3-15 威圧

 三回裏は、やはり制球が乱れるも、バックの守備にも助けられ、また0点で抑えることができた。

 四回表は、2巡目の清鵬館宮崎の攻撃。上位打線だから期待したい。しかし、銀鏡と下水流はまたしても凡退。

「こら! ギンナン! すいりゅう、簡単に終わるな!!」

「すみません……」

 愛琉の怒号が怖い。職場なら軽くパワハラレベルだ。

 続く栗原は先輩の意地を見せた。今度は、ライト方向にようやく待望の初ヒットが生まれた。

「来たぞ! 初ランナー!」

 ベンチは興奮する。しかも続くは四番の若林だ。

 若林への初球で、さっそく栗原は盗塁を決める。二塁に投げるものの、楽々セーフ判定である。

「よーし! よーし!」

 さらに2球目には三盗を決める。今度は二本間より送球距離が短くなった分きわどいタイミングになったが、セーフ判定で安堵する。やはりこの投手はクイックモーションが苦手なのだろう。二死ながらランナー三塁に置いた。カウントは2ボール0ストライク。

 ホームスチールはめったに起こらないので、クイックモーションは取らなくて良い。気を取り直したように飛松はゆったりと投球動作に入る。すると今度はシンカーを絶妙なコースに決める。続く4球目。若林の中でシンカーの頭があったか、ストレートを捕えたものの、ややボールの下を叩いてしまったようだ。若林の持ち前のパワーでレフト方向に伸びるが、レフトほぼ定位置でフライに終わった。二死では犠牲フライにならない。銀鏡と下水流の凡退が悔やまれる。


 四回裏も都留がマウンドに上がるも、球数はだいぶん多くなってきている。先頭バッターに二塁打を打たれた。そこから2アウトまで獲るものの、次のバッターでセンター前に運ばれてしまい、痛恨の6点目を献上してしまった。

 さらにその次の打者にも安打を打たれたところで、ピッチャーを畝原にスイッチした。


 畝原は、後続を抑えて、火消し役をきっちり努めた。しかし、ここでの追加点は痛い。

「おらー、声出せ、声!」

 もはや愛琉は監督以上の気迫がある。そして愛琉自身も声はガラガラだった。

「ゲホッゲホッ!」

「メグメグ、大丈夫!?」

「美郷! 大丈夫かいよ!」

「頭は大丈夫!?」

「ただ咳き込んだだけっちゃよ。頭は……、あ、テストの成績は散々かいね」

 美郷は脳動静脈奇形のことを心配しているのだろうが、愛琉は『頭(=成績)が悪い』と勘違いし、ポイントのずれた返答をしている。もはやボケなのか天然なのかよく分からない。

「こぉぅらぁ! メグメグが血圧上がっちょるやないか! 打って打って打ちまくらんかぁ!! おめぇら!!」

 今度は美郷が怒号を放つ。愛琉と同等かそれ以上の威圧だ。

「は、はいっ! 美郷先輩!」

 一年生と二年生のスタメン各位が、ぞうひょうのように背筋をピンと伸ばして従った。うちはこんなに軍隊的な部活だったか。


 五回表。先頭の泉川は飛松の緩急に翻弄され、三振に倒れる。やはり左バッターにとっては相当打ちづらい球なのだろう。

「こら! 三年生が三振で終わって、後輩にどう示しつけるんだ!?」

 愛琉が怒りまくっている。もう、そのくらいにしてやってくれ。

 続く坂元は、愛琉と美郷の怒号による刺激が伝わったか、外角の球を捕えた。

「よし!」

 ライト線ぎりぎりの長打コース。ボールは勢い良く転がってフェンスまで到達した。殊勲の二塁打。釈迦郡なら三塁狙えたかもしれない、という当たりだったが、上出来である。

「よし! ここで燃えろ! ひばり!」

「俺、つるっす!」

 ここでまた思いっきり名前を間違えられた靏野が右バッターボックスに入る。ここはランナーを溜めたい状況。ヒッティングでどうか繋いで欲しい。一般的にバッターボックスとは反対側の腕から放られるアンダースローは打ちやすいとされるが、プロ野球でも高校野球界でも稀少なアンダースローを練習する機会が少なく、ましてや一年生だからなおさら不慣れなリリースと特異な軌道に、2ストライクと追い込まれる。クイックモーションなので多少コントロールが乱れると思ったが、大量リードに守られて余裕があるのだろうか、コントロールも大崩れしない。

 それでも靏野は粘りながらフルカウントまで持ち込んだ。一塁が空いている状況で、無理にストライクは狙って来なかった。最後はフォアボールで一死一、二塁だ。

 続くは先ほどリリーフした畝原だ。何度か素振りをして今日最初の打席に入る。

「ウネウネ! 頼むぞ!」

 ここは迷わず送りバントを指示する。投手の畝原は塁に出て走らせたくない。

 しかし、ここは内野が読んでいた。ファーストとサードが猛チャージを仕掛けた中、三塁方向に転がしてしまった。注文どおり三塁フォースアウトで送りバント失敗に終わる。しかも一塁の畝原は走者として残る。ここでの失敗は痛い。

 迎える九番の泥谷。先ほどセーフティーバントの奇襲を惜しくも成功させられなかったが、どこか意外性のある泥谷。2アウトなのでヒッティングを指示した。右打席に入る。

 そんな泥谷は、早いカウントを狙っていた。ストレートが来ると割り切ってしまえば、浮き上がってくる球でもしっかりミートできる。下位打線には、比較的カウントを獲りにストレートを投げて来ることが多いと踏んだのだろう。

 おあつらきの初球ストレートをしっかり右方向に流し打ちした。見事にセカンドの頭上を越える。

 ライトはバックホームをするもピッチャーがカットする。靏野がホームインして待望の1点を返すことができた。なおも二死一、二塁。一塁走者は泥谷、二塁走者は畝原。ここで2打席凡退の銀鏡が入る。


「ここで打ったら、ギンナンくん、デートしてあげてもいいよ!」

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