第2話 先輩たちって意地悪!(紅白戦前半)
黄葉戸学園女子サッカー部の週末の練習は、市営グラウンドで行うことになっている。そこには立派な人工芝のサッカー専用グラウンドがあった。さすがに定期戦を乗り切るには、学園の土のグラウンドの練習だけというわけにはいかない。
私たち一年生は、練習開始の一時間前に顧問の先生が運転するマイクロバスに乗り、ボールやらコーンなどの用具を運ぶ。そして会場準備を済ませ、ウォーミングアップをしながら上級生が到着するのを待つのだ。
部員が揃って一通り基礎練習が終わると、紅白試合が行われることになっていた。
キャプテンの言葉通り、私はAチームの右サイドバックとして名前を呼ばれた。
広いフィールドに散らばるメンバー。
フォーメーションはオーソドックスな四-四-二。ディフェンダーが四人、フォワードが二人、それを繋ぐ中盤が四人という隊形だ。
私は右サイドバックのポジションに駆けていく。
――これがレギュラーとしての第一歩。
そう思うと緊張する。
スパイクの裏で、人工芝の感触を確認する。
やれる自信はある。体調も万全だ。
対する相手はBチーム。主にベンチメンバーで構成されている。
中でも注意しなくてはいけないのが桜先輩。キャプテンの言葉通り、左の中盤に構えている。これから私と直接対峙する強敵だ。
――
身長は私と同じ一六〇センチくらい。痩せ型でぺったんこの私とは違い、女性的なボディは部内一魅力的かもしれない。カールのかかった綺麗な長髪は、今日は後ろで結んでいる。
スタミナは上位クラスで、レギュラーとして普段は右サイドバックを守っている。足技は素晴らしく、パスは両足から正確に繰り出せる能力を持っていた。
ピーッと二年の先輩が吹く笛でゲームが始まった。
Aチームのキックオフ。前に大きく蹴り出されたボール目掛けて、中盤より前の選手が走り出す。
「よっしゃあ、私も!」
とダッシュをしようとしたところ、
「行くな、メル!」
センターバックの先輩に制止されてしまった。
「メルは初めてなんだから、今はラインを作ることに集中だよ!」
ラインというのは、ディフェンダーが作るディフェンスラインのこと。
わかるよ、先輩が言うこともわかる。
でも、お願いだから走らせて。私の武器は走ることだけなんだから。
抗議の意をこめて中盤を守るキャプテンを見ると、顔を小さく横に降っている。今は大人しくしとけ、という意味に違いない。
仕方がないので、前半はしっかりとディフェンスラインを作ることに専念した。
しかし私はすぐに、桜先輩からの洗礼を受けることになった。
ディフェンスラインでのパス回し。
私は丁寧に右足で
パスする瞬間、桜先輩は私に体を当ててくる。
「ぎゃっ!」
私はいとも簡単に体勢を崩してしまった。
いつもはとっても温厚な桜先輩なのに。
なに、この鬼畜なタックルは!?
でもよく考えたら、桜先輩だってこの試合にレギュラーの座がかかっているのだ。私を自由にさせたら、その座を失ってしまうかもしれない。必死になるのも当たり前だ。
私のような貧相なガリガリ女子と違って、桜先輩は見事なボンキュボーン。身長が同じなら運動量保存の法則で飛ばされるのは私の方。
桜先輩のタックルをかわせても、今度はトラップミスを狙われる。
私は右足でしかトラップ、つまりパスを受けることができないので、先輩は右足を狙って詰めてくるのだ。きちんとトラップができてもパスを邪魔される。トラップを焦ると、ミスで前にこぼし、ボールを奪われてしまう。
何度もボールを失ってすっかり嫌になった私は、手で合図してスペースにボールを要求し始めた。足元ではなく、私が走ろうとする
が、飛んでくるパスは全部足元ばかり。
「もう、先輩たちって意地悪!」
きっとキャプテンの指示なのだろう。パスは私の足元に出せと。
私に反省させるために意地悪してるんだ。
「悔しいけどここは我慢。せめて桜先輩が疲れるまで」
これだけ激しく詰めて来るのだから、さすがの桜先輩だってかなりスタミナが削られているはず。一方私は、ほとんど走っていないのでスタミナは満タンに近い。耐えていれば、チャンスは必ず訪れる。
そう悟った私はトラップすることを諦め、ダイレクトパス、つまり来たボールを直接蹴って繋ぐことにした。
「ぐっ、ダメだ……」
すぐに私は重要なことに気づく。
左足が使えないため、右足でしかダイレクトパスを送れないのだ。
ということは、ほとんどのパスが私から見て左側、つまり自陣側に返すことになってしまう。これでは攻撃に結びつかない。
「いやいや、私だって!」
左足が使えることを証明してやろう。
ちょうど左足めがけてセンターバックからパスが飛んできた。私はここぞとばかり、左足でキャプテンへのダイレクトパスを試みる。が――
「あれ?」
当たり損ね。
左足のくるぶしに当たってしまったボールは、コロコロと力なく二メートルほど前方に転がっていく。それはサイドバックとしては致命的なミスだった。
「もらったわ!」
桜先輩はそれを見逃さなかった。
さっとボールをかっさらうと、その勢いのままゴールに切れ込んで行ったのだ。
私は慌てて桜先輩を追いかける。が、後の祭り。敵の背中を追いかけるサイドバックほど惨めなものはない。
――後ろからスライディングしてみる?
いやいやそれは危険なプレーだ。
一発退場だし、ペナルティエリア内なら
それよりも桜先輩に怪我をさせてしまうわけにはいかない。たかが紅白戦で。
――自慢のスタミナで?
いやいや、たとえ追いついたとしても桜先輩からボールを奪えるとは思えない。
その前にセンタリングを上げられてしまうだろう。
すると幸いなことに、センターバックの先輩が桜先輩の前に立ちはだかった。
桜先輩は腕を振ってセンタリングの体勢に。
「止めて! お願いします!」
左足を振り抜く桜先輩。間一髪のタイミングで、センターバックが足を伸ばす。
――間に合った。
ほっとした私は、桜先輩を追いかけるスピードを緩める。
センターバックが伸ばした足は、桜先輩のセンタリングを完全にブロックした。
と思っていたのだが……。
ポニーテールを揺らす背番号2が躍動する。
振り抜いたと思われた左足で地面を蹴ってボールを止めた桜先輩は、間髪を入れずに右足でボールを動かしたのだ。
つまり、センタリングは最初からフェイントだったということ。
「えっ!?」
スピードを緩めたことを深く後悔する。
センターバックも足を伸ばし切って、これ以上対応できない。
完全にフリーとなった桜先輩は前を向き、余裕を持ってセンタリングを上げる。そして、走り込んできたBチームのファワードにきっちりとヘディングで合わせられてしまった。
ゴール!
「あー、もう嫌だ!」
私の決定的なミスで、Aチームは一点リードされたまま前半を折り返すこととなった。
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