電子レンジ

 真夜中、チーンという聞き馴染みのある音で目が覚めた。

 これは何の音だろう。ああ、電子レンジの温め終わった合図だ。僕は布団に横たわったまま、目を開けずに考えた。

 きっと一緒に住んでいる誰かが、空腹に耐えられず冷凍庫を漁ったのだろう。

 

 僕は声優になる夢を叶えるために最近田舎から上京してきた。その際、たまたまバイト先に同タイミングで上京を考えている友人が二名いたため、僕たちはしばらく家賃を折半して共に住むことになった。世間的にはこれをシェアハウスと呼ぶらしいが、ここでの暮らしはそんなしゃれた雰囲気では全くない。

 彼らもまた僕と同じように叶えるのが難しそうな夢を追っていて、その為のレッスン料などを払うために日々バイトに明け暮れている。

 当然、なるべく家賃は抑えようということで、家の築年数はかなり高めだ。最寄駅からも、徒歩で三十分はかかる。

 新しい三人のバイトはそれぞれ違うものをやっていて、時間帯も朝、昼、夜とバラバラだった。僕は早朝からの仕事なので、いつも他の二人より早く布団に入る。

 一応それぞれに狭い部屋があるものの、キッチンやトイレ、風呂場などは共同だ。しかもキッチンに一番近い僕の部屋はなぜかドアが一部すりガラスになっているため、寝ている時に誰かがそこを使っていると、光が漏れ入ってくるのだった。


 夜中にバイトに行く漫画家志望の方は今家に居ないはずなので、使っているのは多分歌手志望のやつの方だろう。やつは少し配慮が足りない男で、僕が隣で寝ているにもかかわらずキッチンの照明を全部つけ、鼻歌を歌いながら料理をしていることもあった。

 キッチンから、ブーンという低い音が聞こえてくる。レンジで何かを温めている時の音だ。

 一度でうまく温められなかったのか、おかずとご飯を別々に温めているのだろう。


 僕は一度目が覚めると中々寝付けないタイプだ。低い音がこだまする部屋で、何度も寝返りを打った。 

 五分ほどして、再びチーンと甲高い音が聞こえてきた。ようやく静かになる。これで眠れるかも知れないと、僕は体を左に向けて両足を曲げた。これが寝入る時に一番良いのだ。

 しかしすぐに、またブーンという音が部屋に入ってきた。それが気になり、眠気が一向にやってこない。僕は少しイライラしてきた。

 僕はいつも朝五時には起きなければならない。その為いつも十時を過ぎると布団に向かわなければならないのだが、今日は色々やるべきことが重なって、大分遅くなってしまったのだ。

 眠りが浅い割に朝には弱い。このまま寝付けなければ、その分寝坊をする可能性が高まるのだ。僕は睡眠時間が減っていくことに焦りを感じていた。


 一体いつまでこの音が続くのだろう。

 薄目を開けて、ドアの向こうを確認する。その外は真っ暗で、オレンジ色の光だけがガラス越しに漏れてきていた。

 まあ、アイツなりにあれでもまだ気を遣ってくれているんだ。そう思ってなんとか自分の気持ちをおさめようとした。

 しかしその後、何度も何度もレンジの温めが繰り返された。低い音が眠りを妨げ、なんとかうつらうつらしてきた頃に、見計ったように甲高い音が鳴り響く。

 手を伸ばし、頭上にあった携帯を見る。時刻は三時半をまわっていた。僕はいよいよ頭に来て、文句を言ってやろうと起き上がった。


 電気はつけず、ドアに向かって慎重に進む。イライラさせられた腹いせに、おどかしてやろうと思ったのだ。レンジはちょうど何かが温め終わったところらしく、すりガラスの向こうは真っ暗だった。

 音を立てないよう、そっとドアを開ける。しかし、そいつの姿は見当たらなかった。トイレや風呂場も見てみたが、どちらも電気が消えている。

 レンジに物を入れて忘れたまま、部屋に戻ったのか。そう思ってやつの部屋の前に立つ。しかし、ドアの下からは光が漏れていない。そっと開けてみると、案の定部屋の中は電気がついていなかった。カーテンの隙間から外灯の光が入り、中をぼんやり照らしている。やつはひっくり返ってベッドで寝息を立てていた。

 何かをやりかけたまま電気もつけっぱなしで寝落ちていることが多々あるので、それをしっかり消している所を見ると、こいつが犯人ではなさそうだ。

 じゃあ、一体誰がやったっていうんだ。そんな疑問が脳裏によぎった時、廊下にブーンという音が鳴り響いた。オレンジ色の光に背後から照らされて、僕の影が廊下に伸びる。

 僕はぞくりとした。いや、きっとアイツだ。漫画家志望のやつの方だ。そう言いきかせたが、僕はすでに気づいていた。もう一人の部屋のドアからも、なんの光も漏れ出てはいなかったのだ。

 振り返りたくない。しかし、こうしてアレに背を向け続けている方が怖かった。思い切って振り返ってみる。

 真っ暗なキッチンで、電子レンジだけが光っている。その中に、何か大きな黒い塊が入っている。やはり、その周りには僕以外に誰も居なかった。

 僕は意を決し、自室に戻ることにした。それにはあのレンジの真横を通らなければならないが、このままここにいて得体の知れない何かと遭遇してしまうのはなんとしても避けたかった。僕は早足で自分の部屋のドアへと向かった。


 ドアを開けて中に入る。しかし、僕は気づいてしまった。レンジに入っていたのは冷食などではなかった。

 光に照らされてくるくる回っていたもの、それは男の生首だった。

 彼は僕と目が合うと、ニヤリと笑った。


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