1-22 視察

 ◇◆◇◆◇◆◇


 案外、スムーズに視察と崎村監督との面会のアポイントを取ることができた。崎村監督も、実は北郷学園高校の体育教師なのだそうで、幸いすぐに当人に代わってもらえた。

 恥ずかしながら繁村は知らなかったのだが、女子高校野球にはアウトオブシーズンがないのだそうだ。男子に比べて歴史が浅く、規定がそこまで整備されていないというのもあるが、ただでさえ女子高校野球部は、競技人口も部を持っている高校も少なく、その必要性が問題視されていないのではないか、という崎村の話であった。地元のシニアやボーイズリーグの少年野球チームと試合を組んだり、またあくまで『対外試合禁止』なので、同じ高校内での試合をしたりしている。実際には男子硬式野球部の二軍チームと試合を組んでいるのだそうだ。


「今日はありがとうございます。突然押しかけてしまってすみません……」

 繁村は平身低頭へいしんていとうして崎村に礼を言った。

「ああ、繁村先生、電話を取った事務の女の子が、『硬式野球部の監督と名乗る男性から、怪しげなオロオロした口調で、崎村先生に会いたい、って言ってますけどどうします』なんて、言うもんだから、もうどうしようかと思っちゃいましたよ」

 会って早々、いきなり崎村はこんなことを言うもんだから、繁村は思い切り面食らってしまった。しかし、崎村はニコニコしている。

 繁村は根っからの電話無精だ。ことに女性相手に会話することに慣れていない。職場のように何度も話をしている人なら良いが、そうでない人に電話をかけることは結構勇気を要する。高校は野球部、大学は理工学部で、言わば男社会で育ってきた。その結果か、33歳を迎えたいまでも未婚であるどころか、残念ながら交際相手も現在いない。

「いえ、すみません。愛琉のことがあったもので躊躇したんです。断られるかなと思ったものですから」

「断るだなんて、まぁ、先生せんせっ、ご冗談がお好きねっ! 私が断るわけないじゃないですか? 愛琉ちゃんは女子野球の将来を担うくらいの逸材だと思ってるし、同じチームにいなくても彼女に何かしてあげたいと思うのは指導者のさがでしょ?」

「やはり、めぐ、あ、いや嶋廻は、私も逸材だと思います」

「いつも、『めぐ』って呼んでるんでしょ? 私の前でも『愛琉』でいいよ。だから、先生から、女子野球の指導について教えて欲しい、って言ってくれたとき、とても嬉しかったの! 私は同じ道を進む者としてあの娘には期待しているし、何と言っても彼女のファンでもあるんだから。こんな私でも、学校の垣根を越えてお役に立てられれば、と思ってるのよ」

「そう、おっしゃって頂いて気が楽になりました」

「そんな、よそよそしい敬語は私には不要よ、先生!」

 そう言って、崎村は繁村の肩を軽く叩いた。

 初対面のときこそ、丁寧な口調だったが、2回目の対面では非常にフレンドリーな応対である。もともとこういう性格なのだろう。

 宮崎県出身という崎村は、明るくあね肌で監督としての風格もあるが、見た目は若く、南国的な小麦色の肌で、改めて見ると目鼻立ちはかなりはっきりしている。間違いなく美人の分類に入るだろう。体格も決して太っているわけではなく引き締まっている。よって見た目は全く不快にならないのだが、女性慣れしていない繁村は、あまりに友好的な態度にすっかり勢い負けしてしまったのだ。

 しかし、愛琉と言い、崎村と言い、初対面で知り合い、2回目からはお友達、と言わんばかりに社交的なところは、野球女子の特性なのだろうか。

「ところで、崎村監督は、現役時代、ポジションはどちらだったんですか?」

「私は主にピッチャーで、内野手も兼ねてたかな。当時はあまり部員がいなくて、複数のポジションを任されたものね。高校時代は結構私もいいところとまで行ってね、これでもアメリカのプロ野球リーグのとあるチームから、合宿に来てみないかってお誘いもあって、実際に行ったみたんだけど、肩の調子が悪くなっちゃって、結局断念したのよ。それで、プロ野球で活躍するという夢は、指導者となって後輩たちに託されたけど、愛琉ちゃんは私とポジションも一緒だし、どこか特別に感じちゃうのよね」

「そうなんですね」

「だから、本当に歓迎してるの。先生がこうやって来てくれたこと。愛琉ちゃんは本当に先生のことが好きみたいで、うちのチームに来てはもらえなかったけど、私はあの娘をいつでも応援してるんだから」

 愛琉が、繁村のことを好きと崎村にも言っていたこと、少し照れ臭く思った。いっそう彼女の指導について勉強しなければと感じる。


 それから、しばらく女子野球の指導について、特に男子との違いを重点的に教えてもらった。恥ずかしながら、女子野球の特性に詳しくなかった繁村にとって、その奥深さを強く感じさせられた。まさに目からうろこだった。

 実は崎村は、鹿しま体育たいいく大学出身だという。そこで専門的に体育を専門に学んできた。ゆえに、男子と女子の筋肉のつき方の違いなどを学び、女子に特化した野球の指導方法についても研究してきたともいう。

 また、実際に女子プロ野球界で活躍している友人もいるらしく、実際にそこを訪ねては、指導方法について教えを乞うているらしい。

 どうりで、彼女の教え方には妙な説得力があるな、と思った。漫然と男子同様に指導してきたことを改めて恥じるとともに、崎村に会いに来て本当に良かったと思った。


 また、対外試合禁止期間が終わったら、是非練習試合を組ませて欲しいと依頼もされた。どういうわけか、すっかり崎村は繁村に心を許してしまったのか、携帯電話の番号も交換することになった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 そして、アウトオブシーズンでの練習。

 ピッチャーである畝原、そして愛琉も走り込みを行い、畝原に至ってはかなり球速が上がったかのように見える。キャッチャーミットに吸い込まれるときの響きも、より力強さを増した。野手たちもフィジカルが鍛えられ、例えば、素振り一つ取っても飛距離がぐんと伸びそうに感じた。

 愛琉も、崎村のレクチャーを参考にして、一部、男子とはメニューを変えてみた。また、もともと持ち前の知識を駆使して、繁村は物理学的な理論のもと指導に指導を重ねた。それが奏功したのか、さらに動きが良くなったような気がしている。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 そしてついに、3月を迎える。

 2月に九州地区高校野球県予選の抽選会も終えており、また新たな戦いが幕開けされようとしていた。

「いいか、もう新しい一年が始まっている。早く試合勘を取り戻して欲しい。初戦から気を緩めずにやれ!」

 繁村は選手たちにいま一度活を入れた。

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