1-15 猛省

 未経験者で入部した一年生の中で栗原を唯一レギュラーに組み入れた、新生・清鵬館宮崎ナインは、一回戦、二回戦を順調に勝ち進んだ。

 栗原はライトで2番、同じく一年生の若林はセカンドで5番、畝原はピッチャーで8番で起用した。2番は普通、送りバントやヒットエンドランなど小技が上手い選手が向いていると言われるが、栗原は長打力がありセンターからライト方向にフェンスに届かんかという打球を打つ力がある。選球眼も際どいコースをファールにする技術にも長けていて、本来はクリーンアップを任せられるレベルでもある。しかし、最近セイバーメトリクスによる高度な解析によって、『二番最強打者論』が提唱されている。繁村は理系科目の教諭でもあるので、このような統計学的な解析に基づいた理論を採用してみたいと思う人間である。加えて、栗原は俊足なので、本来の2番打者に向いた特徴も兼ね備えており、試験的に起用してみた。結果、その采配はうまくマッチし、一回戦、二回戦をコールドで勝利することができた。


 そして三回戦。えび高校との試合。

 楽勝でとまでは言わないが、勝てると思っていた試合だった。ここはそんなに部員の多くない高校だし、大体いつも勝ち進んでも二回戦くらいの高校である。

 初回に4点を獲った清鵬館宮崎ナインに、気持ちの隙が生まれた。何でもないゴロをファンブルしたり、ファーストへの暴投が目立った。外野もあらぬ方向に送球して中継が乱れたり、内野と外野の声かけが上手くいかずポップフライがテキサスヒットになったりした。

 4点リードが徐々に縮まり、6回にとうとう同点に追いつかれると、次の7回では2点タイムリーヒットを許してしまう。

 清鵬館宮崎が8回に粘りを見せ1点を返すものの、9回には蝦野の4番バッターにダメ押しのツーランホームランを打たれ、8-5で敗れてしまった。

 春の甲子園大会出場の夢は絶望的な結果となった。


 強豪ならいざ知らず、勝てると思っていた対戦校に土をつけられた。しかも実力の差と言うよりも自分たちのミスにより何点も献上したのだ。これは、出られなかった控え選手やマネージャーに対しても申し訳の立たない不甲斐ない結果だ。

 ミーティングに重苦しい雰囲気が流れた。各自コメントを述べさせているが、いつも明るい愛琉もマネージャーの美郷も、今日は「おつかれさまでした、以上です」と淡白なコメントを残すに留めた。これは却って、逆に試合に出た者にとっても繁村自身にとっても、胸にぐさりと突き刺さった。

 やはり油断というものは、いかに調子の良いチームでも簡単に崩壊させることを痛感した。繁村としても看過するわけにはいかない。

「今日の結果は、君たちにとって猛省が必要な結果だ。試合に出た者もそうでない者もは各自課題を整理し、明日の練習開始時にそれに向けた解決のための計画を考えて提出すること。全体練習や自主練では各自考えた計画を実践し、2週間ごとにチェックし評価する。いわゆるPDCAだ。いいか。一度緩んだゴムは、なかなか簡単には戻らない。各自気を引き締めて明日から取りかかれ!」

「オッス!」


 ◇◆◇◆◇◆◇


 翌日、各自、ミーティングで指示したとおりにPDCAの『P(Plan)』を書いたシートを提出する。その中で、見逃すことの出来ないことを書いた者がいた。栗原である。

 彼が提出したシートにはこう書かれていた。


『試合に出られない愛琉をマネージャー転向させ、少しでも出場資格のある部員への練習の充実を図ること』


 繁村は怒髪天をく思いだったが、一旦は堪えて、普段どおり練習を開始した。心なしか今日のノックは強い打球が多くなった。部員たちは昨日の不甲斐ない敗北が原因と思っているかもしれないが、それだけではない。愛琉の練習参加が、部員に、しかも愛琉と同級生の者にさえ、良く思われていないことに対する憤りと悔しさだった。


 ライトについた栗原に勢いのあるノックを打ち込むが、彼は上手いこと打球をさばいている。エラーはしないが、声を大きく出さない。それがまた小憎たらしかった。

 愛琉は、黙々とファーストの守備でシートノックをこなしている。彼女も相変わらず上手いが、エラーした者へのヤジがいつもより厳しいものになっている。


 全体練習を終え、さっそく栗原を呼び止めた。

「栗原、お前のこのシートは何だ?」

「何って、書いたとおりです」栗原は、どこかやる気なさそうに答える。

「お前は愛琉がいたから負けたと言いたいのか?」

「そこまでは言いませんけど、実際、嶋廻のためにノックや中継練習が割かれているじゃないですか? 試合が出れないなら、その分ムダです」

 まったく栗原は怯む様子がなく抗弁する。

「このチームが、どれだけ愛琉の存在で上手く回ってきたか分からんのか?」

「上手く回る? 空回りの間違いじゃないっすか? だって、アイツ、試合前でも緊張感ないし、普段はいつもヘラヘラしてるじゃないっすか。こっちは臨戦態勢だって言うのに、気楽なもんっすよ!」

「愛琉は対・左投手用にバッティングピッチャーだって務めてきた。畝原に変化球の指導だってしてる。何よりも愛琉のおかげでチームは明るく、みんなの練習意欲を沸き立てた。愛琉が選手としてチームを盛り上げてんだぞ!」

「そこまで言うなら、嶋廻はバッティングピッチャーと球拾いだけさせてれば、良いんですよ。確かにいい球投げてるし、俺たちの練習の肥やしにはなります」

 繁村は我慢の限界を感じた。思わず語気を強めた。

「そんなこと言うヤツは、もう練習に来んでええ!」

「……」栗原はちらりとこちらを睨んだ。他の部員が一斉にこちらを振り向く。

「調和が乱れる。野球はチームプレイなんだ。そんな高慢な気持ちで野球やるヤツはこの部活には要らない!」

「分かりました」

 そう言って、栗原は自主練をすることなく引き上げていった。


 ちょっと言い過ぎたような気もしたが、やはり愛琉の野球への姿勢を侮辱する輩は許せなかった。しかし、このまま栗原がいなくなるとチームにとって大きな損失になる。繁村は葛藤した。すると、胸のうちを察したかように愛琉が近付いてきた。

「監督」

「どうした?」

 普通、監督が苛々いらいらしているときには、誰も積極的に近付いては来ないものと思われるが、愛琉はその繁村の常識に囚われない行動をする。

「ひょっとしてアタシのことですか? 栗ちゃんがうとましく思ってるの」

 その通りだが、その通りとは口が裂けても言えなかった。

「愛琉、お前は何も悪くない」

「監督──」

「いつも通り、精一杯練習しろ」

「でも──」

「監督命令だ」

 愛琉の発言を二回遮るように繁村は言った。愛琉の発言の続きが聞きたくなかった。聞いてしまったら、もっと大事なものを失うような、そんな気がしたのだ。

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