2-04 伸長

 初戦の相手はあおき高校。高校野球の強豪校として名が挙がるところではない。

 エースの畝原は球速を上げ、130 km/h台後半を手加減なく投げ込む。もともと得意なシュートも冴えていたが、愛琉に教え込まれた指から抜けるようなスローカーブも使うようになった。さらには、スプリット・フィンガー・ファストボールと呼ばれる、フォークにも似るがより速い球速で小さく落ちる変化球にも挑戦していた。直球と変化球3種類を投げ分けている。


 打線もしっかりかみ合って機能した。相手校の先発は左投手だったが、全体的にボールが高いところに集まり、捕えやすかった。五回までに大量8点の援護を貰った畝原に代わり、はじめて岩切をマウンドに上がらせてみた。岩切は、気持ち打者に背中を向けるようなセットポジションからさらに身体を捻り、俗に言う『トルネード投法』にも似たモーションからスリークウォーターで投げ込む。右バッターの膝元にクロスファイヤーに食い込めば、決して容易には当てられないと思っている。実戦では初めての登板だが、畝原はレフトの守備位置で守らせていて、ベンチに下がっていない。リラックスして投げられるはずだ。

 球速も速くないことから、連打を浴びることもあったが、キャッチャーの三年生の児玉が駆け寄り、声をかけた。結局1点を失ったものの、9-1の7回コールドで勝利した。なお、ダメ押しの9点目を飾ったのは、6回の守備で少し自信をつけた岩切本人のホームランだった。


トイ! ピッチャー、デビューおめでとう!」

 そう言ったのは愛琉だ。愛琉は素直に喜び讃えているが、ピッチャーとしては経験値は上で球速も速い愛琉が、性別を理由に公式戦に出られずにいることに、改めて悔しさを感じた。

「嶋廻、ごめんな……」

「なして?」

「だって、お前の方がずっと上手いのに、公式戦デビューを先乗りしちまってさ」

「……そんな、アタシはそれ最初っから分かってここにいるかい、気にせんで!」

 明るい口調でそう答えるが、答える直前に一瞬悲しげな顔をしたのを見逃さなかった。

「ありがとうな」岩切は小声でそう言うに留まった。『フトイ』と呼ばれたことへのいつものもなかった。


 愛琉、試合は難しいだろうが、何とかして、試合前の練習にグラウンドに立てるくらいにはしたい。待ってろよ、と繁村は心の中で愛琉に向かってそう告げた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 二回戦の相手は宮崎大淀みやざきおおよど高校。ここは、宮崎市内の大淀川の南に位置していて、住宅地だが比較的市の中心部にある高校である。去年は対戦機会はなかったが、2年前には練習試合をした。名門とまでは言えないまでも、部員が多いところだ。

 相手校のエースは、三年生の右腕、大生源藤おおばえげんどうだが、2年前の練習試合で対戦したときは控えピッチャーで、絶好の決め球であるスライダーを、うちの当時の四番打者に本塁打を打たれて泣いていた。あまりにも感情をあらわにして泣いていたので、繁村も大生に声をかけた。「いい球を投げるな。磨けばきっと武器になる。また成長した姿を見せてほしい」と。当時は小柄だったが、身長が伸びて体格がぐっと良くなり、140 km/h程度の速球も投げるようになっている。

 高校生にとって2年間ってこんなに伸びるもんだなと、つい感慨深くなってしまった。


 直球は速いのだが、何と言って変化球のスライダーにも磨きがかかっている。スライダーはストライクなのに右打者が腰を引いてしまうくらいキレが良い。そしてコントロールも良い。とは言いながらスライダーを多投しているわけではなく、直球とのコンビネーションをうまく組み立てている。単純に右バッター、左バッターだけでなく、構えやそのときの打ち気の強さとかでコースや球種を変えている。リードしているのはキャッチャーかもしれないが、ぎゃくだまも少なく忠実にそのコースを狙っている。

 三振と凡打の山を築かされ、こちらの攻撃のリズムがつかめない。そして4回表の相手の攻撃でとうとう畝原は捕まってしまう。アンラッキーなテキサスヒットで出塁を許すと、四番の左打者に強烈にライトのライン際に引っ張られてしまい、俊足な一塁走者がそのままホームインしてしまった。


 大生は、試合の中盤以降はさらに調子を上げて、4回から7回まで出塁すら許してくれない。各バッターの苦手なコースを調べ尽くしているのだろうが、そこを確実に衝いてくる制球力に、主将の中村も天を仰いだ。

 8回表には6番打者にホームランを浴びた。ソロだが、ここに来てこの調子の良い投手を前にしては重すぎる1点である。

「あと2回だ。1点ずつでもいい、返していくぞ!」

 久しぶりに強い口調で繁村は選手たちを鼓舞した。


 8回裏の先頭は九番打者の三年生の児玉であるが、繁村は代打を送ることに決めた。三年生の新富だ。新富しんとみ佳寿かず。今日の児玉は全然タイミングが合っていなかった。新富は控えであり、ライトの座を後輩の栗原に譲ってしまったが、キャッチャーとして練習するうちに、遅ればせながら少しずつ才能が開花し始めていたのだ。岩切や愛琉の投球練習に付き合っているが、二人とも投げやすそうにしている。体格ががっちりしているわけではないが、構えがどっしりしていて、キャッチングのときにミットが動かない。そして捕球のときに快音を鳴らす。生前の白柳も言っていたが、キャッチングが巧いと、ピッチングも乗ってくると言っていたが、まさしく新富の捕球技術はピッチャーを鼓舞させる力があると感じていた。

 そんな新富を代打で出す。そのまま守備を交替させるわけだが、バッティングだって練習が結実して成果が現れつつある。


 安打でなくても良い。フォアボールでも振り逃げでもいい。とにかく塁に出てくれ、と繁村は祈った。

 新富は大生と2年前の練習試合で対戦している。練習試合だったのでこちらも当時の一年生を積極的に出していたのだ。そのときは大生が新富を三振で抑えている。

 きっと本人たちも覚えているかもしれない。大生も成長しているが新富も成長している。

 新富は球審とバッテリーにヘルメットを取って軽く一礼して右バッターボックスに入る。

「新富さん! ガンバって!!!」

 愛琉とマネージャーの美郷が声援を送る。


 ワインドアップ・モーションからさっそく直球を1球投げこむ。速いインコースはぎりぎり外れてくれたが、厳しい攻めの投球だ。2球目はど真ん中よりやや高めの打ちやすいコースだが、伸びがあり鋭いフルスイングが思い切りくうを切る。当たったら飛びそうなバットの振り。外野手が後ろに下がる。実際、アウトオブシーズンで筋力がつき、長打力が出た。バッティング練習では柵越えも見せていて、当たれば飛ぶ。しかし、試合での経験は少ない。厳しいコースの直球や心理の裏をかく変化球の配球の中でとらえることができるか。

 3球目は変化球が外れてくれたが、4球目はストライクゾーン。しかし、新富は強振しレフト線に大きい当たりが放たれた。ひょっとしてと思ってベンチから上半身を外に乗り出したが、ぎりぎりポールの外側だ。三塁塁審が両手を挙げている。飛距離は充分なのに残念だ。新富は一度バッターボックスを外して再度素振りしている。レフトだけではなくサード、ショートも守備位置を下げた。

 大ファールの後は、往々にして凡打になることが多いような気がするが、そんな悪い予想を覆してくれるか。そんな期待は意外な方法で覆された。

 投げた瞬間にバントの構えに切り替え、ピッチャー、サード、ショートの中間にうまく勢いを殺して転がした。繁村はスイングのジェスチャーで思い切り打ってこい、とサインを送っていた。しかも2ストライクで、おそらく誰もまったく予想していなかった上に、内野陣は後ろに下がっていたし、新富はバントの構えとともに一塁に駆け出していたので、捕球したサードは一塁送球を諦めるほど余裕のタイミングでセーフティーバントを決めた。追い込まれていて失敗の許されない(2ストライクでのバント失敗は、ファールでもスリーバント失敗となり三振扱いとなる)状況で、よく1回きりで決めた。レギュラーの選手でもなかなかできるものではない。確かにバントも新富はよく練習していたが、よくやってくれた。


 久方ぶりのランナー、しかもノーアウト。そこで回ってきたのは、リード・オフ・マンで強打者の栗原だ。

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