2-10 難航

「いやー、素晴らしいホームランでした。うちも調子のいい鎌田を自信を持って送り出してたんですけど、あのバッティングは、さすが繁村監督をはじめとするご指導の賜物ですね。投手リレーも良かった。本当に。うちの分まで頑張って優勝して、甲子園出場して下さい」

 広瀬高校監督の山下は、繁村を褒め讃えた。

「あ、ありがとうございます」

 1-0という緊迫した展開のまま、畝原→岩切の継投で九回を投げ切った。もっとも畝原は泉川の得点で、いろいろ良い意味で吹っ切れたらしく、力が抜けたようだ。コントロールもキャッチャーの児玉のリードも冴えて、相手の打ちにくいコースに投げて、あとは野手陣の守備に託した。打たせて取るピッチングで、七回まで投げた。九回まで投げさせようか迷ったが、岩切にはもう一皮剥けて欲しかった。畝原の疲労と今度も連投する可能性も踏まえて、マウンドから下ろした。岩切の表情は強張っていたが、広瀬高校は好投手を擁しているものの、強打者が揃っているわけではない。いままで少ない得点、僅差で勝ち抜いたチームなので、少しでも畝原を温存しようと考えたのだ。そして、代わったキャッチャーの新富が巧く岩切の丁寧な投球を導いてくれた。岩切、新富ともに、この春から夏にかけての伸びはめざましいものがあった。

「山下監督、話が長いですよ。清鵬館さんもお忙しいでしょうからさっそく……」

「あ、すみません。つい」

 初老の人物が現れて山下をたしなめた。

「遅れました。県高野連理事長で前監督、いまは顧問のだかつとむです。今日はいい試合ありがとうございます」

「顧問の甲斐かい紳一郎しんいちろうです」

「監督の繁村達矢です」

「で、嶋廻さんとおっしゃいましたね。女子選手の子。話は聞いております」

 戸高は、話が迂回しがちな山下と違ってすぐに本題に入った。戸高は続ける。

「お気持ちはすごく分かります。嶋廻さんも素晴らしい選手だと思う。ただ、基本的に日本高野連の方針に従っているので、うちだけそれを導入し、他県が模倣して、事故が起こった場合の影響は大きいでしょう。いままで高野連は保守的だと揶揄されてきました。ちょっと前には、女子マネージャーの試合前練習の補助の是非の問題など、批判を浴びることもあったわけですけど、それも限定的ではありますが、少しずつ女子の門戸を開いてきたわけです。少しずつ前進してるんです。それを軽率な判断でおじゃんにはしたくないというのが本音です。ましてや女子高校野球の門戸は広くなっているので、女子選手はそっちでやってくださいという意見は絶対出るでしょう。監督のお気持ちは充分理解したつもりで、日本高野連にも諮ってみますが、ハードルは高いだろうというのが私の所感です」

 日本高野連まで諮る問題なのか、繁村には判断しかねるが、きっといまの様子だと是認されないような気がした。戸高は前監督ということで、会長より野球に精通している人物なのだろうが、繁村に一定の理解を示しつつも、ハードルが高いと所感を述べた。確かに「女子選手はそっちでやってくださいという意見」は絶対ある。選手登録されない女子選手がノックに参加できたら、他のベンチ入りできない男子選手の立場がなくなる。やはり悔しいが、承服せざるを得ないのだろうか。

「分かりました……。ありがとうございます」

「広瀬高校としては、いや、私としては、嶋廻さんの活躍をとても楽しみにしています。せめて、例えば我が校で良ければ、練習試合を組んで頂きたいし、そこで嶋廻さんの美技をご披露頂けないでしょうか? 実は私もSNSで拝見したんです。実に素晴らしい選手ですね」

「ありがとうございます。練習試合は私もずっと望んでいたことです」

 練習試合によって愛琉の美技が披露されたとしても、それが試合前シートノック参加に繋がるわけではないだろうが、それでも理事長が愛琉に期待してくれるのは素直に嬉しい。それであれば、少しでもアピールの場を作るのが愛琉のために良いのではないだろうか、と判断した。

「それでは是非。今後ともよろしくお願いします。そして監督とチームのご健闘とご活躍を祈っています」深く頭を下げて、戸高と山下は辞去した。


 次の準決勝の試合の相手は既に決定していた。連絡が入っていたのだ。

「次は北郷学園ですね」

 胸の内を代弁するかのように甲斐教頭は言った。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 そして、翌々日。間に1日だけ置いて、すぐに北郷学園との試合が開戦される。

 憎いくらいの良い天気。宮崎の夏は暑い。


 宮崎県一の強豪校は、順調に勝ち上がってきた。


「広瀬高校戦、拝見しました。秋よりぐっとお強くなっていますね。御校とはいい試合ができそうです。今日はどうかよろしくお願い致します」

 男子硬式野球部監督のまつ慇懃いんぎんに挨拶する。社交辞令なのかもしれないが、チームが強くなったのは繁村自身感じている。しかし、それは北郷学園とて同じこと。特に層が厚い北郷学園だから、苦戦を強いられるのは必至だろう。

「こちらこそ挑戦者の気持ちで頑張りますので、よろしくお願いします!」

 繁村はそう言って、挨拶を交わした。


 試合前5分間のシートノック。後攻となった清鵬館宮崎が先に行いシートノックを行い、先攻であるに北郷学園が後だ。

 みんな少し気負っているのか、内野も外野もぎこちない。何でもないボールを弾いたりしている。

「若林!」

「はい! すみません!」

 どこか不安の残るシートノックの内容。そして北郷学園に移る。

 試合は、試合前ノックの時点から始まっていると繁村は考えている。自分たちが試合前ノックをしていないときは休憩時間ではない。相手チームを偵察する貴重な時間で、捕球の正確さ、足の速さ、肩の強さなどをじっくり観察し、戦略の参考にするのだが、その守備のリズム、送球、ボール回しが完璧なチームは、ときに芸術的な美しさを感じることがあり、それだけで相手チームを圧倒することがある。

 北郷学園はまさにそれであった。捕球、送球、ボール回しに一切の乱れも無駄な動きもない。どこに守備の穴があるかなど探るのが無謀だと思うくらい、そして偵察というよりも鑑賞という方が正確なほど、ただ見蕩みとれていた。

「めちゃめちゃ巧くなっちょ」中村がつぶやいた。

「やべーな、あんなのうめぇ守備、内野の打球はぜんぶアウトにされるんちゃないと」由良も言う。

「おいおい、試合前からそんな弱気なこと……」

 言うな、と続けようとしたところだった。

「先輩! いつもの練習の動きなら、全然負けてないっすよ! 確かに北郷の守備は巧いと思いますけど、負けてないですよ!」

 愛琉が鼓舞している。練習はたくさんしてきた。北郷学園は寮を持っているので、おそらくかなり練習できる環境にあるだろうが、清鵬館宮崎だって密度の濃い練習を重ねて、研鑽し合ってきたのだ。そして、ベスト4まで来た。気負う必要はない。

 再び、愛琉が言う。

「勝って下さい! そしてアタシを甲子園に連れてって下さい!」


 両チームが整列して、礼をする。

「お願いします!」

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