1-06 闘志

 早くも入学式から2週間ほど経過し、入部を決めた新入生も増えてきた。


 繁村の中で今年は最低でも、部員を11人、マネージャーを1人入れることを目標にしている。部員11人というのは、二年生と三年生を合わせた12人中、5人が三年生であることによる。

 実は、愛琉が入ってきて、せめて紅白戦ができる人数は募らないと、と思っていた。宮崎高野連規定においても、出場資格は男子生徒に限定されている。練習試合にしか出られない愛琉に少しでも試合勘を維持してもらうためには、紅白戦も必要と考えており、9×2=18人はいないといけない。つまり23人いれば三年生が夏の大会後に抜けても、紅白戦は可能である。差し引き11人は今年集めないといけないのだ。


 そして、幸いその目標は達成されそうになっている。いま愛琉含めて10人の新入生部員と1人のマネージャーが入部の意思表示をしてくれている。

 それらのほとんどが、愛琉の声かけと強引さで引っ張ってきたのだから凄い。投手経験のある畝原うねはら、身長は高くないがミート力のあるわかばやし、俊足で守備範囲の広い金丸かなまる、『ドカベン』体型で長打力のある岩切いわきり。愛琉を除くとこの4人が野球経験者。また、俊足で野球センスのありそうな栗原くりはら、打撃の筋の良いいずみかわ、強肩で反射神経の良いひじ球際たまぎわに強いくろ、187 cmもの長身でガッツのあるあおの5人が未経験者だ。

 各々に特徴があり、早くもどのポジションが適しているのか、打線を組むなら何番向きかを、繁村は思い描いていた。

 マネージャーは、入学2日目に愛琉が引っ張ってきたかわさとという女子生徒で、これまた、愛琉に負けないくらい明るく男勝りで早くも部に溶け込んでいる。


 ひとまず、繁村の目標まであと1人という段階になった。正直、こんなにも早い段階で選手10人、マネージャー1人の新入部員が確保される見通しになるとは思ってもみなかった。紛れもなく愛琉の勧誘の賜物である。これでますます彼女をマネージャー転向させたり、ましてや他校に転校させることを促しづらくなった。

 その愛琉だが、既に練習は始まって他の新入部員たちはここに来て準備し始めているというのに、愛琉はまだここに来ていない。居残りでもさせられているのだろうか、と思ったときだった。


「さっきも言ったけど、僕は未経験だし、野球は好きだけど、ずっと文化部だったから、運動はできないぞ」

「まあまあそう言わんちゃ、一度見てみない?」

 またもや新しい生徒を引っ張ってきている。小柄で度の大きなレンズの眼鏡をかけたその彼は、1年A組の横山よこやまひとである。繁村が副担任をしているクラスの生徒なので知っている。そして入学試験を首席で通過した秀才である。その風貌は、体育会系からはおおよそ程遠い、悪く言えば『ガリ勉』タイプの生徒である。

 選手を引っ張ってきてくれるのはありがたいが、彼は失礼ながら見た目から野球向きには見えない。いや、見た目で判断してはいけないのだが。

「監督、遅くなってすみません。連れてきましたよ! これで11人目です!」

「え? なに勝手に入部決めてるんだよ?」横山は慌てている。

「入部じゃないけ、体験入部よ!」

「いやいや、勝手に入部させられそうで、怖いわぁ」

 確かに愛琉は強引だ。横山の心配はよく分かる。

「監督ぅ! 横山くんなんですけど、敬愛するどうしゅんいち先生の『大延長』読んでたんですよ! 高校野球やりたいって言ってるようなもんですよね?」

 『大延長』と言えば、確かに高校野球を取り扱った小説だが、それだけで高校野球が好きでましてや体験入部させようとするところが凄い。ある意味横山も災難かもしれない。

「高校野球は好きだけど、やりたいっていうのは別だろう?」

 横山は必死に抗弁している。

 彼が入れば、繁村の目標に到達するが、嫌がっている者を無理に入れてまで達成させたくない。

「ま、誘ってくれるのは嬉しいが、来て欲しいのはやる気がある人だけだ」

 繁村はそう返したが、その言い方が良くなかったみたいだ。

「繁村先生、僕はやる気がないわけじゃありません。勉強もするしいずれどこかの部活だって入ります。やる気がないって決めつけないで下さい」

「あ、いや、横山、やる気がないっていうのは、高校生活全般のことを言ってるんじゃなくて……」

 野球をやる気がないっていう話だ、とこの後、言おうとしたが、既に遅しだった。

「シマ! グローブ持ってるか!?」

 横山に火を着けてしまったようだ。

「アタシは嶋めぐりっちゃ! 受けて立っちゃる!」

 二人のキャッチボールが始まった。


 繁村の見立てどおり、残念ながら横山の運動神経はイマイチだった。肩は弱いし、幾度となく落球させたり後逸させたりしていた。身長は愛琉の方が高いし、きっと足も愛琉の方が速い。すぐゼーゼーと息を切らしておりスタミナもあまり期待できない。

「シマさん、凄いんだな!」

「だって、小学生から野球やってるもん。いくら男子でも未経験者がいきなりアタシに敵うわけないでしょ。そして名前間違えないでくれる?」

「あ、ごめん。でも、傷つくなぁ、よっしゃ、絶対シマさんを抜いてやる!」

「また名前間違えてるし!! もう!」

 そう言いながら、横山は笑っている。愛琉も笑っている。

「僕も、あんな伸びのある球投げてみたいわ。どうやったらあんな回転の綺麗な球投げれるんだろうな」

「それも練習よ。でも、横山くん、コントロールええなぁ」

 確かに、繁村もそう思った。野球初心者は大抵ボールのリリースポイントが定まらず暴投する。しかし、気が付いた限り、横山の投げたボールに暴投はなかった。愛琉がボールを取りに追いかけている様子はなかったのだ。もともと肩が弱いのがあるかもしれないが、どんなに遅くて山なりでも、狙ったところにちゃんと投げられることは、間違いなく才能の一つだ。

「ありがとう! でも悔しい! 女子に負けるなんて!」

「でも、噂で聞いたよ。横山くん成績トップで入ったって」

「勉強は負けない。だって僕にはそれしかなかったから。でも運動で負けるのがこんなに悔しいことが分かった! 絶対勝つ! 決めた! 科学部と迷ってたけど、こっちにする!」

 この瞬間、繁村の目標が達成されると同時に、もう一つ、彼の野球向きの才能を見出した。負けず嫌いで闘志に溢れているということ。この精神を持っていることは、野球をする上でもっとも上達の近道であることを経験的に知っていた。

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