1-16 申出
◇◆◇◆◇◆◇
翌日、繁村は重い足取りで学校に出勤した。
栗原がかけがえのない部員を排除するような発言は、やはり監督として見過ごすわけにはいかなかったが、それでも、練習に来なくて良い、というのは言い過ぎだったか。そのうえで、愛琉がおそらく自分の存在が部にとってマイナスであることを察して申し出てきたのだろう。それが伝わってきただけに繁村はひどく憂いていた。
部員を1人でも欠くことを恐れ、部員を排除するような発言を
思わず溜息をつきながら、職員室のデスクに着席すると、甲斐教頭がやって来た。
「繁村先生!」
「な、何でしょう!?」
教頭としては珍しく、やや慌てたようなで様子で話しかけてきた。ひょっとして、栗原と愛琉のどちらかあるいは両者が、早くも退部届でも出してきたか、と一瞬にして冷や汗をかく。しかし、その予想は裏切られた。
「北郷学園高校の野球部から練習試合の申し出があったんですよ!」
繁村は、何だ、練習試合か、と顔を
「き、北郷ですか!?」
「そうです」
なぜに、北郷学園のような野球の名門校が、我々のような県内中堅クラスのチームに声をかけてきたのか。正直、彼らにとってはもっと適した練習相手がいよう。県内で、近くなら
北郷学園のレギュラー陣ともなれば、残念ながら現在のうちのレギュラーでは練習相手として不足があるかもしれない。ひょっとして二軍相手だろうか。それなら得心がいく。
「に、二軍相手ですよね?」
「そこまでは聞いていませんが、念のため繁村先生の判断を聞いてからだと思っているので返事は保留しています。何なら、先生から直接北郷学園に連絡されますか?」
そっちの方が早いかもしれない、と思った。電話は得意でないが、上司の教頭に手間をかけさせるのも気が引けるというのもある。
「はい。私から連絡します」
「お願いします。北郷学園がなぜ試合を申し込んできたのか分かりませんが、断る手はないと思います。こないだの蝦野高校との試合では良くない負け方をして、選手たちは自信を失っています。このあとは一年生大会はありますが、大きな公式戦はありません。このまま対外試合禁止期間に入る前に、負けたとしても何かしら試合で収穫を見つけてもらって自信を取り戻して欲しいんです」
対外試合禁止期間というのは、高野連が規定している期間で、毎年12月1日〜翌年3月7日である。『アウトオブシーズン』とも呼ばれている。この期間は公式戦はもちろんのこと、練習試合も一切不可である。豪雪地帯の高校は冬場に試合などできたものではないため、雪の降らない地域の高校と格差が生じてしまい、不公平であるという理由で定められている。
「そ、そうですね。どの道、甲子園に行くには北郷学園と戦うことになるんでしょうし、なかなか練習試合で当たる機会なんてないでしょう。仮に二軍相手でも夏には一軍になっているかもしれない選手もいるでしょうし、受けることにします」
「私からもお願いします」
甲斐教頭からの依頼に対し繁村は軽く一礼して、さっそく折り返すために渡された電話番号に架電する。
そして、電話をかけて繁村は驚いた。どうやら北郷学園は、2試合組みたいと行っていて、しかも当校まで来てくれると言うのだ。1試合目は何と一軍とだ。それも驚きだが、もっと驚いたのが2試合目である。
2試合目は女子硬式野球部とお手合わせ願いたいと言うのだ。理由は、女子硬式野球部の試合相手に困っているからだと言う。女子硬式野球部のある高校は極めて少なく県内でここが唯一だ。熊本県と鹿児島県には一校ずつ。大分県にはない。遠征費用も高くつくし、相手も固定化されてしまうらしい。それは分かるが、何で相手がうちなんだろう。そう思ったとき、電話越しの野球部の窓口担当は言った。
『御校に、女子の選手いらっしゃいますよね? 是非、その女子選手を2試合目に出して頂きたいんです』
納得した。北郷学園ともなると県内の各高校を偵察しているだろうが、いつの間にか愛琉の存在を知られていたのだろう。愛琉に気を遣っているのか、女子硬式野球部に男子の130 km/hでは練習にならないからなのか、その両方なのか分からないが、いずれにせよ北郷学園の女子部員の練習試合相手に最適と判断されたのだろう。しかし、いくら何でも女子相手ではさすがにこちらに失礼と感じたから、一軍の練習試合もセットで付けてきたのだろう。言わば一軍はおまけである。
ある意味、愛琉が手繰り寄せた練習試合であるが、貴重な機会になるのは間違いない。
「承知しました。試合をお引き受けします」
繁村は電話の相手の申し出を承諾した。
その日の練習に栗原は来た。もし来なかったら、一度呼び出して話をする必要があると思ったが、やはり野球をやりたいと言ってきたのだ。少し頭を冷やしたらしい。同時に、繁村も少し言い過ぎたと素直に謝った。繁村も監督、教諭という立場ながら、人間である以上は過ちを犯すこともあるが、そのときにはちゃんと非を認めることが出来るようにしたいと思っている。
そして、少し元気はないものの愛琉も来てくれた。
最悪、部員が辞める事態には至らなかったが、ともにフォローが必要であると感じている。
◇◆◇◆◇◆◇
北郷学園のあの申出以降、トントン拍子で話が進み、 10月の最初の土曜日に試合がセットされた。北郷学園は、10月半ばからスタートする九州地区高校野球大会の出場権を逃してしまったようだ。加えて、女子硬式野球部も、公式戦は春の選抜大会と夏の大会、あと秋のユース大会のみだ。練習相手でもボーイズリーグとは対戦しているものの、高校生との対戦に飢えているらしく、早めの試合のセットを要求された。
蝦野高校に負けた試合から約2週間。インターバルは短いが、PDCAサイクルの『A(アセスメント)』を実行する上でもちょうどいい機会だろうか。
繁村は今日の部活の全体練習後のミーティングでアナウンスをする。
「今日はみんなにお知らせがあってな。10月の第一土曜日に北郷学園と練習試合をやります」
「え? マジで?」
「なして、北郷が俺らと……」
案の定ざわついている。
予定されている試合の詳細についてもアナウンスする。そのうちの1試合は女子硬式野球部だと。必然的に愛琉の方に部員たちの視線が向く。
「マジで!? 北郷の一軍もすごいけど、女子とも?」
「ちょっとテンション上がるな」
「テンションって、下心やな」
「そうそう、愛琉みたいな男勝りの女子ばかりっちゃ」
最後の発言をした
「ちょっと、黒ユメ! 何言っとっちょ!? アタシのどこが男勝りけ!? こんなアタシみたいないい女、宮崎にもなかなかおらんとよ」
「確かに、黙ってればメグメグはベッピンちゃけどね……。黙ってれば、ね」
そう言ったのは、同じく女子であるマネージャーの美郷だ。
「ひどーい! 美郷まで!」
不覚にも、繁村は美郷に心の中で同意してしまった。黙っていれば美人なのだが、普段の
「まぁ、とにもかくにも、愛琉には2試合目で投げてもらうから、しっかり練習するように!」
「ありがとうございます! 監督!」
愛琉は不自然なほどビシッと姿勢を伸ばして、元気に返事をした。
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