1-17 杞憂

 ◇◆◇◆◇◆◇


 そして、まもなく北郷学園の練習試合の日はやってきた。幸い爽やかな秋晴れに恵まれた。


 蝦野高校戦で負けて、いわゆるのような状況になっていた部員たちを再度奮い立たせるためには、この北郷学園との練習試合はプラスに働いた。相手は強豪だが、甲子園を目指しているチームにとって、おそらく北郷学園に勝つことは必要条件になってくる。

 もちろん相手校に研究されるリスクは出てくるが、こっちが研究するチャンスにもなる。そして何より、たとえ負けたとしても手応えを各自掴んでもらえれば、それだけで有意義な試合になる。

 この日のために皆、練習に精を出してきた。特に愛琉は、紅白戦以外で投げられる久しぶりの試合ということで気合いが入っていた。

「監督! 今日、アタシいいとこ見せますから! ピッチャーでもファーストでもキャッチャーでも、どんなところで使って下さい」

 満面の笑顔で愛琉は言う。おいおい、キャッチャーは一度も練習していないだろう、と心の中で突っ込む。ともあれ、野球を楽しそうにやる姿はとても素晴らしい。あくまで高校野球は高等教育の一環である。楽しく取り組むことが何よりも教育上大切で、それが上達のいちばんの近道であるという持論を繁村は持っている。


 しばらくすると、バスに乗ってぞろぞろとやって来た。何と言っても男子だけでなく女子だけでないので大所帯だ。おそらく、北郷学園ともなれば立派な練習場を持っているだろうが、男子硬式野球部にとっては格下の高校相手に、わざわざ遠征でやって来るのも珍しかろう。相手の選手たちはどう思うだろうか。やはり練習相手として我々を不足に感じているだろうか。


「あの子が噂の、清鵬館の女子選手け? てげ、可愛いな!」

「あ、俺もタイプ。LINE交換してもらいたいな」

「残念ながら、北郷学園うちの女子、特にキャプテンはドカベンみたいかいな。あんなアイドルみたいな子おらんけ、交換して欲しいちゃ」

「しかもサウスポーみたいっちゃが。てげ上手いって話しだし、水原みずはらゆうみたいちゃな」

 どうやら、愛琉の見目麗しさに心を奪われていて繁村の心配はひとまず杞憂のようだ。ただ美人に見えるのは、である。口には出さないが。

 それにしても、北郷の女子部員が可哀想なほどのひどい言われ様だが、例えがドカベンやら水原勇気やら、この世代にしては古い。皆、野球漫画に詳しいのだろう。水原勇気は『野球狂の詩』という漫画に登場する女子プロ野球選手であり、アンダースローという違いはあれど、左投の投手という共通点は存在する。

「おいこら、失礼な! お前ら、今度言ったら、私の『リアル千本ノック』おみまいすっぞ!」

「ひぇー、それは勘弁して下さい!」

 どうやら、ドカベンに例えられた女子はキャプテンで、男子部員をひれ伏すほどの力を持っているらしい。


「あ、私が男子硬式野球部監督のまつ和喜かずよしです」

「私が女子硬式野球部監督の崎村さきむらなえです!」

「清鵬館宮崎高校硬式野球部顧問で教頭の甲斐かい紳一郎しんいちろうです。本日はどうもご足労をおかけしました。よろしくお願いいたします」

「同じく硬式野球部監督の繁村しげむらたつと言います。本当に遠いところお越し頂きありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそお願いした立場ですから、伺って当然です。どうぞよろしくお願い致します」


 松田監督は50歳代くらいのいかにも実績のありそうな風体ふうていで、崎村監督は若く見えるが風格がある。女子硬式野球部の監督を女子が務めている例は意外と少ないと聞いたことあるが、崎村はその一人なのだろう。


 そして、互いの主将同士も握手で挨拶を交わす。北郷学園の男子野球部主将は谷口たにぐち、女子の主将はさかというらしいが、ともに体格が良い。うちの主将の中村は谷口や酒井と並ぶと一回り小さく見える。


 1回戦が男子硬式野球部と、2回戦は女子硬式野球部と戦うことになる。男子との試合は9イニング制、女子との試合は7イニング制を採用しコールドはありとする。ただし、女子との試合では嶋廻愛琉を投手として全イニングとは言わないまでも投げてもらいたいとのことだ。

 それは事前に練習試合の条件として聞いている内容であり、それを踏まえたオーダーを既に考えている。


 北郷学園がウォーミングアップを終えたあと、各自内野に整列して、審判に一礼。そして、先攻の我が校が一旦一塁側ベンチに、後攻の北郷学園がスタメンの9人が守備位置についた。

 やはり北郷学園は動きが機敏に見えてしまう。ボール回しひとつとってもムダや隙がない。もともとの才能もあるだろうが、相当な練習を積んできているのだろう。

「プレイボール!」

 こちらは、選手が愛琉を入れて18人の少数精鋭部隊。二年生が7人と一年生が11人だ。練習試合と言えど真剣勝負。真剣勝負と言えど練習試合だから、控えの選手も投入していきたい。


 相手のピッチャーは二年生で新エースのその。サウスポーで130〜140 km/hの直球とスライダーで勝負してくる。既に、8月の新人大会や9月の九州地区高校野球県予選でビデオを入手していて、横山によって研究されていた。

 決め球に得意のスライダーを投じてくる。それまではストレートで簡単に追い込んでくるから、カウントの早い球を狙っていきたい。そう繁村と横山とで分析した。


 しかし、配球を変えてきたのか、早いカウントでもスライダーを投じてくる。右バッターにとってはインコースに向かって来るように変化するスライダーは、当たっても詰まってしまう。バッターたちは早いカウントでの勝負に行くも逆に打たされて、相手ピッチャーの力を温存させてしまうだけでなく守備のリズムも作られてしまう。5回まで2安打無失点とバットが湿る。一方で、北郷学園の攻撃はそつがなかった。我が校のエースの畝原うねはらも良いボールを投げていたが、ボールを見極め、くさい球はファウルでカットし、失投は逃さず安打に繋げる。自然と投球数は多くなり、コントロールも変化球の持ち球のシュートのキレも悪くなる。四番打者には本塁打ホームランを打たれ、気付くと5回で6失点と決して褒められる内容ではなかった。6回からは少しずつ控え選手を投入し、サードのひじ、ショートの泉川、センターに金丸、レフトに岩切いわきりを起用した。唯一、6回の攻撃で、ようやく栗原がヒットで出塁し、泥谷が送り、泉川がタイムリーヒットを打ち、一年生の打線で1点を返すことが出来た。しかし、6回の裏の北郷学園の攻撃で2点を追加され8-1。うちには投手は畝原と愛琉しかいない。投球数も多くなってきているので、愛琉に交代する。練習試合とはいえ敗戦処理で申し訳ないと思いつつも、愛琉は「よっしゃー、行くぞ!」と気合いを入れて、マウンドに向かっていった。

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