1-14 宣告

 ◇◆◇◆◇◆◇


 9月の大会ではシード権を勝ち取るが、まだ期間がある。皆、練習に余念がない。

 一年生の目覚ましい上達ぶりは嬉しい限りだが、オーダーを考えるのに苦慮していた。


 順調に行けば、三年生が抜けてライトのレギュラーになる予定の、二年生の新富しんとみ佳寿かずが脅かされている。それもそのはず、栗原洸希の成長が凄いのだ。もはや経験者を凌ぐほどの勢いである。

 新富は、中学まで野球未経験だ。右投右打。特別才能があるわけでも、逆にないわけでもなかったが、こつこつと毎日休むことなく練習を重ねてきた。最初は平凡なフライを落としたりしていたが、最近はだいぶん安心して守備を任せられるようになってきた。細身で筋力にやや乏しい新富にとって、バッティングは課題だったが、自ら他校の主力の強打者を観察し、場合によってはコンタクトを図っていたことが分かった。本人は、どこか後ろめたい気がしていて隠していた。賛否両論あるかもしれないが、個人的には学校を跨いで野球部員同士の交流を図り、より自分にあった技術を盗むことは感心している。おかげさまで、バットを高く構えて、重力と身体の回転でバットを振るスピードを補うスタイルを確立し、長打も出るようになった。もともと足は遅くないので、塁に出れば厄介な相手である。下位打線かもしれないが、任せてみたい選手にまで成長していた。


 しかし、栗原は新富の三分の一以下の期間で、新富を超えてしまった。実際に、宮崎県高等学校新人野球で、栗原はライトポール際にホームランを放った。他にも、ライト正面のヒット性の当たりをライトゴロにしてしまうなど、守備でも異彩を放っていた。

 外野はポジションが3つしかない分、レギュラー争いが激しい。レフトとセンターはそれぞれ門川かどかわがたが定着している。2人とも小学校から野球をやっていて、二年生のときからレギュラー化している。彼らを動かすのは難しい。


「新富、いいか?」

 繁村は、練習後、新富を呼んだ。

「何でしょう?」と、言いながら、新富自身何かを悟ったように、少し暗い面持ちになった。

「悪いが、ライトのポジションとして新富にレギュラーを渡すのが難しくなってきた」

 高校野球は実力の世界だが、やはりこの宣告は監督自身辛いものがあった。特に3年間しかない中で、最後の1年間にレギュラーの夢を叶えられなかった落胆は相当なものだろう。うちは部員も多いわけではないし、特に真面目な新富にとっては。

「……はい」

 やはり元気のない返事が返ってくる。

「すまん」

「栗原ですよね……?」

「ああ」

 栗原は才能溢れる人物だが、態度にやや難があった。練習に理由なく遅刻したり、グラウンド整備をサボっていたり、先輩や他の部員に対しての敬意もやや欠けているきらいがあった。だから余計に新富に申し訳なかった。

「分かりました。悔しいけど、うすうす栗原はレギュラーになると思ってました。でも、外野の補欠かもしれないけど、僕は頑張ります」

 気丈に新富はそう答えた。でも顔はうつむいている。泣いているかもしれなかった。選手にとって辛い宣告。それは監督にも辛いことである。しかしそれが競争である。


 翌日、新富の様子が気になったが、遅刻することなく来た。本当に真面目なのだ。この日の全体練習のあとも自主練で残っている。自主練では毎日素振りを最低100本必ずするのが彼の中のルーティンだ。

「新富先輩!」

 急に明るい声が聞こえた。愛琉の声だ。

「何け?」

「アタシの練習に付き合ってくれませんか?」

「え?」

 ピッチャーの愛琉とライトの新富が、2人だけで練習することはあまりない、というか見たことがなかった。

「今日、児玉先輩もはるも帰っちゃったんですよ。アタシのボールを受けて欲しいんです」

 たまたま今日は、自主練に残る部員が少ない。

「な、無理っちゃよ。そもそもキャッチャーなんてしたことないし」

「ダメですか?」

「ダメってことはないっちゃけど、俺じゃ練習にならんと?」

「そんなことないですよ。アタシにはミットを持って構えてくれる人は、どんな人でも感謝なんです。キャッチャーミットを付けてる人に悪い人はいません!」

 愛琉のおかしな哲学が披露された。新富は戸惑ってる様子だ。秋の大会、レギュラーを外されることが分かって、自信を失っているからかもしれない。

「お、俺、キャッチャーミット持っちょらんかい」

「ミ、ミットじゃなくてもいいですよ」

 愛琉は慌てた。とにかく座って構えてくれるなら、良いみたいだ。


 それから20分ほど愛琉は新富を練習に付き合わせた。意外と細身の割に新富の構えはどっしりしていて、次第に新富自身楽しそうになってきていた。

 実は控えのキャッチャーの不在が、繁村の課題の一つだった。児玉しかいない。一年生は左ばかりで、捕手に不向きだ。左が向かない理由はいろいろあって、二塁牽制のときに右打者が邪魔になること、三塁牽制のときは身体を左に一旦ひねる必要がありワンテンポ遅れること、ホームでのクロスプレーでランナーはキャッチャーから見て左から来るため、右手にミットがあるとタッチプレーのときに遅れることなどがある。少なくともプロ野球の世界で左利きのキャッチャーは見たことはない。甲子園では、かつて沖縄の代表校が、異色の左投のキャッチャーとサードを擁していて話題となったことがあるが、他には例はないだろう。

 話は逸れたが、新富が、レギュラーではないにしろ新たなポジションに活路を見出してもらえると嬉しい。キャッチャーを交代したい場面だってこれから出てくる。

 もちろん、試合に出られるレベルになるためには、当然練習を重ねないといけないが、それでも本人が楽しそうにやっている。改めて愛琉に感謝した。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇


 そして、9月の九州地区高校野球県予選が始まる。この県予選の優勝、準優勝校は、10月の九州地区高校野球大会に出場権を獲得でき、さらに10月の大会で4強に入れば、翌年の選抜高等学校野球大会の出場校としてほぼ確実に選出される。

 組み合わせ抽選会で我が校はBパートに入った。運が悪いことに、同じBパートに夏の宮崎県の覇者、北郷学園高校も入っている。

 宮崎県予選ではA~Dの4つのパートに分かれトーナメントが行われ、各パートの覇者がベスト4となる。よって、九州大会に出るためには、北郷学園高校に勝たないといけない。

 もちろん、強いのは北郷学園だけではない。5月の大会で負けた藍陽らんよう高校だって強い。県北の延岡のべおかみなみ高校や私立の聖文せいぶんしん高校も強い。

 でもやはり北郷学園は強い。直近の甲子園出場校で波に乗っている。もともと数年に1回は必ず出場するし、100名以上の部員は層の厚さを感じる。過去に何人もプロに行っている。学生寮もあるから県外の生徒も通学できる。

 また、繁村が個人的に意識しているのは、女子硬式野球部の存在である。うちは男子の硬式野球で競っているのだから、意識するのはお門違いなのは分かっているが、愛琉がいるからどうしても意識してしまう。


 でも、まずは目の前の初戦だ。シードではないから6回勝利しなければならない。北郷学園と当たるにしてもそれまでに3回は勝つ必要がある。

 選手たちもさらに技術に磨きをかけて、気合が入っている。


 そして当日。

 秋の九州地区高校野球県予選が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る