1-10 特守
シートノックも終わり頃、大会スタッフががやがや言い始めた。
「あれ、21番の子、女子ですよね?」
「いいんですか? あれって」
繁村の予想どおりだ。やはりグラウンドを土俵のように思っている頭の固い連中がいる。しかし、そんなことでは動揺しない。むしろ注意されても、開き直るくらいのつもりでいる。だって規定では、人工芝なら女子も参加させていいはずだし、県大会の規程にそんなこと書いていなかったではないか、と。
案の定、練習後、繁村は呼び出された。審判団の1人だろうか。
「主審を務めさせて頂く
「はい、大会の選手登録はしていないですが、部活の練習には参加しているれっきとした選手の女子部員です」
「いや、困りますよぉ、こんなことされちゃ」
「でも試合には出ません。彼女は記録員です」
「そうじゃなくて、試合前の練習に思い切り参加させていたじゃないですか?」
「え、でも外野の芝生ですよ」繁村は敢えて開き直る。
「条件付きで女子の練習の参加は認められていますが、それは安全のため、ボール渡しとか、あくまで手伝いですよ。あんなに思い切り参加してたら、安全もへったくれもないですよ」
「でも、彼女、ずっと野球をやってきてますから巧いですよ」
「まぁ、確かに素人じゃないのはすぐ分かりました。でもそうは言ってもですね……」
予想どおりの反応。安全性の担保できるか否かを性別でしか判断できない、
「ご存知のとおり、この手の問題にはナーバスなんです。我々が容認して万が一彼女に怪我でもあったらただじゃすみません。申し訳ないですが、次の試合からは、彼女の練習参加は控えて頂きたい。あ、失礼、練習参加はいいですが、練習のお手伝いに留めていただきたい」
「分かりました。今日は引き下がります。でも、グラウンドは土俵じゃない。監督判断で練習に適するのであれば、女子も参加していいと私は思っています。連盟でご議論頂きたいと思います」
「……」矢野は渋い顔をした。
「失礼します」そう言って繁村はその場をあとにした。
初戦の相手は、
「いい試合だったな!」部員たちは口々に言う。
繁村は、今日の相手は強豪校ではないことを知っていたので、想定範囲内だ。安堵はしているが、ここで負けるようでは甲子園は遠い。
それよりも、愛琉の様子が気になる。
「キャプテンの初回のタイムリーが良かったんですよ!」
愛琉は、そう言って主将の勘米良の活躍を称讃する。勘米良は、初回に走者一掃のタイムリーを放った。
見た目は努めて明るいが、次の試合はシートノックに参加させられないことを告げると、一瞬だけ表情を
本当は、審判団の意見にもっと反発しても良いのだが、うちに不利な判定をされても困る。実は野球は審判への印象も大事なのだ。あまり悪くすると、試合結果に悪影響になりかねない。それは愛琉が望む結末にはならないだろう。
釈然としないが、機械が審判をしない以上、仕方のないことなのだ。部員は愛琉だけではない。
次の試合は2日後の平日だ。しかも勝者は、昨年度県大会準優勝校の強豪、
◇◆◇◆◇◆◇
その2日後の藍陽高校との一戦では、愛琉を内/外野分かれてのノック時に、芝生のエリアで外野のノッカーにボールを渡す役に終始させた。無論、選手としての出場はおろか、伝令としての役目も与えず、背番号21をつけてはいるものの、試合中の役割としては完全な記録員であった。
そして試合は、10-3の7回コールド負けを喫してしまった。別に審判の判定が、『中東の笛』の如く相手チームに有利となっているわけではない。客観的なフェアな判定であって、れっきとした実力差で負けたのだ。試合後のミーティングで、愛琉と繁村に対して言いがかりをつける部員もいなかった。
しかし、一部、県の高校野球マニアの中では、愛琉の存在について物議を醸していた。初戦ではシートノックに参加していた女子が、二回戦では参加できずノックの補助役に終始していたのか。一部の人間は、高野連の圧力がかかったのではないかと推測を働かせていた。いまは情報社会である。SNSで検索すれば、すぐに検索でそのような発信を見つけ出すことができる。そして、いまのところ高野連に抗議せよといったコメントはないが、少なからず、女子の活躍の制限を疑問視する声が見られた。一方、選手として参加できない女子のノック参加は、無意味ばかりか、その分のタイムロスと安全上の問題を主張している者もいた。ただ、初戦を観戦した地元ファンは、愛琉の外野ノックのプレーを録画してアップしていた。さすがに名前まで特定されていることはなかったが、『天才女子選手現る!』として『いいね』を稼いでいた。無許可でSNSにアップされるのは是認しかねるが、誰もが愛琉のプレーの上手さを否定しなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
そして6月がすぐやってくる。6月は公式戦がない。つまり7月の全国高校野球選手権宮崎大会まで、練習に専念することができる。もちろん練習試合はする。紅白戦もやる。試合勘は失わせず、練習量も増やしていかねばならない。
一年生でも、少しずつ守備や打撃のコツを掴んできていて、栗原や泉川は試合に使ってみたいと思うくらいの技術を身に付けていた。
もちろん上級生たちの練習に対する情熱は目を見張る者があった。特に三年生は最後の年だ。一年生の未経験者であっても、気を抜いていると容赦なく怒号が飛ぶ。いや、決して気を抜いているわけではないのだが、厳しい練習に身体がついていかないのだ。気を抜いていなくても動きが緩慢になれば手を抜いているように見える。
特にその傾向は、学年首席の横山仁志に顕著に出ていた。連日、『
「横山ぁ! 声出せ!」
「ぉおねがぃします!」
「こら、もっと腹から声出せ!」
横山も気合いは見せているが、声が
「ちゃんとやれ!!」上級生ノッカーからの指示。
「すみません!」
平凡な打球にも足が追いつかず、エラーが続く。特に20本目以降は時間がかかっている。同じ守備位置に当たっていた他の2名はとっくに終了し、ベンチの方に引き上げている。
「ラスト、お願いします」
29本目をようやく捕って返球し、定位置についた横山が言う。
「声が小せぇ!」
「ラストぉ! うぉ願いしまぁす!!!」
今度は定位置より極端に手前のセカンドの位置に落ちるポテンヒット。横山はダッシュで追いつくが、いまのはノーカウントだ。
「ノッカーしっかり!」と三年生ノッカーの
「ラストぉ! うぉ願いしまぁす!!!」
それから3本エラーが続いたあと、ようやく最後の打球を処理した。最後はさすがに情けがかかったのか、正面の打球だった。
「ありがとうございます」
今日も『特守』は横山が最後となり、ベースランニングが本日最後の合同練習のメニューとなる。横山にとってはずっと脚を酷使するハードなメニューだ。
日が長い6月ながら、夜7時を過ぎれば辺りは暗くなる。何名かの選手は『自主練』に励む頃、横山の声が聞こえた。
「嶋廻ぃ」
「横山くん、おつかれさん、どうしたっちゃ?」
横山は一息ついてから言った。
「俺、もうこの部活辞めるよ」
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