第二章〜片思いの彼〜
今日も、
と、その前に。誘おうかな。彼を。サンくんを。昨日の生き物探しみたいに、一緒に行ってみようかな。よし、そうしよう。
その間に説明を。私が住んでいるのは、山に囲まれた小さな
もうそろそろ、彼の家の近くまで来た。正直、とても緊張している。私の方から彼に誘うことは、これが初めて。彼の方から誘われることがほとんどだ。あまり、人を誘うことは苦手だ。でも、今回は、がんばってみよう。
そして、彼の家の前で足を止める。私の緊張もマックスまで
変に見られそうで嫌だなと思ったが、いまさら引き下がれない。
ドアが開いた。出てきたのは、彼、本人。ちょっと安心した。他の家族じゃなくて良かった。
「……やぁ、サンくん。おはよう」
「あ、おはよう。八海。何かようでも?」
「うん、ちょっと。付き合って欲しくて」
「え?」
「⁉︎」
その瞬間、 知らぬ間に私の体内に設置されていた
な、何言ってんだ! 違う!
心臓が激しく動き、
「いや、あの、ちょっと……滝の
「あー、あそこね。いいよ。ちょっと待ってて」
あぁ、ヤバイ。やってしまったー。でも、能天気な彼だから、あまり気にしていないだろう。大丈夫!
そう言い聞かせ、なんとか落ち着くことができた。
「お待たせ。じゃ、早速いこ」
いつもの麦わら帽に、リュックを背負って、長袖、長ズボンだ。
「珍しいね。長袖、長ズボン」
「当たり前だよ。山みたいな自然のとこに行く時には、肌は隠さなきゃいけないから」
それから、私の服装を見て口を開く。
「八海も長袖、長ズボンにしたら」
私の現在の服装は、Tシャツにキュロット、ぶかぶかのサンダル。大いに肌が露出している。確かに、これは山の中に行く格好ではない。しかし、だ。
「えぇ、暑くない? それに、水遊びするのに」
「山の中は、涼しいから大丈夫。それに、川で遊ぶ時に肌が出てると、ケガしやすいよ。薄いのでいいから。何か、肌を隠すやつ着やぁよ」
その言葉に従って、一度、家に戻った。そして、薄い水色の上着に、七
改めて、家を出た。今度こそ、例のとっておきの場所に行く。
なんだか、遠足に出かけるみたいで、とってもワクワクしてきた。
「よーし、レッツゴー!」
「八海、いつもより元気だな」
うん。今日の私は、一味違うのよ。
出発してから、十分程度が経った。すでに山の中に入っている。目的地のあの場所は、私の家の近い山の森林を歩いた、奥のところにある。そこに着くまでは、結構なの距離を歩く必要がある。
しかし、私やサンくんは、そこに何度も行っているため、早い段階でバテることはない。森林の中は
鳥の声が聞こえる。どこから聞こえるのかわからない鳥の声。あの
そんな安らぎの場所。しかし、夏の森林(いや、村や町でもあるのだが)には、ひとつ、気がかりなものもあった。
「!」
早速、お出ましだ。
私は、心の中でけたたましい悲鳴を上げ、
反射的な猛ダッシュで、少し前を歩くサンくんの横に並んだ。
サンくんは、突然、怯えた様子の私を不思議に思ったようで、頭にハテナを浮かべて尋ねた。
「どうしたの?」
「き、気にしないで」
大したことではないため、そこまで気にする必要はない。しかし、彼は振り返り、原因となるものを確認。納得したようだ。
「あー、セミ?」
「うん」
私は虫が大の苦手だ。特にセミ。ひっくり返って落ちているやつ。あれがめっちゃ嫌。死んでいるかと思いきや、風かなんかでビビビッと動くのが本当に嫌だ。それを想像するだけで怖い。
しかし、サンくんは、そうではないようで、むしろ、ひっくり返って落ちているセミに向かっていった。私は、彼の次の行動が想像ついて、怖くて、反対側を向き、目を手で覆った。
サンくん。何をするの!
次の瞬間、ビビビッと私が恐れていた音が聞こえた。
いやややや!
「うわぁ、これ、死んでないよ。何でこんなところで転がってるんだろう?」
彼は、もの動じせず、全く怯えたようすもない。さっきから怯えっぱなしの私とは正反対だ。すごい度胸だと、尊敬するほどだ。しかし、彼には度胸と言う言葉など存在しないのだろう。とっても自然な言い方であった。
「そこまで怖がる必要もないのに。さっ、行こう」
やっぱり、彼には尊敬の眼差ししかない。
ようやく目的地に到着した。それは、天然の淵。その奥には、小さな滝が流れていた。
周囲は草木に囲まれ、
私たちは、すぐさま淵のそばに駆け寄った。そして、ズボンの
「冷たい」
「うん、冷たい。でも、そのうち慣れていくよ」
そのまま、いける範囲まで進んだ。滑って転んでしまわないか不安ではあった。川の中は滑りやすい。
「大丈夫?」
サンくんが気遣ってくれて、彼の手を借りた。私は彼の手をつかんで、慎重に歩いた。滑ってしまいそうな不安さと、彼の手をつかんでいるという謎の緊張が
うわぁ!
「八海!」
ついに、私は足を滑らし、尻もちをついてしまった。サンくんがとっさに私の手をつかんでくれたため、痛い思いはしなかったものの、私のお尻は水に浸かっていた。けっこう進んだところで転んだため、骨盤の上のところまで浸かった。もちろん。中の中まで水は染み込んでいる。最悪だ。
「だ、大丈夫?」
「まあ、濡れちゃったけど……」
「よいしょっ」
「え、ちょっと!」
びっくりした。何と、彼は、自ら水面下に腰を下ろした。
「大丈夫なの⁉︎」
「まぁ、なんとかなる」
と言い、足をバタバタさせた。
すごいなと思った。
ふと、下を見ると、水中で動く、複数の影が見えた。
「あ、魚だ」
「こっちにもいるよ」
その魚を捕まえようと指を伸ばした。しかし、小さな魚たちは素早くて、一匹も捕まえることができなかった。
「あぁ、無理だ」
「素手で捕まえるのは無理だよ」
「網かなんか持ってきてる?」
「持ってきてないよ」
まぁ、別にそれが目的じゃないんだからいいんだけどね。
やがて、私たちは、起き上がり、岸の方へと戻った。下半身はびしょ
「え、いいの?」
「うん、二枚持ってきたから」
どうやら、サンくんは、こうなることを想定していたようだ。私は、渡してくれたタオルで、下半身を拭いた。外側だけ。
そして、村の方に帰った。
森林を抜け、私の家の前まで着いたところで、サンくんと別れる。
「じゃあねー」
「またね!」
私は踵を返し、家に帰宅した。頭の中には、淵でのことを思い出していた。
「ただいま」
「おかえり」
家の中には、お婆ちゃんがいた。
「あら、やっちゃん。びしょ濡れじゃない。どこ行ってたの?」
「ほら、あの、淵のところ」
「あぁ、足を
「うん」
「じゃあ、パンツまでびしょびしょだ。着替え持ってくるから」
「ありがとう」
お婆ちゃんが持ってきてくれた下着や服に着替えた。そして、床に座って、テレビをつけた。ついたときにやっていた番組を適当に見ていた。
時刻は、夕方になり、母が帰ってきた。
「おかえりー」
「ただいま、八海。宿題はやった?」
もちろん、やっていない。私は無言を貫く。いつものことなので、母はすぐに察し、ため息をついた。
「夏休みも、あと少しだよ。陽助が来る前に終わらしてよ」
「はーい」
確かに、お兄ちゃんがいるときに、宿題の存在におびやかされたくない。さっさと終わらせておこう。
私は、自分の部屋に行き、まだまだまだ残っている宿題との長い戦いにのぞんだ。
お兄ちゃんが来る前に、片付けておかなきゃ。でも、そう長くは集中できない。この戦いは、かなり長く、苦しいものになるだろう。
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