第6話 まさか、キャプテンが!?

 週が開けると、先生から衝撃的な発表があった。

「突然のことなんだが、香月がU-18に選抜されることになった」

 ええっ、U-18!? キャプテンが!?

 それって日本代表じゃん!!

「ということで、香月はしばらくの間、部活を離れる」


 先生がその経緯を説明する。

 今年はコスタリカとパナマでU-20のワールドカップが行われる予定だった。

 が、世界的なウイルス災害のために延期となってしまう。もし秋以降に再流行が起これば、中止も余儀なくされるだろう。

 それならば次の大会、つまり二〇二二年のU-20ワールドカップに備えて、早めに準備を行おうとU-18日本代表が選抜されることになったという。


「そして早速なんだが、来週末にそのU-18と練習試合をすることになった」

 U-18と練習試合!?

 ということは……キャプテンと対戦するということ?

「香月が抜けたボランチの位置には桜、そして右サイドバックにメルを起用しようと思う」

 ええええええええっ!!!

 まさかのレギュラー昇格!?

 週末のキャプテンと桜先輩の会話でちょっとは覚悟していたが、いきなり先生から発表があるとは思ってもいなかった。


 急に掌に灯る柔らかい感触。見ると、隣の麻由がこっそり手を握ってくれている。

 彼女は泣きそうな顔で小さくうなづいていた。

(ありがとう、麻由)

 そんな想いを込めて、私は手をぎゅっと握り返した。



 その日から私はレギュラー組に交じって練習を開始する。

 チームの決めごと、ディフェンスラインの作り方など、私は先輩方からみっちり叩き込まれた。

 さすがに紅白戦とは違う。

 練習試合とはいえ相手はU-18。同年代の日本代表なのだ。しかもその中にはうちのチームを知り尽くしたキャプテンがいる。完膚なきまでにやられる可能性も否定できない。

 

 そんなのは嫌だ。

 せっかくのレギュラー昇格の初戦なのに、敵の背中ばかり追いかける試合なんてやりたくない。


 金曜日には練習試合用のユニフォームが渡される。

 ――背番号2。

 思わず手が震えてしまう。

 小学生の頃から憧れだった遠賀選手の代名詞。

 そして今まで桜先輩がつけていた番号。

 その背番号2を黄葉戸でつけられる日が、こんなに早く来るとは思わなかった。

 ちなみに桜先輩は、今までキャプテンがつけていた10番を背負うことになった。



 そして土曜日。

 私は麻由と一緒に準備をして、先生が運転するマイクロバスに乗り込む。

 レギュラーに昇格したとはいえ一年生は一年生。その辺り、部活は特別扱いしてくれない。

「頑張ってね、メル」

 バスの中では麻由が励ましてくれた。

「うん。今日は走って走って走りまくるよ」

 私に気負いはない。

 小学生の頃から毎日毎日走り込んで来た努力は絶対裏切らない。

 ていうか、そもそも走るだけしか能が無いんだし。

 ミスしたらどうしようなんて心配に値する技量は、私は持ち合わせていなかった。


 市民グランドに着くと、麻由と一緒に用具を運ぶ。

 ゴールを運んだり、フラッグを立てたり準備をしていると、だんだんと緊張が増してきた。

 先輩方が自転車でやって来る。

 そしてU-18メンバーを乗せたバスが到着した。


 いよいよだ。

 今日は絶対、やってやる!


 ジャージを脱ぐ。憧れだった黄葉戸のユニフォームが露になった。しかも背番号は2。

 ストッキングに脛当てを入れ、スパイクの紐を結びなおす。

 そしてレギュラー組でウォーミングアップ。足の状態は万全だ。


 グラウンドの反対側ではU-18メンバーがウォーミングアップを開始した。

 中でもキャプテンは目立つ。だって、U-18の中でも一番背が高かったから。

 それよりも驚いたのは、キャプテンが付けている背番号。

 

「4!?」


 それって、中盤の選手の番号じゃないよね?

 ディフェンス? てことは、ま、まさかのセンターバック!?

 まあ、背が一番高ければその可能性もある。

 

 私の脳裏に、先日の紅白戦の光景が蘇ってきた。

 センタリングを上げても上げても、ことごとく跳ね返されてしまう悪夢のような光景が。

『あーあ、キャプテンが味方だったらなぁ……』

 何度そう思ったことだろう。

 いや、違う。

 今からそんなに弱気になってどうする、メル!

『あーあ、メルが味方だったらなぁ……』

 キャプテンにそう思わせなくちゃいけないんだ、今日の試合は!


 ――芽瑠奈よ、諦めるな!


 いつのまにか私は、自分を鼓舞させる言葉をつぶやいていた。

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