3-14 劣勢
綾高校のエースは
現在のレギュラーでは、左バッターが5人もいる。スタメンをいじる必要があると思った。対左投手の練習はできても、左のサイドスロー、アンダースロー対策はできるものではない。しかもオーバースローとは違って、背中の後ろから浮き上がるようなボールが投じられるのだ。プロ野球の世界では、左の強打者へのワンポイント・リリーバーとしてこのような投手をあてることもある。
ファーストの青木を坂元に、センターの金丸を靏野に代えライトに、レフトの岩切は下水流に変更した。これらはすべて左打から右打への変更である。さらには畝原を温存するために右投の都留を先発登板させる。これが吉と出るか凶と出るか。繁村にしては思い切った采配だ。
さすがに、左でも好打者の栗原、泉川を代えることはしなかった。
一番キャッチャー銀鏡、二番レフト下水流、三番センター栗原、四番セカンド若林、五番ショート泉川、六番ファースト坂元、七番ライト靏野、八番ピッチャー都留、九番サード泥谷である。
「
「メグメグ、違うって! 一個も合ってない」
一年生の類似した名前で未だに区別ができていない愛琉は混乱していた。美郷に訂正されている。
「よっしゃー
「俺、
「そっか!
「……」
マウンドに上がろうとする都留は訂正するも、やはり間違えられた。一体いつになったら、彼らは愛琉に正しく認識されるのだろうか。
それはさておき、試合は清鵬館宮崎の後攻となった。レギュラーを4人入れ替えた不慣れな布陣。シートノックでは全体的に動きが硬い。対する綾は勢いに乗っているようで、動きが軽やかだった。
そして投球練習の飛松の投球が、一年ちょっと前に対戦したときとは比べ物にならない程良くなっている。球速も速いのはもちろんのこと、シンカーと思しき変化球を習得している。さらに一般的にアンダースローは制球力をつけにくいが、この投手に関してはコントロールが良いのも特徴だった。
一回表の攻撃。銀鏡、下水流とせっかくの2人の打者が三振に切って取られた。三番の栗原はうまく合わせたものの、プレートの一塁側ぎりぎりから左腕を斜め下にいっぱい伸ばしながら投じる投球は、左バッターの背後から入射し、手元付近で球に入り込んで来るような軌道になるから、極めて打ちづらいはずだが、栗原は上手く合わせた。が、ライトフライに倒れてしまった。
一方、一回裏の守備では、都留が乱れた。先頭バッターにフォアボール、二番打者にデッドボール。三番には簡単に送りバントを決められた上に、四番で2点タイムリーを献上してしまった。
さらに1人走者を許したあと3ランホームランも飛び出し、計5失点という最悪な立ち上がりとなってしまった。
ここ最近、ここまでに大量失点もなかったことから、何とかこれを返していかないといけない。
「すみません!!!」
都留は泣きそうな顔で繁村と先輩たちに謝っている。
「
愛琉に名前を間違えられても訂正する元気は残されていなかった。
借金5点分を8回ローンで返さないと勝ちはなくなった。最近の打線であればこの点はひっくり返せるはずだが、今日はいつもと違う右中心の打線。
左打はもちろんこの上なく打ちにくいボールを投じてくるが、アンダースローは経験している選手が少なく、右打にとっても決してアドバンテージにはならないというのか。
アンダースローはサブマリン投法ともよく言われているとおり、下から這い上がるような軌道だ。リリース直後は下から上へ、打者近くでは上から下へと特異の軌道で、打者は幻惑される。また大きく沈むシンカーと、逆に鋭くスピンをかけて沈まず浮き上がり続けるようなボールがあり、これらを微妙にリリースのタイミングを投げているようにも見えた。
いわゆるストレートは120 km/h行かないくらいだが、打者を惑わすサブマリンの軌道は、これくらいの球速でも充分勝負になる。二回表も、若林は巧くタイミングを合わせるもほんの少しボールの下を叩いてしまい、打球は伸びずセンターフライに終わった。泉川は三振、坂元はサードゴロの三者凡退だ。
二回裏はようやく都留が調子を取り戻し、1安打は許したものの0点で抑えた。三回表こそそろそろ1点を返したいところだ。ただ七番から始まる下位打線。
七番靏野、八番都留が凡退する中、九番泥谷が気合いを見せた。泥谷はスイッチヒッターだ。当然右バッターボックスに入ると思いきや、左に入る。
「あいつ、何やっちょると?」愛琉まで泥谷の不可解な行動に疑義を呈した。
すると、初球を狙っていた。投げた瞬間、バントの構えに切り替え、バットと目線を合わせ、ボールの軌道に合わせ身体を上下させた。見事ファースト方向にボールが転がる。泥谷は俊足だ。しかしファーストのフィールディングが巧みで、すぐに一塁ベースカバーのセカンドに送球される。ヘッドスライディング虚しくアウトとなった。
「悔しいなぁ、あのピッチャー、きっとランナー出ると崩れますよ」
泥谷はそんなことを言った。確か、横山の情報では、飛松は失点が決して少ないわけではない。1試合につき多いときで4点を献上してきた。今日は清鵬館宮崎を完璧に封じているが、決して打てない投手ではないはずだ。繁村が返答をしようとしたところ、横から横山が割り込んで来た。
「クイックモーションが緩慢なんです。アンダースローだから難しいんでしょう。捕手も幸い強肩ではないようで、盗塁を結構許しています。塁に出たらチャンスですよ」
なるほど。攻撃の糸口は、とにかく走者を出すことだという。しかし、コントロールが良くフォアボールやデッドボールも期待薄の中、5点の借金を返すことができるのだろうか。
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