1-24 転向


 ◇◆◇◆◇◆◇


 翌日の日曜日、宮崎は天気が回復し試合が行われた。藍陽高校との試合は午後からだったので、少し遅れながらも愛琉は球場に来た。さすがはガッツある高校生。長旅の疲れを微塵も見せていない。

 藍陽高校のエースは、前回負けたときと変わっており、4月から二年生になる一年生投手である。名前はまえ。前回は控え投手だったが、それでも右のオーバースローから140 km/h前後の速球と見分けのつきにくい変化球をテンポよく投げ込んでくる。まだ一年生なのに、選手層の厚い藍陽でエースを勝ち取るところ、かなりの才能の持ち主である。

 ビデオでは、相手が強豪校ではなかったとはいえ三振の山を築いていた。打線も機能し、余裕のコールド勝ちでここまで来ている。

 前田の投球練習から好調を窺わせる。今日は、楽な試合進行はまず期待できない。


 愛琉は、選手として練習に参加することができず、今日も外野グラウンドでボール渡しに専念している。本人から愚痴はないが、そろそろ、せめて県大会くらいでは彼女を練習に参加させられないか、県の高野連に再度交渉しようと思っている。


「嶋廻せんぱーい! 頑張ってくださーい!」


 突如、観客席からエールが来る。

 繁村が内野ノックを中止し、思わずそちらを見ると、1人の少年がそこにいた。『先輩』と呼ぶあたり、中学時代の後輩だろうか。しかし、繁村はこの少年を見たことがない。

「児玉、知ってる?」

「いや、知らないです……」

 隣にいたキャッチャーの児玉も知らないと言う。愛琉は女子なので目立つが、公式戦では試合に出られない以上、活躍することはできない。

 試合に出られない選手を応援するなんて冷やかしにも聞こえるが、少年は至って真面目そうな子である。しかも『後輩』から『先輩』に向かって、そんな冷やかしの言葉が浴びせられるとは考えにくい。

 当の愛琉は、練習に集中しており、これと言ったリアクションを見せていない。

 練習が終わり、試合が始まろうとしている。

「プレイボール!」

 後攻の我が校は、それぞれ各々の定位置ポジションに散らばっていった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 藍陽高校はやはり強かった。

 相手ピッチャーの前田は、一年生ながら強気のピッチングで、内角を積極的に攻めてくる。変化球ではなく直球に誇りを持っているようで、時折キャッチャーのサインに首を振ってまでストレートを投げてくる。しかし、それが簡単に打てるような球では全然なく、射し込まれてせいぜいファールにしかできない。

 このようにカウントを取りに来るのも、決め球に遣うのも直球。それだけストレートのスピードもコントロールも球の伸びもぬきたものがある。

 しかし、そんな中、奇跡的にもわずかな打線が繋がった瞬間があった。三回までパーフェクトに抑えられていたが、四回裏、先頭打者凡退のあと、二番打者の栗原が自慢の俊足で内野安打をもぎ取ると、続く三番打者の二年生の由良ゆらが送りバントを初球で決めた。このとき2アウト2塁。四番打者の主将、中村が詰まりながらも右中間に放つと、2アウトでスタートしていた栗原はそのまま3塁を回ってホームインした。これが先取点だった。

 守備においては、この日の畝原はいつもに増して快調だった。

 畝原はこれまでストレートとシュートを中心に投球を組み立てていたが、かねてから愛琉にスローカーブを教わっており、それがこのアウトオブシーズンでようやく形になってきて、初戦と二回戦で少しずつ試すようになってきた。それが、この試合では随所で投じるようになって、それが面白いように決まる。並みいる強打者を翻弄し、ストレートのタイミングをうまく外していた。さすがにクリーンアップ(三番〜五番打者)は簡単にアウトを取らせてくれない。ファールで粘られてフォアボールを与えたりして出塁を許した。しかし、この日は野手陣も冴えていた。レフト門川かどかわのダイビングキャッチ、サード串間→セカンド若林→ファースト由良と繋ぐダブルプレーでピンチを救う。

 なんと七回まで1-0を清鵬館宮崎がリードを保った。以前の試合では7回コールド負けを喫したとは思えないほどの試合展開だった。

 しかし、畝原にも疲れが見えてきた。我が校のチームには試合で通用する控え投手がいないのが弱みだ。愛琉を登板させるわけにはいかない。アウトオブシーズンには試験的に何人かの選手にマウンドに立たせてみてはいるが、やはり実戦で通用できるほどの選手はいまのところいない。球速だけでいえば栗原はかなり速いが、コントロールに精細さを欠いていた。他にも何人か試して、目を付けている選手はいるが、まだまだ発展途上である。

 八回の守備では、フォアボールで1人出塁させたあと、五番打者のみずに甘く入った初球を見事レフトスタンドに運ばれてしまった。そしてそれがそのまま決勝点となってしまった。

 2-1で清鵬館宮崎は藍陽に惜敗した。


 真面目な畝原は打たれたことに責任を感じて、ミーティングでは涙声で謝っていたが、本当に謝らなきゃいけないのは繁村だった。もうすぐ4月に入り新入部員が入ってくるが、投手経験者が入ってくるとも限らない。だから、何と言っても2番手の投手の育成が急務だった。


「今日は、惜しい試合だった。みんな、よく頑張ったと思う。畝原がいちばん悔しく辛い思いを感じているかもしれないが、これは、畝原に負担を集中させてしまった俺の責任だ。申し訳ない。だから、畝原に頼りっきりにならないように、2番手、3番手として活躍できるピッチャーを育成したい。残念ながら俺は、キャッチャー出身なので、気の利いた指導ができないかもしれない。それでもついてきてくれるならピッチャーとしての期待に応えて欲しい選手がいる」

 本当はもうちょっとじっくり見て考えようと思ったが、もう待ったなしだ。繁村は意を決して指名した。


「岩切、ピッチャーとして頑張ってくれるか?」


 一瞬、皆静かになったが、直後本人から「え、俺ですか!?」と驚きの声。

「え? トイが!?」そう言ったのは愛琉だった。

「コラ、『フトイ』言うな」

 愛琉はちょっと重ための雰囲気を一気に笑いに持って行く。

「でも、監督、何で岩切を?」二年生からは疑問の声が聞かれる。


 実はこのアウトオブシーズンに、選手全員を一度はピッチングマウンドに立たせた。畝原が右投なので、できれば左投手が良いと思っていたところ、球速だけで見れば、即決で栗原なのだが、彼は球が荒れていた。外野からの返球は、ピッチャーほど精緻なコントロールは求められない。球が上ずっても、内野手の中継を介さずにダイレクトでバックホームされるだけで、大きな問題にならなかった。

 そして何より、栗原は外野として才能が存分に発揮できるような気がした。以前から栗原は外野が好きだと言っていたし、短気で我慢が苦手な栗原は、性格的にも投手向きではないと思った。


 他の選手たちも、皆そこそこのスピードボールを投げるが、バッターを立たせると途端にストライクが入らなくなる。そんな選手が多かったが、岩切だけは、球速こそ速くないものの、安定したボールを投げていた。彼は、レフトの守備を担っていて、体型が災いしてか足は遅く守備範囲は広くない。どうしても、俊足、強肩の栗原や二年生の緒方に比べて守備が上手くない印象がつきがちだが、返球のコントロールはピカイチに良かった。

 素直なボールで暴投がない。そして、普段は愛琉とボケとツッコミをやり合っているが、元来は真面目で集中力のある選手だと評している。冷静さは投手にとって大事な気質だと思う。塁上をランナーが賑わせても、彼なら動じずにポーカーフェイスで投げてくれるのではないかという期待があった。

 もう一つ、彼はボールがチェンジアップ様なのである。ストレートに見えて初速と終速の差が大きい、かつ沈むようなボールを投げるので、結果的に振り急いでしまう。もし、ちゃんとしたストレートを覚えることができれば、タイミングをずらす投球術が可能だ。

 太った投手は高校野球界では珍しいかもしれないが、素質があればどんどん試したい。しかも彼はサウスポーだし、実は彼が真に飛躍できる守備位置ポジションは投手かもしれなかった。


「監督、分かりました。頑張ってみます」

 最初こそ戸惑っていた岩切だが、最終的に投手への挑戦を承諾してくれた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 そして、各部員が各々の課題を見つけ、解決に向けて模索する中、全国よりも少し早く桜が開花し、散り始める頃、つまり4月に入り新しい学年を迎えた。

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