10 マスクウーマン

 現代人の必須アイテムは、何と言ってもマスクである。

 これがしっくり来ないと、部屋の外には一歩だって出られない。


(最近は種類は増えたけど、その分、質も落ちた感じするなあ……)


 心の中で愚痴りながら、冬美は卓上鏡を凝視すると、一つ大きくうなずいた。

 鏡の中では、某女性アイドルによく似た顔が、満面の笑みを浮かべている。


(うん。やっぱりこれがいちばんいい。ア○ゾンでまとめ買いしとこう)


 マスクが決まったら今度は服だ。冬美は下着姿のまま、クローゼットの中を漁りはじめた。

 冬美のようなフリーターには、オーダーメイドのマスクなど夢のまた夢だ。当然、既製品しかつけられないので、差別化は髪と化粧と服で図るしかない。しかし、安物ほど化粧品には弱い。結局、マスクは一日ごとに使い捨てることになる。


(まあ、経済的にはきつくなったけど、精神的には楽になったな)


 クローゼットの中を眺めて冬美はほくそ笑む。

 本当に、いい時代になった。

 以前の自分だったら、決して着られなかった派手なワンピース。

 違うタイプの服が着たくなったら、マスクのほうを変えればいい。


 二〇××年十二月。

 某国から世界中に爆発的に広まったウィルスは、全人類の顔の皮一枚だけを腐らせた。

 皮膚の移植手術をしても、手術をした翌日にはもう腐りはじめてしまう。

 新生児にいたっては、生まれたときから顔の皮膚だけがなかった。

 世界は混迷を極めたが、あるとき、無名の特殊メイクアップアーティストが、素人でも簡単に顔に貼りつけられる、画期的なマスクを発明・販売した。

 以降、一流メーカーも闇メーカーも、様々なタイプのマスクを矢継ぎ早に製造・販売するようになり、目出し帽を被るしかなかった一般庶民でも、ドラッグストアなどで気軽に買えるようになった。

 したがって、現代人の身分証明書にはもはや写真はついていない。網膜・指紋・声紋。いずれも採取できない人間は、この世にはいないものとして扱われる。


 クローゼットの奥には、ウィルス蔓延前に撮った写真を収めたアルバムが隠してある。

 いつかは捨てなきゃと今日も思いつつ、冬美はクローゼットの扉を閉めた。

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