1-12 懺悔
全国高校野球選手権宮崎大会、いわゆる県予選は7月の第一土曜日から始まる。それまでひたすら練習に励む。また繁村は紅白戦を実施した。部員は23名いるので良いが、キャッチャーは1人しかいない。本当はキャッチャーが怪我したときのために複数名登録したいのだが、一年生にキャッチャー経験のある人間はいないし、どういうわけか左投げばかりなので、キャッチャーの適性があるとは言い難い。
紅白戦なので、愛琉も参加させている。主将の
六回から畝原に代わって愛琉が登板する。そこで半数の打者は、はじめて愛琉の球を打つ。もちろんバッティングピッチャーとして、愛琉は投げてくれていたのだが、真剣勝負の球ははじめてだ。すると、面白いことに、球は畝原の方が速いはずなのに、愛琉も引けを取らないくらい打者を抑えている。むしろ三振は愛琉の方が量産しているか。
聞いてみたところ、愛琉の方がストレートを速く感じるというのだ。球が伸びているし、何と言っても緩急がついて翻弄されると。もし愛琉が先発だったら、もっと打てないだろうとのことだった。結果的には、愛琉のチームは4-3で負けてしまったが、部員たちは良い刺激を味わったようだ。
また、練習試合も行った。
よって、ある程度相手の手のうちは知れているが、それでも本番前の試合ということで、試合勘をきっちり養えるチャンスだ。
相手の2校は、甲子園出場経験はないが、それでも県予選でベスト4に入ることもある実力がある。力としてはちょうど均衡がとれているだろうか。
これも公式戦ではないので、愛琉を投入してみた。もちろん、相手の2校には事情を話している。それぞれの監督は、「え、本当ですか?」とか「投げさせて大丈夫ですか?」とか、案の定の反応だったが、いざ投げさせてみるとやはり変化球に翻弄され、攻略に手こずっている。ますます実戦にも使えそうな投球術を持っていて、
そんな愛琉の活躍もあって、三校戦では我が校は優勝を飾ることが出来た。
◇◆◇◆◇◆◇
そして、7月の県予選がやってきた。いつも思うが4月からこの大会まであっという間にやってくる。初戦の
勘米良主将をはじめとする高校野球生活にピリオドを迎えた。
繁村には予選敗退の他に、もう一つ清鵬館宮崎高校だけの悔しい出来事があった。繁村は再三にわたって、愛琉の試合前練習参加については宮崎県高野連に要請してきた。5月の県選手権大会の地区大会で愛琉を試合前ノックに参加させて、審判団に止められてから、幾度と要請してきた。6月の試合のなかったときにも7月の大会前も問い合わせてきたが、「安全性ももちろんだが、試合前ノックに試合出場資格のない選手や出場登録のない選手が参加する合理性が見当たらない。もし認めてしまえば、ベンチ入り出来なかった選手もノックに参加できてしまうわけで、100人部員がいたら100人分のシートノックを容認せざるを得ないことになる」などと言われた。確かにそれはもっともかもしれないが、それでも選手としてともに練習を重ねてきた部員の心情を理解して欲しい、というのが本音だ。
分かっていたとは言え、やはり事態に直面してしまうと無念である。実力でベンチ入り出来ないならともかく性別で排除されてしまったのだ。
そこでせめてもの償いというか
「め、愛琉、知ってるかもしれんけど、全国高等学校女子硬式野球選手権大会には『全国高等学校連合チーム』、通称『竹田連合』っていう、女子硬式野球部がない高校の女子選手の結成されるチームがあるんだ。それに出てみないか? 大会は8月の頭からスタートするけど、その前に練習日も設けられている。場所が兵庫県の
事前に教頭に相談したら、旅費や宿泊費やユニフォーム代が当然かかるだろうから、我々も補助しようと言ったのだ。
「いいんですか?」
「逆に言うと俺らにはそれくらいしかしてやれん」
「ありがとうございます。でもそれじゃ、何か監督にもみんなにも悪いし」
「どうしてだ?」費用の件で監督に気を遣っているのは分かるが、部員の皆に気を遣う理由が思い当たらない。
「だって、今回うちが甲子園大会に出られなかったから、女子硬式野球選手権大会に出られるわけですよね。それって何かみんなの不幸を利用して自分だけいい思いしてるみたいだし、みんなが出られなかった全国大会に自分だけ出てしまってるような気がして」
なるほど、愛琉は愛琉で気を遣っているのだな。心配に及ぶまい。
「それなら大丈夫だ。みんなには俺から説明する。みんな愛琉の存在で練習が楽しくなったと自覚してるし、愛琉が試合に出られないことを残念がってる。理解してくれるはずだよ」
「そうですか。監督の口からそう言ってもらえると助かります!」
「任しちょき」つい方言が出てしまった。
「実は、私も『竹田連合』の存在は知ってました。せっかくだから公式戦で試してみたいと思ってました。親にも実はこっそり相談していて旅費とかは用意してくれるって言ってくれてます」
「それなら、決まりだな!」
「ありがとうございます!」愛琉は深々と頭を下げた。
さっそく繁村は、件の『全国高等学校連合チーム』にコンタクトを取り、全国高等学校女子硬式野球選手権大会に出場したい女子部員がいると伝えた。そうしたら、同じような思いの女子生徒は結構いるので、是非来て欲しいと快諾してくれた。
本当は、繁村はその試合を見に行きたかったが、本業はやはり清鵬館宮崎の監督である。甲子園大会は出られなかったが、こちらの部活の練習を怠るわけにはいかない。特に三年生が抜けてしまったので、一年生にも今後試合出場のチャンスは必然的に出てくる。また、新主将の
「愛琉は?」
「女子の全国大会に出てる?」
「え? どうやって? 転校したの?」
「いやいや、何でも連合チームっていう全国の選抜チームみたいなのがあるってよ」
「そっか、いいな。俺も見に行きたかった」
そのような声が部員から漏れてきたが、当該『女子の甲子園大会』開始早々、愛琉から繁村にメールが入ってきた。
『残念ながら、初戦敗退しました』
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