1-13 美酒

 翌日の午後から愛琉は清鵬館宮崎の練習に復帰してきた。

「残念だったな。試合出れたか?」

「はい。連合の監督が、6回から出してくれました! 気合入ってたんですけど、7回で終わっちゃいました」

「7回って普通だろう?」

 女子は、一部のプロ野球を除いて7イニング制である。無論、女子高校野球においても。

「アタシ、9回まで投げられると思ってたんですよ!?」

「え、知らんかったんかよ!?」

 繁村は天を仰いだ。まあ、愛琉らしいというか。繁村は続ける。

「で、どうだった?」

「試合は、優勝した大阪の踏正社とうせいしゃ高校と初戦と当たったから不運でしたね。結果は5-1でした。連合チームは個人のレベルは悪くないけど、やっぱりチームとしての連携は浅いし、選手も12人しかいなかったから、うまくいかないですね」

「そっか。愛琉自身は?」

「アタシは、2回4奪三振、失点0、四死球は2ですけど、被安打0ですよ。どうやら、123 km/h出てたらしくて、最速だったらしいです。連合の監督も先発で使った方が良かったかな、って」

「凄いな!」

 やはり、この子の素質は素晴らしいものがある。もし男子だったら、150 km/h超えのボールを放っていたのではないか。

「あとですね、ヒットも打ちましたよ! しかもスリーベース! 試合には負けちゃったけど楽しかったです」

「それは良かった」その言葉を聞けて安堵する。しかし──。

「でも、アタシ、やっぱり繁村監督のいるこのチームの方が好きです。甲子園のグラウンドでプレイしてみたい」

 この言葉が、のちに繁村を大きく動かすことになる。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 お盆のあとは、さっそく宮崎県高等学校新人大会が始まる。実はまだ夏の甲子園大会が終わっていないというのに、よくよく考えると妙な日程である。宮崎県勢が決勝まで残らないことが前提にあるような気がしてならない。

 

 なお、この大会でブロック別に開催され、勝ち上がると9月からの九州地区高等学校野球大会宮崎県予選のシード校に選ばれる仕組みだ。試合が多いのは結構なことだが、やはり公式戦に出られない愛琉には申し訳なさを感じる。


 実は、全国高等学校女子硬式野球連盟でも、8月の盆明けから全国女子硬式野球ユース大会(通称:秋のユース大会)というのが埼玉県の加須かぞで開催される。しかし、どうやら三年生が抜けて人数が集まらないという理由で、連合チームは参加を見送ったようだ。そのため、この大会に愛琉は出場できなかった。


 ちなみに、愛琉はいつもこの新人大会のときに誕生日を迎えるようだ。「アタシのバースデーに負けたら承知しないよ」と言って、他の部員たちに散々けしかけているでの否が応にもその情報は伝わってくる。是非、試合に出られない愛琉へのバースデープレゼントも兼ねて選手たちには頑張ってもらいたい。


 一年生の中には6〜8月の練習で一気に上達する者もいた。

 まず畝原は新エースとして手堅い。下半身をはじめとした体幹強化が功を奏し、球速も上がっている。若林も小柄ながら放たれる打球は鋭く、もともとショートだが、現主将の中村がショートなので、空いているセカンドへのコンバートを考えていて練習させている。そして、今のところ一年生のうちの残りの経験者である岩切は代打要員、金丸は代走及び守備固め要員として検討中だ。

 未経験者でも、栗原はずば抜けて素晴らしいセンスを持っていた。サウスポーなので内野向きではないが、俊足で手足が長いところは外野向きだ。肩も強いし球も伸びる。勢いをつければライトの定位置からノーバウンドでサードまで届かせるくらいだ。バッターとしても、おおよそ打てなさそうな妙なバッティングフォームからなぜか快音を連発する。ボテボテのゴロでも俊足で内野安打を期待できるような面白い当たりになる。正直、二年生よりの外野手よりも素質を感じている。

 あとは、レギュラーには届かないものの、各自上達し、ポジションを勝ち取るための工夫をしている。例えば、泥谷は左打にチャレンジしている。泉川はもともとバッティングが良いが、さらなる飛躍を目指して下半身と背筋を意識した筋トレと走り込みをこれでもかというくらいしている。黒木はみんながやりたがらないランナー役を積極的に買って出ている。もともと黒木は足が速いが、投球フォームを盗み、スチールに磨きをかけている。青木は器用ではないが、それでも日々のファーストの練習で後逸させることは少なくなってきた。打撃においては、芯に当たればフェンスに到達するような意外性も見せている。横山はチームの参謀として、各チームの映像を入手しては、エースの配球や戦術を分析している。地味に見えるが並大抵なことではない。もちろん普通にメニューをこなした上で、空いた休憩時間や自主練の時間、さらには自宅でそれをやっているのだ。データは適切に監督とチームメイトにフィードバックされている。

 そして、愛琉も日々自主トレーニングにおいて、新しい変化球にチャレンジしている。愛琉は指が短くフォークの習得は断念しつつあるが、シュートやシンカー、スライダー、それに驚いたことにナックルにも挑戦しているらしい。変化球なんて一朝一夕で身に付けられるわけではない。仮に投げられたとしても試合に使えるかは別である。しかし、愛琉の飽くなき向上心は見習うべきと感じた。

 

 宮崎県高等学校新人野球では、選手たちの活躍と繁村の采配が上手くマッチしたおかげで、県央ブロックで見事、優勝することが出来た。その陰の功労者として、緻密なデータ分析を実戦した横山と、用具管理から練習の補助まで選手たちのサポートに徹した河野美郷の存在を忘れてはいけない。ミーティングでは、試合に出られなかった選手やマネージャーへの感謝を忘れないよう、くどいほど言ってきている。

 しかし、思えば、横山も美郷も愛琉が引っ張ってきたんだな、としみじみ思う。宮崎県の県央ブロックという限定された区域での優勝ではあったが、それでも純粋に嬉しかった。

 今日は久しぶりに美味しく焼酎が飲めそうだな、と繁村は思った。

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