2-06 抗弁
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宮崎県選手権大会の優勝を飾ったのは、嬉しいことに大生がいる宮崎大淀高校だった。きっと7月の全国高等学校野球選手権宮崎大会へ大きな弾みになったに違いない。
練習試合、紅白戦は愛琉の活躍できる数少ない貴重な場だ。繁村は女子野球の指導も勉強している。世の中便利なもので、女子野球の指導に特化したインターネット教材があったので、さっそく購入した。男子との違いがよく分かる。また、一部、北郷学園の女子硬式野球部監督の崎村にもアドバイスを乞うている。連絡先を交換しておいて正解だった。いざやってみると、慣れない分迷うこともある。崎村は、愛琉と同じ投手だったということもあって、自分の教え子のように懇切丁寧に教えてくれるので非常に助かる。
その指導が結実したか、愛琉のピッチングはより磨きがかかった。球速も制球力も増した。また畝原に教わったシュートも精度が上がっている。スローカーブといいシュートといい、投球モーションをほぼ同じにしているので、打者からしてどんな球種のボールが放られるのか判別しにくい。加えて、元来の出どころの分かりづらい変則フォームで球速以上に速く感じる。バッティングセンターでたまにピッチャーの投球動作がスクリーン上に映し出されていて、モーションに合わせてボールが飛んでくるものがある。愛琉の場合は、極端な表現をするとそのスクリーンが真っ暗のまま、いきなりボールが飛んでくるような、そんな錯覚に陥る。投げるときの体幹の角度も良く、左腕をすっぽり身体に隠しているので、リリースの直前までボールが見えないような工夫をしている。新しい変化球を習得してもその基本は変えずに、自分の持ち味を最大限活かし続ける。それが愛琉のスタイルである。
結果的に、練習試合でも紅白戦でも、愛琉の投げた回はすべて無失点に抑えている。これはかなりすごいことだ。公式戦で投げさせられないことがますます歯痒い。もう一つ言うと練習試合はぜひ、県高野連の現・会長のいる広瀬高校とも組みたかったが、すでに先方は他校と練習試合を組んでいたため、叶わなかった。
一方で心配事もあった。栗原が調子を落としている。調子を落とすことは誰だってあることだが、どうも練習にも試合にもエンジンがかかっていない様子だ。打席に入ってもまるで立っているだけかのように、ストライク球を見逃す。追い込まれても様子は変わらない。理由は分からない。もともと彼はポーカーフェイスでどこかやさぐれている。部活でも特に仲良くしている部員はいなく一匹狼だが、どこかチャラい出で立ちから最近では釈迦郡に慕われている様子だ。しかし、感情を表に出す釈迦郡とは異なり、何か思うところを内に秘めているかもしれない。昨秋、蝦野高校に敗れた後に書かせたシートで、抗弁するようなことを書いたことがある。今回も何かのメッセージなのだろうか。しかし、普段はチャラくてやる気がないように見えても、公式戦ではなんだかんだ言ってスイッチの入る選手だ。部の全体の雰囲気は決して悪くない。各種課題を見つけてはそれに向けて解決策を模索する。解決策を発見しては実行に移しスキルアップに繋げている。控え部員も一年生部員も短期間にかなり上達したかと思う。栗原のことは少し気にかかるが、注視しつつ、悪化するようなことがなければ、まずは部の雰囲気を尊重し、夏の大会まで見守っていたいと思った。
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そして、いよいよ今年も、夏の甲子園大会出場をかけて7月の全国高等学校野球選手権宮崎大会が始まろうとしていた。
初戦の相手は抽選で決まっている。
しかし三回戦あたりからは、強豪校が上がってきうるトーナメント表だ。とある日の全体練習で繁村は先発とベンチ入りのメンバーを読み上げた。全員がベンチ入りできるわけでないので、監督としても気が重い瞬間である。
「一番ライト栗原、二番センター緒方、三番ファースト由良、四番ショート中村、五番セカンド若林、六番サード串間、七番ピッチャー岩切、八番キャッチャー新富、九番レフト
ざわついている。ざわつく理由はおそらく二つ。一つは、明日の先発バッテリーが控えであること、もう一つは、青木が二年生男子で唯一ベンチ入りから外れていることだろう。
「か、監督。俺はベンチ入りできないんっすか!?」
そう言ったのは、二年生の青木ではない。一年生の
中武の守備位置はサード。中学まで未経験の選手だが、中学までバレーボールでリベロを務めていただけあって反射神経は良く、強い当たりでも身体で止めるガッツがあり、捕球できなくても外野には行かせまいとする闘志がある。入部当時は目立たなかったが、だんだん部に馴染むに連れ自己主張をするようになってきた。
「中武!」先輩部員の誰かが
「すみません。でも納得いかないんです。俺、必死にベンチ入り目指して先輩たちに負けないように頑張ってきました。でも外れた。これって年功序列で決めてるってことですか?」
「中武!!」今度はより強い口調で、また誰かが窘める。
しかし、繁村は監督として教育者として、ここは真摯に立ち向かわないといけない。
「中武。確かにボールに全身で立ち向かっていく姿はサードの素質に必要なものだ。捕球できなくても何とか身体に前に落とそうとする、その気合は認める。でも、それだけでは足りない。分かってると思うが、ファーストへの送球の精度がまだなんだ。サードの控えとして泥谷を選んだのは、仮にワンバウンドしても暴投せずにファーストが捕れるようなボールを投げること。暴投してしまっては、一塁どころか二塁、下手したら三塁まで進塁させてしまう。だから、泥谷を選んだ」
「でも、監督。確かに俺はたまに暴投しますが、肩は強いです。それに練習試合では暴投もエラーもしたことはありません」
「中武!」繁村が中武の主張に対して回答を返そうとしたとき、また違う誰かが中武の名を呼んだ。そして立ち上がった。青木だった。そして続けた。
「僕は二年生だけど呼ばれなかった。ファーストの控えとして一年生の坂元が選ばれた。坂元は経験者だけど、僕だって一年半ここで経験してきて、実力はとんとんかと思ってたけど、結果として後輩に負けた。とても悔しい。しかし、それが監督が勝つために選んだ最善のメンバーだったんだ。決して年功序列で単純に決めているわけじゃない。監督の考えがあって決まったことを受け入れてくれ」
「でも、俺は泥谷さんより上……」青木の発言になお抗おうとして言った言葉を途中で遮るようにして口を開いたのは、主将の中村だった。
「中武! 青木も悔しいが、いちばん悔しい思いしているのは誰か分かるか?」
「え?」
「分からんのか。嶋廻愛琉っちゃ!」
「でも、嶋廻さんは女子……」
「だからこそだ。ええか? 愛琉は実力だけで言えば、通常の高校ならエース、強豪校でもベンチ入りの控え投手が務まるくらいの実力ちゃ! 監督は性別の垣根がなければ、とっくに公式戦に出しちょる。でもそれがさせれんかい、どんだけ上手くても公式戦に出るところか選手としてベンチ入りもできんっちゃ。記録員として入るしかない!」
「……」中武は反論できないまま押し黙っている。愛琉も目を見開いて黙ったままだ。
「悔しいのはお前だけじゃない。お前以上に悔しい思いをしている先輩がいることをまずは分かれ」
「す、すみませんでした」
「ベンチ入りした選手、そして特に試合に出てる選手、もちろん俺も含めてだけど、ベンチ入りできなかった選手たちの分も含めて頑張れ! いいか!?」
「オス!」
中村は繁村の胸の内を代弁する形で中武を窘め、部員たちを鼓舞した。人数制限がある以上、全員をベンチ入りさせることは叶わない。だから、中村の言う通り、ベンチ入りできた選手は、ベンチ入りできなかった選手の気持ちを考えて、試合に取り組んでほしい、と繁村は思った。
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