2-18 癲癇
繁村は焦った。繁村にとって部員は一緒に夢に向かって進むかけがえない同志だ。しかも唯一の女子部員の愛琉である。公式戦に出られる、出られないの問題は関係ない。それどころか、愛琉は様々な野球の指導者たちが、そして繁村自身もが、彼女は女子プロ野球に進むべきと背中を強く押す逸材なのだ。そんなダイヤの原石のような素晴らしい選手を、そして女性野球界の未来を担うかもしれない希望の光を、自分の管理の不行き届きで台無しにしてしまったのではなかろうか。
強く止めてでも、繁村自身が行くべきだったか、と強く後悔した。
傘とAED(自動体外式除細動器)を、宿には悪いが無断で拝借した。自転車がないので自力で走るしかない。そもそも傘差し運転は荒天ではかなり危険なのでやるべきではないが、自転車がないことをもどかしく思う。早く駆けつけなければという気持ちが、却って足を
全力疾走たかだか3〜4分ほどだが、三十路を超えて上り坂の道を走るのは辛い。息を切らし、高校生の頃より体力が明らかに落ちていることを痛感しながら、ようやく現場にたどり着いた。横山たちはちゃんと指示通り道路脇に愛琉と自転車を移動させている。頭の下に買ったばかりの未開封のポテトチップスの袋を敷いていて頭を保護している。愛琉は横向きで目を
「監督、救急車を呼んでます!」
「ありがとう」
先ほど電話口で、救急車を要請するように頼んでおいた。こういうのは時間が命だ。救急要請したものの、結果的に大したことがないこともあるかもしれないが責められはしないだろう。取り越し苦労ならそれはそれで構わない。
「愛琉、愛琉、大丈夫か?」
呼びかけに応じない。ただ、幸いにも呼吸はしているようだ。首を触れると脈拍が感じられた。妙なのは目元や手足がピクピクと動いている。
出血はしているか。辺りはやや暗くなっているが、銀鏡にスマートフォンのライトで照らしてもらっているからよく見える。しかし血が出ている様子もない。擦り傷はあるが、倒れて道路に接触したところに見られるだけで、何かにぶつかったような傷もない。
「何か飛んできてぶつかって倒れたのか?」念のため横山に確認してみる。
「いや、何か突風で物が飛んできたような感じじゃないです」
やはり妙だ。倒れた辺りは緩やかな勾配はあるが、でこぼこ道の悪路ではない。愛琉は、宮崎市の
手足のピクつき。
それを見たとき、まさかとは思ったが、繁村の中である仮説が生まれた。
愛琉は、倒れて意識を失ったのではなく、意識を失って倒れたのではなかろうか。
救急車がまもなく到着し、繁村も救急車に同乗した。AEDと傘はそれぞれ横山と銀鏡に預けた。
残念ながら、今夜はみんなでお菓子パーティーをやっている場合ではない。
丹波市にも中核的な機能を担う病院があり、そこが愛琉の受け入れてくれた。救急外来で愛琉は頭部の画像検査を受けているようだ。
「嶋廻さんのお付き添いの方、どうぞ」
繁村は呼ばれて面談室に入る。そこには看護師と研修医と思しき若い女性医師と、上級医と見られる繁村と同年代くらいの男性医師がいた。
「本日当直で脳神経外科医の
まず一つ、安堵する。健康的な高校生が何の予兆もなく意識を失ったのだ。最悪な状況ではないことを確認できてホッとした。
それに、偶然かもしれないが、脳神経外科医がいてくれたことを嬉しく思う。適切な診断がなされることだろう。できれば今日帰れれば良いのだが。
「まず外傷の程度ですが、頭部には擦り傷程度で、大したことはありません。頭蓋骨骨折や脳出血などの所見はありません」
「良かったです。ありがとうございます」
しかし、良かったのはそこまでである。先ほどの繁村が予感が的中することになるが、その内容は想像よりも重いものだった。
「ただ、代わりに心配なものが見つかってしまいました。嶋廻さんは
そう言って、パソコン上に検査画像を出力させる。見慣れないのでよく分からないが、頭の中にかすかに淡く写る病変があった。
「しっかりと確定診断を下すには、MRIや血管造影などの精査が必要になると思いますが、私は脳動静脈奇形という疾患を疑っています。いまは破裂の所見はありませんが、将来これが破裂してしまう危険性があって、その場合は神経学的な後遺症、あるいは最悪な話、お亡くなりになる可能性もあります」
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