2-03 洗礼

 ◇◆◇◆◇◆◇


 今年もこの日がやって来た。入部式である。

 入部届で既に入部の意思表明をしている部員も、いままではどこかお客様扱いだったが、入部式を経て、名実ともに、正式な入部となるような気が繁村はしている。

 

 今回は、去年の愛琉のような破天荒な部員はいない。入学式初日に告白した優男の銀鏡と入部式間際に入ったチャラ男の釈迦郡はある意味型破りだが、それ以外は比較的普通だ。普通と言ったら可哀想かもしれないが、銀鏡と釈迦郡のキャラクターが強すぎる。あ、そう言えば銀鏡と釈迦郡の共通点は、ともに嶋廻愛琉に好意を抱いていることか。愛琉はどうやら変わり者に好かれるようだ。


「嶋廻先輩、僕のミットに投げてください」と思いをぶつける銀鏡。

「メグルちゃん! 内野の当たりは全部俺がアウトにしちゃるよ!」と釈迦郡。

 おいおい、いまは自己紹介であって、婚活パーティーではないんだぞ、と心の中で突っ込む。

「はい、釈迦郡くん。グラウンド2周追加っちゃね」と無機質に足していくマネージャーの河野美郷。

 当の愛琉は、どこか困ったような表情をしている。告白を受けたり自身の色恋沙汰には、上手に方法を知らないようである。

「ったく、この男よりもつええ女子のどこがいいんだよ!」

「こら、栗ちゃん、男、男、言うな!」

 でも、このように栗原など同級生に女らしくないとけなされると怒るあたり、そこは思春期の難しい乙女心の持ち主であり、監督であり副担任教師である繁村も対応に煩慮するところである。しかし、こうやって部員の多くと夫婦めおと漫才を披露してくれるあたり、仲は良い証拠かもしれない。


 こんな感じで、今年の入部式も無事に終了した。男子部員9名。全員選手で、しろきょうはキャッチャー経験者、右投右打の坂元孝標さかもとたかすえは内野手の経験者、やく師寺しじとおるは唯一の左投げで外野手の経験しかないがピッチャーもやってみたいと言う。経験者は3人なので、即戦力として期待できる選手は少ないが、伸び盛りの高校生なので、未経験者の6名にも期待したい。


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 そしてまもなく5月の宮崎県選手権大会が近付きつつある。


 愛琉は早くも一年生の間でも能力の高さを評価されている。と言えば聞こえは良いが、恐れられていた。練習モードになるとスイッチが入るのだ。気合いの足りない選手や動きの緩慢な選手には容赦なく活を入れる。

 バッティングピッチャーを買って出ることもあるが、これがまた一年生部員にとっては恐怖だった。畝原や最近では岩切がピッチャーを買って出るとき、そこそこ打ちやすいボールを意識して投げるが、愛琉は容赦がない。120 km/h近くのボールをきわどいコースに投げる。伝家の宝刀とも言える一級品のスローカーブを駆使してくる。完全に打ち取りにいっている。打てなかったバッターに対して、「ボールをよく見ろ! 全然違うとこ振っちょるぞ!」ってどやす。変化球を銀鏡がいつすれば、「身体で止めろ!」と注意する。もうお試し入部ではないので、もう容赦もないわけだが、他のどの男性部員よりも下級生に対する風当たりが強い、ような気がする。

 未経験者がバッターにとっては、愛琉が全力で緩急をつけて投げてきたら、なかなかヒット性の当たりは出ない。むしろ岩切や手加減して投げている畝原のほうが、気持ちよく打たせてもらえるので、自信がつくようだ。


 繁村も「バッティング練習なんだから、手加減してやってくれ」と言っているが、「女子のスピードで打てないくらいじゃ、上手にならないですよ」と聞く耳を持たない。いや、愛琉のボールは、表示こそ120 km/h前後だが、本当に打ちづらい。変化球との球速差、出所が極めて分かりにくい変則的なテイクバックの小さな投球フォーム、直球の回転数の多さ、区別のつきにくい投球フォームなど、球速以上に速く見えるあらゆるテクニックが凝縮されている。


 一方で、横山は、自身のバッティング練習で、愛琉の球を打つことになったが、外野への大きな当たりを打った。決して失投ではない低めの直球を綺麗にミートした。そのとき、「くっそー、横山に打たれた! いままで打たれたことなかったのに!」と悔しがる。横山は余程嬉しかったのかガッツポーズをする。

 しかし、これは偶然ではない。横山は自主練で1日何百本と素振りを続けてきたし、振りも鋭くなっている。そして、自分のチームメイトの球筋も研究している。そんな地道な努力が、少しずつ成果として花開きつつあるのだ。


 他方、横山に打たれた愛琉は、余程悔しがったのか、自身がバッティングに立ったとき、岩切のボールを何本もライト方向に鋭い打球を放っていた。打つとき「チキショー、チキショー」と叫びながら。

 岩切はやや自信を喪失し意気消沈し、それを見た新入部員たちは恐れをなしていたのは言うまでもなかった。


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 繁村は、宮崎県選手権大会に向けてどうしてもやっておきたかったことがあった。愛琉をせめて試合前ノックに参加させられないか、県の高野連に交渉することだ。

 実は、県の高野連は高校に設置されている。会長はその高校の校長が就任している。もちろん任期が決められているので、ずっと同じ会長が着任しているわけではないのだが、いまの会長は運が良いことに、清鵬館宮崎高校の近くにある県立高校だ。ひろ高校といって、宮崎市北部の旧佐土さどわらちょう域に存在する。

 もちろん突然押しかけるわけにはいかないので、アポイントを取った。繁村のような監督兼教諭が単身で乗り込んでも、取り合ってくれないと感じたので、顧問の甲斐教頭を巻き込むことにした。

 甲斐教頭は女子の身の安全に配慮する高野連の考え方に理解を示しつつも、愛琉を野球部に入れることを容認し、バックアップしてきた人間だ。最終的に繁村の願いに理解を示し、一緒に広瀬高校校長にお願いに行くことに付き合ってくれた。


「役員会にはかって意見は聞かせて頂きます。でも選手とは言え女子の身の安全は、連盟として守っていかないといけない。こんなこと言うと、やれ男女差別だ、やれ保守的だと言われるかもしれないが、原則、県の高野連は日本高野連の方針に従う考えです。日本高野連で認めていないものを宮崎県で認める根拠に乏しい。あと、女子選手なら認めてはいいのではという意見もあるかもしれないですが、そもそも選手とは男子であることを大前提としている高校野球の世界では、女子の選手を定義していない。お気持ちは分かりますが、役員の先生方が首を縦に振ってくれることはあまり期待しないで下さい」

 残念ながら、会長であり広瀬高校校長のとうは消極的だ。役員会に諮ると言いながらも、それは表向きで、実質『否』と回答されているようなものだろう。


 想定範囲内だ。そして会長の言い分にも一理ある。もっとも、会長に直談判じかだんぱんできたことが一歩だと思っている。日本高野連の規定が変わることは、限りなく0ゼロに近いと思っているので、あとは、実際に愛琉のプレイを見せて、情に訴えるしかないだろうか。

 では、何かいかにも打算的で嫌らしいが、広瀬高校と練習試合を組もうか。ここも県立ながら、ベスト8〜16にいつも食い込んでくる。物理的に近いわけだし、きっと練習試合に乗ってくれることだろうと勝手に思っている。


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 そして、いよいよ宮崎県選手権大会の当日がやってきた。

 怖い怖い愛琉先輩にビシバシ鍛えられた新入部員と言えど、さすがにすぐに試合にスタメンで出場させるつもりはなかったが、大差のついた試合では、積極的に使ってみたいと思う。

 エースの畝原も足腰が強くなって球速がアップした。守備も、恥ずかしい姿を見られまいと、新入部員の存在が刺激となって上達した。

 さらには、前回の藍陽高校との惜敗が、悔しさとして残り、気合いも入っていたのだろう。

 この夏は楽しみな試合が期待できそうだ、と繁村は感じた。

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