2-17 荒天

 愛琉が泊まることを認めたものの、やはり連合チームとして出場しているわけだから、向こうの監督に断りなく立ち去るわけにはいかない。

「川上監督、今日はめぐ……、いや、嶋廻を起用して頂いてありがとうございます」

「あ、清鵬館の監督さん、こちらこそ、素晴らしい試合をありがとうございます。連合チームとして勝たす采配ができなくてすみません」

「それは、チームの事情がおありでしょうから」

 もうそれは言わなくても重々承知だった。

「そうおっしゃって頂いて助かります。でも次こそは、あのこ͡たちに本当に勝てる喜びを実感してもらおうと思います」

「そうですか」気のなさそうな返事をしてしまったが、川上監督の熱意はキャッチしている。

「嶋廻さんと彼女を日頃指導している繁村さんのおかげですよ。私からも感謝を伝えたい」

「いや、私なんて。男子すら甲子園に連れて行けてないですよ」

「繁村監督、嶋廻さんは二年生ですよね? また来てくれますよね?」

 いきなり念を押されるように聞かれてしまった。

「ええ、私はご迷惑でなければ、そのつもりです……」

「絶対お願いします。彼女の勇姿は必ずや女子野球のさらなる発展につながります。いままで野球を諦めてきた女の子たちのためにお願いしたいのです」

 川上はいままで以上に真剣な眼差しを送る。この連合チームは、きっと野球をやりたくても、近くに女子野球部がなくて断念してきた女子高生のために発足したのだろう。女子野球は、少子化に抗って近年活性化しているが、それでもまだ全都道府県にあるわけではない。愛琉に憧れて女子野球がさらに活気づけば、性別のために野球を諦める女子がいなくなるかもしれない。

「わかりました」

「ありがとうございます。あ、そう言えば、嶋廻さん、今日、清鵬館の皆さんと泊まりたいって言ってましたね。是非、そうして下さい。遠路はるばる来た同志と一緒の方が楽しいに決まってますからね」

 何だ、愛琉は既に監督に意志を伝えていたのか、と肩すかしを食らったが、話が早くて良い。

「ありがとうございます。愛琉をお借りします」

 もともと、愛琉は清鵬館宮崎うちのチームメイトなのに、変な物言いになってしまった。


 民宿に戻ると、さっそく男子に交じって愛琉の大きな笑い声が聞こえてきた。野球の練習中は人格が変わったかの様に厳しいが、普段の愛琉は対照的にバカなことをやり合うのが大好きな女子だ。部のムードメーカーを飛び越え、もはや宴会部長のような存在だ。

「おいこら、少しは静かにしろ。他のお客さんに迷惑だろう!?」

「あら、皆さんしか泊まってないから大丈夫ですのよ」

 満面の笑みで女将さんはそんなことを言う。

「それでも女将さんたちが迷惑でしょ。そんなこと言ったら調子乗りますよ」

「そんな、私たちだってお客さんから元気もらってるんですから。1名追加と言って誰かと思ったら、あんなにも可愛らしくて元気な子で、もう楽しくて楽しくて」

 オホホホ、と笑いながら、女将は言う。そう言ってくれるのはありがたいが、羽目を外しすぎて障子やふすまを壊されてはいけないだろうに、と思う。


 食事と風呂を終え、すぐに就寝……、と行きたいところだが、まだ夜7時。彼/彼女らがそれに従うわけがない。

「監督、お菓子とジュース買ってきていいですか?」と、横山が言う。

「いいけど。近くにあるんか、売店」

「コンビニはありますよ、少し歩きそうですけど」

 隣に居る泉川がスマートフォンの検索画面を見つけてきた。

「そっか。じゃあ、このお金で収まる範囲で買って来なさい」

「え? 奢ってくれるんですか? 嬉しいけど、これじゃ足りないんで、予算オーバーしてもいいですか?」今度は釈迦郡が言う。

「ダメだ。残したら捨てることになるだろう。もったいない。宿にも迷惑かかる」

「はーい、分かりました」

「じゃあ、アタシ買ってくる!」なぜか愛琉が買い出しに名乗りを上げた。

「先輩、何言ってるんですか? 主役ですよ! 宿でゆっくりして下さい。僕が行きますから」今度は銀鏡が必死で引き留める。

「いーの、いーの、みんなアタシの応援に来てくれたんちゃ。感謝するのはアタシの方ちゃよ。それにアタシ好きなお菓子あるし」

「じゃあ、愛琉ちゃん、俺もお供しますよ」今度は釈迦郡だ。

「お前と2人きりはまずい。俺も行く」と言ったのは横山だ。

「ずるい、じゃあ、俺も行きます。一年生の仕事っす」銀鏡まで加わる。

 結局、愛琉、横山、銀鏡の4人で行くことになった。コンビニはちょっと遠いので女将が自転車を貸してくれると言うのだが、それが3台しかない。釈迦郡は宿で待つことになった。横山が上級生として下級生が変なことをしないか見張ると言って聞かないので、銀鏡と釈迦郡がじゃんけんして、勝った銀鏡が買い物に同行する権利を得たのだ。


「ちょっと天気が気になるな」

 だいぶ雲行きが怪しい。

「大丈夫です。自転車ならすぐそこですし、一本道なんで迷わないです」

「そうか、気を付けろよ」

 そう言って出て行った直後、嫌な予感は的中するもので雨が降ってきた。内陸で山がちの地形なので、天気が変わりやすいのだろうか。

 一応、彼/彼女らは借りた傘を持って行った様子だが、風まで強くなってくる。まるで台風の前兆の様に。

 買い物に時間をかけなければ20分もあれば戻ってきそうだが、30分経っても帰って来ない。暗くなってきているし、ちょっと様子を見に行った方が良いかと思ったとき、横山から電話が鳴る。


「監督、大変です! 嶋廻が風であおられて頭を打ったみたいです! 呼びかけても返事をしません!」



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