3-27 抽選

「え?」繁村は美郷の申出の意図が分からなかった。なぜだ。誰ひとり欠けても部活は成り立たないと感じていたところだったのに。何かマネージャーの気に障ることでもしてしまっただろうか。「何か、嫌なことでもあったのか? 言ってくれ? 大事な甲子園の前なんだ!」

 思わず引き留めようと感情的になってしまったが、理由は全然違うものだった。

「いや、そんなんじゃないです。変な言い方でしたね、すみません。記録員はずっと私がやってきましたが、本当はメグメグがベンチに座っていたいと思うんです。メグメグの方が本来はグラウンドに立つくらいの実力があって、甲子園の想いも強いはず。それなら、記録員としてかもしれないけど、私よりもメグメグにベンチにいてもらいたい、と思ったんです」

 なるほど。美郷は美郷なりに愛琉に配慮したというわけなのか。記録員は1人しか入れないので美郷としても苦渋の決断だったのかもしれない。

「ちなみに、メグメグも記録員でもいいから甲子園のベンチに座ってみたいって言ってます」と付け加える。

「俺としても、美郷がベンチにいてくれたという安心感はあるし、美郷が甲子園のベンチにいないのは不安があるけど、愛琉にもできれば選手としてやってきたから、その想いを叶えたいというのもある。分かった。でもスタンドからみんなを見守っていて欲しい」

「ありがとうございます! もちろんです! メグメグほど声は大きくないけど、アルプススタンドからみんなに声をかけますから!」

 最初神妙な顔つきだった美郷だが、笑顔が戻った。記録員、嶋廻愛琉の誕生である。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 そしていよいよ甲子園に出発するときを迎える。

 部員は三年生選手11名(うち1名記録員)、二年生選手9名、一年生選手7名、マネージャー3名、そして責任教師として甲斐教頭、そして監督の繁村。甲子園で戦うチームではかなり少数精鋭のチームかと思う。もちろん部員全員がベンチ入りできるほどではないが、それでもアルプススタンドを盛り上げるには、ブラスバンド部やチアリーディング部をはじめとした在校生とご父兄の力を借りたいところだ。


 到着後、さっそく組み合わせ抽選が控えている。組み合わせ抽選会は、49校の代表が一堂に会して行う。49校というのは、北海道と東京都がそれぞれ2校出場するからだ。くじを順番に引いていくのだが、引く順番を決めるための抽選もある。会場入りした順に予備抽選を行いくじを引く順番が書かれた紙を引くのだ。一応選手として一度甲子園に出場経験のある繁村だが、すっかり忘れていた。また以前は初戦は東日本どうし、西日本どうしが初戦で当たらないようになっていたと記憶しているが、いまはそのルールは撤廃されている。


 初戦から強豪校同士の対決、隣県対決、下手すると同一学校法人同士の対決など、会場でどよめきが沸き起る。これも組み合わせ抽選会の醍醐味かもしれない。

「キャプテーン! 頼むよ!」

 若林が緊張しているのかロボットのような硬い動きで抽選箱に手を突っ込む。引いた紙を渡すと高校名の書かれたパネルが該当のところに置かれる。

「お、いいんじゃない?」

 チームメイトが盛り上がる。対戦相手はまだ決まっていないが、二回戦からスタートするところだ。いわゆるシード校だ。春の選抜大会は32チーム、すなわち2の累乗数で表されるのでシード校は存在しないが、49チームあると15チームはシード校となる。3分の1以下の確率の幸運を若林は引き当てたのだ。大会5日目の第3試合。14時半スタートだから暑い時間帯だ。

 抽選が進み、相手校はあまり聞き慣れない山梨県代表の高校だ。大月学園おおつきがくえん高校と言って初出場らしい。

 組み合わせ抽選会では三回戦まで決められる。つまり、ベスト8を決めるまでのトーナメントが決まり、準々決勝以降は再び抽選が行われる。清鵬館宮崎の属する組み合わせのブロックに大阪黎信の名前はない。安堵とも残念ともとれない非常に複雑な気持ちになる。繁村自身大阪黎信と対戦したいが、最低でも2回勝たないといけない。しかしながら、いざ当たれば相手は強豪だから、苦戦は必至である。でも当たりたいという葛藤だ。


 挨拶を交わした後、大会運営に呼ばれる。用件は愛琉の始球式のことだ。

 愛琉の始球式については本人にもチームのみんなにも承諾を得ている。甲子園の始球式は応募して選ばれた小学生だったり、はたまた元プロ野球選手だったりいろいろあるが、記録員の女子選手というのははじめてのことらしい。旧態依然としたイメージの強い高野連にしては、かなりの進歩だと思う。

「では、始球式思い切り投げさせて頂きます!」と愛琉は言う。

 現役の高校の硬式野球部の女子選手がマウンドに立つ歴史的瞬間を楽しみに思う。


 そして、抽選が終わって解散の雰囲気になると、ある男性の声で声をかけられる。

「繁村監督ですね、ご無沙汰してます」

 そこには、元プロ野球選手にして、現高校野球部監督、そして18年前に頂点を競った名選手、赤木諭孝がいた。

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