1-23 変則

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 九州地区高校野球県予選の初戦は日向灘ひゅうがなだ都農つの西にしじょう高校の連合チームだ。宮崎も少子化、過疎化が深刻な地域があり、部員が少なくてチームを組めないところは、連合チームとして出場する。このような満足な練習が出来ない状況には同情するが、勝負なのでこちらも負けるわけにはいかない。結果、10-0の6回コールド勝ちで勝利を収めた。うちも部員が多くはないが、それでも紅白戦が組めるだけの人数、完投できるピッチャーの存在、充分な広さのグラウンド、練習試合を組める近隣の同一学校法人の高校の存在など、かなり恵まれているのだなと改めて思った。


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 2回戦はあや高校との試合。ここはプロ野球でもメジャーでも珍しい左のアンダースローのエースの飛松とびまつを擁している。しかも一年生。アンダースローなので球速は100 km/hそこそこで速くないのだが、何と言っても浮き上がるようなボールの軌道は、繁村自身も経験したことがない。

 プロ野球を見るといまでこそ稀少な存在だが、かつては右のアンダースローが多くいた。しかし、右のアンダースローは左バッターに打たれやすいと言われ、左バッターが多くなった昨今、右のアンダースローは少なくなっていった。一方、左のアンダースローは、右バッターに打たれやすく、左の強打者のワンポイントなど、かなり活躍の場が限定的であるという。当然、高校野球のチームはプロ野球ほど投手を交代できるわけではないので、左のアンダースローはさらに珍しい存在になろう。それだけ、このピッチャーのアンダースロー投手としての才能が目覚ましいのだろう。

 さらに具合が悪いことに、我が校にはサウスポーが多い。左バッターにとって左のアンダースローないしサイドスローの投手は、背中の後ろからボールがやってくる感覚だ。しかも特異な軌道は練習で経験させることもできず、攻略に苦慮した。

 しかし、この飛松投手には明らかな変化球がなかった。いったん目が慣れてくると、だんだんバッターたちもヒット性の当たりが続くようになってきた。

 結果、苦労したものの5-3で勝利を収めることができた。このピッチャーはまだ一年生。今後の成長次第で、ぐっと我が校にとって脅威となり得る投手に成長するだろう。とはいえ、とても楽しみな選手なので、いち野球ファンとして、飛松選手を応援したいものである。


 しかし、そんな勝利と同時に3回戦の対戦相手の連絡が入ってきた。2回前の県大会準優勝校の強豪、藍陽高校である。

 この頃、我が校はくじ運があまり良くないなと思う。いずれは、強豪といわれる藍陽も北郷学園も、甲子園に出場するためには下さないといけないだろうが、せめて準決勝くらいから当たりたいなと言う気持ちはある。ここで負けるとベスト16である。せめてベスト8以上であれば、次の部員の勧誘にもプラスに働くし、選手たちのモチベーションにも繋がる。監督として顔が立つのももちろんある。

 ただ、そんな弱音も吐いていられないので、試合後のミーティングで繁村はアナウンスした。

「今日はお疲れ様だったな。勝って勢いに乗っていきたいところだが、3回戦の対戦相手が決定した。もう勘付いているかもしれないが、やはり藍陽高校がのし上がってきた。前の県選手権大会で負けている相手だ。強豪校なので、次は大変な戦いになると思うが、変に気負わずに、でも練習はしっかりやって欲しい。では一年生、青木から一言ずつ……」

 我が校の試合後のミーティングでは、部員が少ないので全員からコメントを発言させることにしている。慣例的に一年生の選手から五十音順に順番にコメントし、二年生選手、三年生選手、主将キャプテンを飛ばして、マネージャー、最後が主将という順番である。

「では愛琉!」

「はい、嶋廻です。今日はお疲れ様でした。今日は勝ちましたけど、個人的に侮れない相手だなと思いました。特にピッチャーの飛松くん。彼は変則投手です。幸い、ストレートしかないように思いましたが、一年生なので、これから変化球を習得する可能性もあります。筋力を付けて球速をつけてくる可能性もあります。何と言っても彼は一年生ながらエースなので、経験を積んできます。うちは左バッターが多く結構苦戦してましたし、だからと言ってあのような軌道のボールを練習する機会はまずありませんので、チャンスがあれば練習試合をしたいとアタシは思います。今年はまだまだかもしれませんが、来年あたりはあやは脅威の存在になるような気がしています。以上です」

 他の選手らが、次の藍陽高校戦への意気込みや目標を語る中、愛琉は違う視点のコメントを残した。なかなか鋭いし、一理あると思う。最近、『参謀』の横山のビデオ解析に、一緒になって参加していることもある。横山は野球技術は高くないが、科学的な視点からピッチャーとバッターの相性を分析し、繁村に助言する。それがスタメンや打順を考える参考にさせてもらっている。

 愛琉にもその癖がついたのか分からないが、もっともな意見だ。


 そして、この愛琉の予言は、来年、的中することになる。


 次の試合は次の土曜日だが、残念ながら愛琉はその試合に出ることができない。全国高等学校女子硬式野球選抜大会の春の大会が始まる。『連合チーム』として今回は人数が集まりそうだということで、晴れて出場できるのだ。愛琉が公式戦として活躍できる数少ない檜舞台。監督としては寂しいが、ここは威勢良く送り出してやらないといけない。


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 次の土曜日。藍陽高校戦──のはずだったが、宮崎は生憎あいにくの大雨である。

 一方で、愛琉が参加している『女子の甲子園大会』は、繁村も最近まで知らなかったのだが、夏とは異なり埼玉県の加須市かぞしで行われているらしく、幸い雨が降っていないため、予定通り試合が行われているようだ。

 平時教えている監督として見に行きたいのはやまやまだが、男子も大会をやっている期間中なので、本業をほっぽり出すわけにはいかない。仕方なく電話で試合結果の報告を貰う。

 残念ながら、今回も初戦敗退してしまったと。相手は強豪の兵庫県のこうぜんりょう学園がくえん高校でスコアは5-3だったそうだ。愛琉も先発で3イニング投げて失点0、被安打1だったのこと。しかし、やっぱりストライクゾーンが狭く感じられて、与四死球が1だったそうだ。

 ただ、『連合チーム』という特性上、すべての選手を試合に出してあげなければならない。ピッチャーも3名ほどいるので、調子が良くても完投はさせられず、リリーフした選手が打たれてしまい、守備の乱れもあって、結果的に負けてしまったそうだ。いつも練習しているチームメイトではないので、サインプレーや守備の連係が取りにくい。どうしてもそこはディスアドバンテージになってしまうらしい。

「残念だったな、愛琉。試合には負けてしまったけど、愛琉にとってはいい経験になったと思う。あとは戻ったらゆっくり聞かせてくれ」

 愛琉がかけてきた電話だったので、電話を長引かせては気の毒だから、そう言って電話を切ろうとしたところだった。

『監督、宮崎は雨ですよね? 中止でしたか?』

「ああ」と繁村が頷くと『明日の朝の便で戻りますから藍陽高校戦に行きます!』と言った。

 愛琉もれっきとした部員だから、試合に行くのは当然と言えば当然だが、せっかく年に数回の女子硬式野球の同志の集まりなんだからゆっくりすればいいのに、と繁村は思った。

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