2-07 交替

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 初戦の油津高校戦は岩切と新富という控えバッテリーで臨んだが、練習時も相性の良い二人はうまく機能した。投球のリズムの良さが守備のリズムを生み、相手の連打を許さない。結果、13-0の5回コールドで勝利する。


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 二回戦は、エースの畝原とキャッチャー児玉のバッテリーで、花台ばなだい高校との試合に臨む。ここは偏差値の高い高校だが、野球に関しては強豪ではないため、序盤に5点のリードを奪う。この試合では、泉川や金丸や泥谷など、秋からの守戦力として期待したい控え選手を投入した。彼らは緊張のせいか動きが硬かったが、泉川は持ち前のバッティングでライトライン際への大きなスリーベースを放ってくれた。

 また守っては、堅守で失点には結びつかせなかった。結果的に8-0、7回コールドと完封勝利をもぎ取った。二戦で失点が1点もないのは大きな成長である。守備のリズムは攻撃のリズムを生む。攻撃のリズムは試合の流れを引き寄せる。まさしく理想的な勝ち方で勝てた。ここまでは非常に順調だ。

 シードではないので、甲子園出場まではあと4回勝利する必要がある。当然、強いチームが残っていくので、ここからは大勝というわけにはいかないだろう。


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 三回戦の相手は、昨年度の九州地区高校野球県予選で敗北を喫した蝦野高校。逆転で4点差をひっくり返される嫌な思い出が付きまとう。しかし、当たったものは仕方がない。勝たずして甲子園出場権は勝ち取れない。

 昨年度のビデオは残っていて、参謀の横山があるだけのデータで最大限分析した。分析した結果見えてきたのが、このバッテリーの強靭な精神力だ。左腕の投手の蛯原えびはらは球速も速くないし、決め球となるような手強い変化球があるわけでもない。しかし、どれだけランナーを出塁されても、どんなに点を入れられても、自分のピッチングを保ち続けるのだ。表情はポーカーフェイス。球数は増えているはずなのに、まるで疲れを見せないような淡々とした投球は、ある意味不気味さすら感じる。味方の守備陣も相手バッテリーが疲れを見せたり、冷静さを失うと、途端に伝染して守備の乱れを生む。一方攻撃する側はいままで打てなかった球も打てそうな気がしてくるものである。そうやって試合の流れが変わるのである。

 しかし、この投手はそのような隙を見せない。どんなに負けていても、まるで常にスコア0-0の初回の守備のようなピッチングを見せる。球速はなくても回が進んでも衰えることはなく、制球も保たれている。むしろ段々調子を上げているように見えた。


 ではこちらも、どんなにリードしても初回の気持ちで戦うまでである。畝原も経験を積んで立派なエースとして成長している。当然相手も実力をつけて強くなってきているだろうが、気持ちで負けないようにしなくてはならない。


 オーダーはレギュラーを並べた。一番から、栗原、緒方、由良、中村、若林、串間、児玉、畝原、門川である。調子の悪いメンバーは控えを含めてもいない。栗原も一時期心配されたが、大会に入って本来の調子を取り戻しつつある。相手のバッテリーは前回戦ったときと同じだ。

 プレイボールがコールされ、清鵬館宮崎は初回に3点を先制した。昨秋と同じような展開。この蛯原投手は立ち上がりが課題なのか。

 裏を返せば2回以降本来の調子を取り戻し、これ以上の追加点を期待できないことになる。となれば、いかにこの3点を死守するかが問題だ。

 一回戦、二回戦で完封勝利を収めてきた我が校だが、相手が辛酸をめさせられたところでは話が変わってくる。予想通り、二回以降は相手投手の投球がぐんと良くなった。ビハインドを背負った方が調子が出るのだろうか。

 蝦野ナインのバッティングは、前回のときよりずっと良くなっている。ちょっとの失投は逃さないかの如く、積極的に狙ってくる。幸い大きな当たりのファールで事なきを得ているが、一発があってもおかしくない鋭い振りに肝を冷やす。

 変化球を駆使して、5回までは何とか無失点に抑えていたが、こちらも2回以降追加点が奪えない。そしてとうとう6回に捕まってしまう。

 フォアボールとフィルダースチョイスで一・二塁と二人のランナーを置きながらも、何とかその後は2連続三振で2アウトまで漕ぎつけた。打者は八番で投手の蛯原。八番だから気持ちに油断が生じたのだろうか、高めに甘く入ったストレートを痛打された。打球はぐんぐん伸びて、まさかのスタンドイン。3ランホームランを浴びた。

 試合はふりだしに戻る。蛯原自身がホームランを打ち、表情こそ変わらないもののさらに投球に勢いがつく。その直後の清鵬館宮崎の攻撃を簡単に三者凡退で終わらされると、さらにそのあとの蝦野の攻撃は一番からの好打順である。そしてよりによって先頭バッターをセンター前ヒットを浴びてしまった。

 たちまちタイムを要求する。守備陣は集まり、繁村も伝令の横山をマウンドに送った。蝦野の二番打者は、前回の対戦でも今回でも、バントを打つと見せかけてバスターエンドランを仕掛けてくる。つまりファースト由良、セカンドの若林、ライトの栗原の方向に飛ばしてくるはずだ。なるべく低めの球でゴロを打たせ、内野は中間守備でゲッツー狙いだ。

 しかし、バッターもそれを読んでいたか、ライト方向ではなく二遊間に綺麗なセンター返しを放つ。ノーアウト一・二塁で、クリーンアップ。三番打者は送りバントで無難にランナーを進めると、四番打者はセンターに犠牲フライを放ち、とうとう4-3と逆転されてしまった。

 既に7回が終わってしまった。昨秋の嫌な展開が否が応でも想起される。さすがに焦ってきたが、いまこそ監督の自分が冷静にならねばならない。下位打線からはじまる8回の攻撃で、繁村は行動に出た。

「よし、新富行こう!」

 七番キャッチャーの児玉への代打。新富は初戦でも左中間に大きな当たりを放っていたことから、バッティングの調子が非常に良い。何か自分の中で目覚めたのかもしれない。

 しかしピッチャー蛯原も、ポンポンとテンポよくストライクゾーンに放ってくる。簡単に2ストライクと追い込まれ、一球ファールで粘った4球目のおそらくシュートに手を出し、引っかけてしまった。左方向にゴロの当たり。ダメか、と思ったが、これがいま勢いを手にしている者の運の良さというやつだろうか。絶妙に三遊間のちょうど真ん中を守備が追い付けないスピードで転がっていき、レフト前に渋いヒットを打ったのだ。

 続く畝原には、何としてもバントを決めさせたい。しかし、内野手が猛チャージをしてくるのでなかなか簡単にはバントをさせてくれない。一塁走者の新富は足は速くないが、次の守備でキャッチャーに入ってもらいたいので、代走は送れない。猛チャージの中、確実なバントを決めてもらう必要がある。蝦野の守備からは何としても走者を得点圏に置きたくないという気迫が感じられる。ついに追い込まれてしまった。バントは得策ではないか、ふとそんな気持ちがよぎる。気付くと繁村はサインを送っていた。バスターエンドランだ。練習でもピッチングに重きを置いていた畝原に咄嗟にそんな器用な芸当ができるか不明だ。最悪のシナリオは三振、盗塁失敗で2アウトランナーなしの事態になることだ。

 モーションとともに新富が走る。畝原はバントの構えからすぐバスターに切り替える。行けるか、と思った瞬間、打球はファースト、セカンドの頭上を越えていた。ちょうど投球が外角の少し高めに逸れたのが幸いしたようで、見事にバスターエンドランが決まる。三塁ランナーコーチの黒木がぐるぐると回して、ノーアウト一・三塁。

「よっしゃー! ウネウネ! ナイスエンドラン! 新富さんもライスラン!」

 急に甲高い声で味方に声援を送ったのは一塁スタンドから見守る愛琉だ。そうだ、愛琉も選手なんだ。試合に集中しすぎて、そんなことも忘れかけてしまった繁村は自分を戒めた。

 次はラストバッターの三年生、門川かどかわあさひこうだ。門川は三年生だが、バッティングはさほど得意ではない。打撃の欠点を守備の上手さで補完しているような選手である。

「よし、代打、しろ

 蛯原が左腕なので、右打者の銀鏡をバッターに送った。銀鏡は高校の前もキャッチャーとして経験している。銀鏡を送ったのはもう一つ理由があった。

「銀鏡ぃ! 打てや!」

 声援というよりはどちらかというと怒声のような口調だが、紛れもなく愛琉の声であった。銀鏡は大好きな愛琉先輩のエールを受けて力を発揮するのではないか、と思ったのだ。

 しかし、意外な形で試合は動いた。ピッチャーの畝原が盗塁を仕掛けたのだ。

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