1-04 勧誘

「えっ? マネージャー、もう入ったんすか?」

 繁村は、一生懸命ビラを配っている現・主将のかん米良めら栄彦はるひこのもとに、愛琉を連れて行った。

「ああ、いや、それがな……」

「入ってくれたっちゃね! いかったぁー! ありがとう!」

 勘米良は完全に愛琉のことをマネージャーと思い込んでいる。

「だからな、それがな……」

「アタシ、選手です! しまめぐりめぐです! 今日からよろしくお願いいたします!」

 愛琉は深々とお辞儀をした。

「せ、選手?」

「はい! マネージャーじゃなくて、選手として参加します!」

「すまんが、女性野球部はないかい、ここじゃ試合に出れんっちゃが……」

 勘米良が眉をまゆめる。どこか申し訳なさそうだ。

「それも承知の上で、監督に許可してもらいました」

「まこっちゃ?」

 勘米良は同級生や後輩に対しては、バリバリの宮崎弁で返す。

「勘米良、その子の言うこと本当なんだ」

「えええ!?」

 さすがに勘米良は驚いている。それはそうだろう。硬式野球部新入部員第一号が女子選手なのだから。

「というわけで、勧誘手伝います! 部員が少ないって監督から聞いたんです!」

「そりゃ、そうっちゃが……」

「これ、ビラですね!」そう言うと愛琉はビラの束を30枚ほど手に取り、配り始めた。「硬式野球部です! 一緒に甲子園目指しませんかぁ~?」

 つくづく不思議な子だと思った。愛琉はまだ練習どころか見学にも来ていないのに、性別の垣根を越えて男子の野球部に選手として入ろうとしている。そこまでの自信があるのか、それとも何か彼女をそこまでさせる魅力がこの部にあるのか、運命なのか。いくら考えても、繁村は分からなかった。


「メグメグ? あんた、こんなとこで何しちょっと!?」

 開始30秒、愛琉はとある女子生徒から声をかけられる。どうやら知り合いのようだ。

「あ、さと? 久しぶり! 小学校以来ちゃね?」

「おんなじ高校だとは知らんかった。で、何しちょる?」

「このとおり、勧誘ちゃき」

「はあ? あんたも新入生なのに? もう入ったん? まだ入学して2日目ちゃが」

「そう! でさぁ、美郷さ、高校野球好きと?」

「好きっちゃ好きちゃけど……」

「お! じゃあ、野球部入りない?」

 何と、愛琉は声をかけてきた女子生徒をさっそく引っ張ろうとしている。まさか、女子の選手を増やそうとしているのか。

「はっ!? 男子ちゃろ?」

「マネージャーっちゃよ!」

 マネージャーと聞いてあんした。あくまで女子の選手として巻き込むことはしないらしい。

「監督! マネージャー希望者ゲットしました!」

「な、何、勝手に決めちょるの?」

「まぁまぁ固いこと言わんと、見るだけ見ない?」

「まぁ、メグメグが言うなら、見るくらいは、ええけど」


 男子部員が2日目に入ってこれまで1人も獲得どころか見学者もゲットできなかったのに、愛琉は開始2分で見学者を確保してしまった。マネージャーではあるけど。


 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 翌日の授業後、繁村はさらに驚きの光景を目にする。

「監督! 主将キャプテン! 男子も集めてきました!」

 愛琉が、男子生徒を複数名と昨日の『マネージャー希望者』を集めてきてくれたのだ。それも2〜3人という話ではない。10人くらいはいようか。

「な? 何でこんなたくさん!?」

「監督、こーゆーのはまだ部活決めていないうちに先制攻撃する方が絶対いいんです。で、目に入った左利きの男子は片っ端から引っ張ってきました! 野球経験者も連れて来れるだけ連れてきましたぁ! いやー大変でしたよ! 他のクラスまで行って、さとにも協力してもらって、声かけまくったんですから!」

 数えてみると男子は9人いる。9人連れて来ることに成功したのなら、声をかけたのはその倍、いや少なくとも3倍、すなわち30人近くはいるのではないか。それほどの行動力と結果的に9人も引き連れて来られるほどの求心力が、彼女には備わっているというのか。

 

「じゃあ、キャッチボールから始めようか」

 部室には古くなって使われていない予備のグローブがいくつかある。使われていないと言っても、型崩れを起こさないように、グローブケア用のワックスを使って手入れをさせるようにしている。これは、かねてから道具を大事にせよという、繁村の幼少の頃の師の教えをいまでも遵守し、部員に徹底させている。と言っても、専ら下級生の仕事になっているが。

 

「あれ? 右しか残ってない」

「ごめん、俺も左利きなんだけど……」

 なんと9人中5人が、左利きらしい。今日ここに来た見学の男子全員がここに来る予定のなかった生徒だ。グローブを持参しているのは、愛琉だけなのだ。左利き用の予備のグローブは2個しかないので、全員分はない。

「あちゃ〜」愛琉は舌を出して頭を掻いている。

 そんなに左利きサウスポーを連れてきても、ポジションがないぞ、と繁村は突っこんだ。

 しかし、ありがたいことに、グローブがないからと言って帰る生徒はいなかった。これも愛琉の魅力なのか。

 仕方がないので、グローブのない人は、サウスポーの先輩にグローブを借りたり、ティーバッティングをしてもらったりする。

 経験者は4人。うち1人は、中学時代からピッチャーをやっていたようだ。名前を畝原うねはらいつというらしい。右投げのオーバースローでなかなか速い直球を投げる。

 あとは、わかばやしはるも野球経験者だ。素振りを見るだけで分かった。身長は高くないが体格はがっちりしており、鋭い素振りからは風を切る音が聞こえてきていかにも打撃センスがありそうだ。

 もう一人、未経験者と言っていたが、栗原くりはらこうも、キャッチボールで回転の良いボールを投げていた。彼はサウスポーだ。背も高く身体の使い方がしなやかでバネがあるように軽い。きっと足も速いのではないか。


 すっかり男子生徒ばかり見ていたが、大事なことを忘れていた。愛琉だ。彼女は選手なのだ。グローブを持っているではないか。彼女は新二年生で捕手のだまつよしとキャッチボールしていた。

 主将の勘米良がこちらに来た。

「監督ぅ、あのめぐって女の子、化け物ですよ」

「え?」

 まず、ここではじめて嶋廻愛琉もサウスポーだということに気が付いた。右手にグローブをはめている。あれは本人のグローブだろう。

「先輩、ちょっと構えてもらっても良いですかぁ?」

 ちょっと間の抜けた声で、先輩の児玉にお願いをした。

「お、おう」

 どこか断れない様子で児玉は構えた。


 そうか。愛琉は『エリザベスアンガス日向』でエースと言っていたか。この期に及んで、彼女はピッチャーだったことを思い出す。すっかり彼女のポジションがどこかを忘れていたわけだが、おくびにも出さないよう努める。


 ノーワインドアップモーションから右脚を高く振り上げて投球動作に入った次の瞬間、繁村は刮目かつもくした。

「な、何だ? あの子?」

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