第8話 弓使い

 かすかに見えるその人は、弓を使う美しい女性。


「大丈夫? 君?」

「うん……何とか」


「貴方、自分より弱い相手に、何卑怯な手を使っているの?」

「うるせえ。あいつの方がランク低いだろ!」


 リョークの姿を見るからに、弓矢が刺さるというものは、相当痛いものだと感じ取れる。痛がっているリョークの姿を見ると、とても心地よい気もする。その女性の強さを認めたのか、体に弓矢が刺さった状態で、リョークは逃げるようにその場を去った。


「貴方も、こんなにランクの差があるのに無理しちゃだよ!」

「あ、はい……」


 そして女性は、俺に手を差し伸べた。


「本当にすいません……」

「まあ。あの人が悪いだけだけどね。というより、この世界が狂ってる――」

「じゃ、私ここで帰るから」

「あ、ありがとうございました!」


 あまりの優しさに新たな恋が始まる予感がした。


 それにしても、酷い奴もいるもんだ。やはりこの世界はおかしい。

 最初にリョークにカツアゲされていた人はもうどこかに行ってしまっていた。戦いの途中で逃げたのだろう。


「もう無茶はしないでくれサクト。この世界はランクが全てなんだ。」

「ああ、すまない……」

「というより、まさかピノがやってくるとは……」

「ピノって、あの女性の事か?」

「うん、一応知り合いなんだよね」

「へえー」


 このような事は、この世界で珍しくないらしい。ランクの平均値が低いこの辺りでは、一人ランクが高い人がこれば、争いが起きてしまう。


「そういえば、なんでこの世界は強さこそが全てなんですかね?」

「まあそれは、かめにしか分からないことだよ」

「……」


「まあ今日は帰ろうか」


 俺は、寮に戻った。


「お帰りサクト! 大丈夫だったのか?」

「まあね」


 話しかけてきたのはガント。俺のルームメイトだ。部屋にいるのは少し幼いクロム、少し太ったリック、静かな性格のジャックだ。全員ランクは110000位前後。俺より下の人はいない。だが、全員俺に優しくしてくれている。


「っていうか、噂が回るの速すぎだな」

「まあ、この辺の地域の人みんな友達みたいな感じだからね」


 俺は今日の騒動で何となく理解したことが一つある。低ランクの人は基本的に優しい人が多い。ダンクは除く。なら高ランクの人は優しくない……そう考えてしまうのも無理ないだろう。だが、ピノのように優しい人だって存在することは確かだ。


「そういえば、明日三桁大会やるよな!」

「あー、絶対俺行く!」


 ルームメイトたちは、何やら盛り上がっているようだ。


「三桁大会?」

「え、まさかサクト知らない?」

「う、うん」

「ランク三桁の人が集まって戦いあうんだよ。ランクの変動もなし。見学も無料!」

「まじか! 俺も行く!」

「よし、じゃあ一緒に行こうぜ」

「おう!」


 俺は次の日、ルームメイトと一緒に、大会へ向かった。


「人の数すごいな」

「だろー。これは盛り上がるぜえ」


 俺は、想像よりもはるかに多い観客数と大きさに、少し興奮する。


「よし、ここなら見やすいかな」


 ガントがそう言って、座った途端、急にあたりが暗くなった。

 そして会場の盛り上がりは絶頂。あたりを見渡すと立ち上がる観客も少なくない。大きなスクリーンには『ロンドvsオマーン』の文字。ランクは824位と621位だ。スポットライトが中心に照らされる。そこには勇敢な男二人の姿。二人とも剣を構えている。

 っていうか、開会式とかないんだな……


 コーン!


 ゴングの合図とともに会場も静かになった。その瞬間、ロンドが声を上げる。


「【アビリティプレス】」


 そう声を上げるとロンドは全身が緑色に光った。


「あれはオリジナルスキル!」


 ガントが興奮しながらそういう。


 だが敵のオマーンは焦りすら感じさせない余裕ぶりだった。そしてこういう。


「【アーマーダンク】」


「あーこれはオマーンの勝ちかなあ」


「って! 驚いた! 【アビリティプレス】で【アーマーダンク】と対抗して戦えるなんて」


 何を言っているか俺にはさっぱりだ。

 だが、目に見えない速さの攻防は、吸い込まれていくほど魅力がある。


 勝者はオマーン。その【アーマーダンク】というスキルに結局押し負けた。


 こんなような試合が続く中、聞いたことのある名前がスクリーンに映し出される。


「ピ、ピノ⁉」


 そこにはピノvsコレトの文字が映し出されていた。


 ピノのランクは129位だった。あまりの凄さに、思わず立ち上がる。あたりを見ると、ほぼ全員の観客が立ち上がっているのが見える。ピノのランクが129位に対し、コレトのランクは117位。ピノの武器は弓。それに対し、コレトはというと――


「素手……」


 確かにわかる。彼の体にも、手にも何も持っていない。まさかこんなところで素手の戦いが見れるとは……そしてピノの戦いも見れる。俺は、今までとは比べ物にならないくらい試合に集中した。


 ゴングが鳴り響く。その瞬間最初に動き出したのはピノだった。


「【スカイアロー】」


 そう言うと、勢いよく空に矢を放った。その矢は空へ舞い上がり、見えなくなるくらいまで上がった。なんの為かはまだ分からない。


「【オーガニックブレイク】」


 そうコレトは言った途端、金色に体を光らせた。


「金色ってことは……痛みを軽減するスキルか……」


 そうガントは言う。ということは、色によって発動するスキルがわかるのだろう。つまり【ハイハイパー】は赤色だから――


 コレトはピノに向かって勢いよく突っ走った。ピノはそれに対抗するように言う。


「【フラッシュアロー】」


 ピノの弓は見事にコレトの胸を貫いた。リョークの事があってか、痛そうで仕方がない。だが……コレトは全く動じていない。


「コレトのオリジナルスキルの【オーガニックブレイク】。完璧に痛みを軽減してやがる」


「【ブラットブロー】」


 助走をつけて、ピノに殴り掛かる。


「【ディフェンドブロック】!」


 拳が燃え上がり、目にもとまらぬ速さで上から降ってくるその拳に対抗するように弓全体を使って受けるが、ピノは吹っ飛ばされる。


 吹っ飛ばされても容赦なく追いかける。はたから見るといじめだ。


「来るぞ!」


 そうダンクは言った途端。上から矢が降ってきた。


 殴ることに夢中になっていたコレトは気付くこともなく、直に矢を受ける。不意打ちの矢にかなり大ダメージを受けているだろう。これが狙いだったのか……だがまだコレトは戦えるようだ。なんという耐久力。そしてピノに向かって走り出す。


「【フラッシュアロー】!【フラッシュアロー】!【フラッシュアロー】!」


 何度も何度も矢を放つが、やはり全くこの技はきいていない。コレトは体に数本の矢が刺さっており、見ているのも痛々しいが、本人は全くどうでもいい模様。もはやピノは、なすすべを無くしたのかもしれない。


 がしかし、俺はピノの実力を、少し甘く見すぎたようだった……

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