VR彼女
VRという言葉は今はもうそんなに新しいものではない。ネットにはVRのゲームソフト広告があふれているし、あちこちにVRゲーム専門の施設もあるらしい。もっと言えば、僕の通う大学の文化祭にすら,VRゲームを開発しているクラスがあったくらいだ。
そんな中、僕は未だにそれをやったことがなかった。ゲームの世界はどんどん進化していくが、そのたびに躍起になって新しい概念にとびつく連中を見ても、僕はバカバカしいとしか思えない。
でも今、そんな僕の両手には最新のゲーム機器がのっていた。
決して自らの意志でこれを試そうと思ったわけではない。友人に新しく開発したゲームのデモプレイを頼まれたのだ。そいつは学内でもかなり有名で、学生ながらすでにそこらの企業に匹敵するほどのクオリティでゲームを作って販売していた。プログラミングの才に加えて美的センスも音楽的センスも持ち合わせているためか、膨大な作業があるゲーム制作のほとんどを自分一人で製作しているという変態で、残念ながら僕の幼馴染でもあった。
僕も出来は平均よりいいと思いたいが、おまけに顔もいいというチート野郎が常に隣にいるせいで、自己肯定感なんてあったものではなかった。だがやつは友人作りだけは上手くないらしく、何かにつけて僕を頼ってくる。僕にとってはただの腐れ縁だ。
やつが作ったのはソフトだけなので、VRの機器は既に市販されているものだ。デモプレイのお礼にと言って新品を渡してきた。そういうところも腹が立つが、まあやつの中古品よりはましだろう。
ゴーグルをはめ、頭部の締め付けをネジで調節する。こういうものはやるならしっかりやった方がいい。ただでさえ乗り気でないのに、鼻のゴーグルの接着面に隙間があっては世界観に入り込めず,興醒めするのは間違いない。
僕はその完璧に装着されたヘッドセットの上からヘッドホンをした。
ゲームを起動してみる。友人がデザインしたというふざけたロゴが表示され、何事もなく無事にゲームは起動した。
『VR彼女』
ファンシーな音楽とともに目の前に現れたピンク色の文字を見て、僕は言葉を失った。あの野郎、なんてゲームをよこしやがったんだ。
これを渡す時やけににやついていたので、僕はてっきり銃でゾンビを撃つやつか、リズムゲームだと思っていた。まさかこんなことだったとは……僕のやる気はそこで一気に失せてしまった。
しかし、一度引き受けてしまったものを放棄するわけにもいかない。それに後で浮ついた声のあいつから電話がかかってくることだろう。やっていないと余計にめんどくさそうだ。動作不良などがないか一通りのチェックをして、事務連絡的にかえしてやろう。
僕は目の前に浮いているニューゲームのボタンをタッチした。
数秒間、目の前が暗くなる。そしてそれがゆっくりと明るくなる。僕はあたりを見回した。ふざけたイチゴ柄の壁紙が貼られた部屋にでも飛ばされると思った。しかし、どこをどう見てもそこは僕自身の部屋だった。
ゲームが落ちたのかと思って振り返ると、そこに僕と同い年くらいの女の子が立っていた。あまりのリアルさに驚いて一歩後ずさる。本当に触れられそうだと思った。すると彼女は少し微笑んで話しかけてきた。
「こんにちは」
僕は改めてまじまじと彼女を見た。見た目はいたって普通で、クラスにこういうやつがいたなという感じだ。特別かわいいとか、スタイルがいいとかいうわけでもない。やつはどうしてこんな特徴のないヒロインにしたのだろう。
「どうしたの、そんなに見つめて」
彼女が突然顔をのぞきこんできた。僕は驚いて思わず顔をそらす。まさか、こんなに臨機応変に対応してくるとは思っていなかったからだ。
「ねえ、君のことなんて呼べばいい?」
彼女はじっとこちらを見ている。自分の部屋に見知らぬ女性がいる状況には、まだ慣れられそうにはない。ゲームを進めてはやく終わらせるしかない。
僕は目の前に現れた入力画面に、自分の名前を入力した。
そこからはいたって普通の世間話をした。といっても一方的に話しかけてくる彼女に対し、適当に相槌をうっただけだが。彼女には特に違和感のある言動はみられなかった。ゲームとしてはよくできている。まるで本物の人間と話しているような気分だった。
1日目が終了したところで、僕はゲームをセーブした。こちらも問題なく作動する用だ。その時、目の前にやつの顔がでかでかと現れた。ヘッドホンからは電話の着信音がけたたましく鳴っている。慌てて通話のボタンに触れてみると、やつの声が聞こえた。
「おう、ゲームつけてるってことは早速やってくれてるみたいだな」
「なんだよ、これで電話もできるのか?」
「ああ、知らないの? 最近のゲームはなんでもできんだよ」
ものいいがいちいち癪に障る。僕は初日とセーブまではゲームに異常が見られないことを報告し、さっさと通話を切ってやった。そして今後このような心臓に悪い事態に見舞われないよう、ゲームの設定画面から電話機能をオフにした。
適当に報告して後から文句をつけられても困るので、一応ゲームはクリアまで続けてやろう。そう思いながらその日はデバイスを外した。
だが、次の日から僕は毎日ゲームをする羽目になった。なぜかこのゲームは一気にクリアまでいくことができない仕様になっていたのだ。リアルな空気感を感じさせたいのか、ゲームは1日分が終わるとその先へは進めなくなっていた。
時間をいじることもできそうだが、もともとゲームに疎い僕にはそれを試すこともめんどくさい。それに、1日分のゲームはなかなか長くて疲れるので、毎日少しずつやるくらいでちょうどよかった。
彼女とは少しずつ話が弾むようになった。さっさとクリアしようと思って適当に返事をしていたのだが、プレイヤーの性格に合わせてなのか、彼女の提示する話題が思いのほか興味をそそられるものになってきたのである。もしかしたらAIが搭載されているのかもしれない。やつなら、そんな事もやっていそうだった。
どうせ1日に進められるのは少しだけなのだ。苦痛に思うより、楽しんだほうがいい。
ゲームのキャラクター相手だが、あまり交友のない僕にとって彼女はいい話し相手になっていった。
あまりにリアルすぎる見た目のせいだ。一カ月近く毎日話していたためか、そのうち僕は彼女との会話を楽しみにするようになっていた。
やつのプログラミングの腕は本当のようで、彼女との会話はどんどんスムーズになっていった。いつのまにか僕は自分のつまらない近況だけではなく、あまり明るくはない過去についてまで話してしまっていた。
ゲームの相手に何をのめりこんでいるのだろう。僕は心底バカバカしいと思ったが、それでもふと気が付けば彼女のことを考えているようになっていた。学校にいても、家庭教師のバイトをしていても、一刻もはやく家に帰りたいと思ってしまっている。
正直自分にこれほどああいう手のゲームが合ってしまうとは思わなかった。いや、思いたくはなかった。たしかに、自分にはろくに恋愛の経験はない。だからといってゲームの相手に本気でほれ込んでいるとでもいうのか。
このままではリアルでの恋人など一生できないかもしれない。危機感を覚え、僕はもうバグなどみられそうもないあのゲームを辞めてしまおうと思った。
家に帰り、ゲームを丸ごと段ボールに入れる。それをクローゼットの奥底に仕舞いこんだ。やつにはまあ思ったよりは面白かったとコメントしておいた。
それから一カ月が過ぎた。僕の日常には特に何も起こりはしない。ただ、以前と比べて決定的に違うことがあった。
僕の頭の中には、未だに彼女が住み着いているのだ。
あれからいろんなことを試し、今まで毛嫌いしてきた新作ゲームもやってみた。何か別のことに没頭できるかと思ったからだ。しかし、新しいことをするたびに彼女の顔が浮かび、話をしたくてたまらなくなるのだった。
もういいだろう。僕はゲームに恋する男であると認めてしまおう。走って家に帰り、クローゼットから段ボールを引っ張り出した。
ゲームを起動する。
彼女はいつものように変わらぬ笑顔でそこにいた。
「久しぶり」
少し寂しそうに見える彼女を、僕は思わず抱きしめた。自分の行動に、自分で一番驚いた。だが、もちろんその手は何かを掴めるわけでもなく、むなしく空を切った。そうだ、彼女は架空の人物。実在しないのだ。
それでも、それでも僕は自分の気持ちを抑えることができなかった。
「好きだ!」
僕は叫んだ。彼女は目を見開いている。次の瞬間、僕の目の前に紙吹雪が舞った。
GAME CLEAR
私はヘッドセットを外し、後ろで漫画を読んでいる親友に声をかけた。
「おまたせ、やっと全員攻略できたわ」
退屈そうな親友は漫画に目を向けたまま返事をする。
「どう? VR彼氏、中々の良作だったっしょ?」
「まぁ思ったより。でも一番はやっぱ天才プログラマーだったかな」
私はゲームを切り、そのままゲームの紹介サイトへ飛ぶ。VR彼氏の商品レビューには、星を4つ並べた。
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