも、甲子園開始までの間に冷房に慣れすぎないようにしてもらう必要はある。
日が経つにつれて、次第に全国各都道府県の代表校が決まっていく。そこで目を見張る記事を見つけた。
『大阪府代表
チームの概要:言わずと知れた甲子園常連校もここ数年は代表から遠ざかり、三年ぶりの出場となる。プロ野球選手も多く輩出している同校は、今年からかつて阪神タイガースで新人王、盗塁王を獲得した
「赤木諭孝が高校野球の指導者!?」
思わず繁村は声を出した。赤木を塁に出すのはソロホームラン一本打たれることに匹敵するとも言われるほど相手チームに恐れられ、プロ野球でも名声を
運命である。いや、運命の
久しぶりに再会し感謝の言葉を伝えたい。そのためには試合で当たりたいと思うと同時に、恐らくは強豪中の強豪。当たれば負けてしまうだろうな、という消極的な感情が複雑に交錯していた。
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