第47話〜銀麗の魔女〜

 クロウ達が応接室に逃げてから暫くして、ギルドの職員達に『これ以上騒ぎを起こすと出禁にする』と言われたために渋々追うのを諦めたケビンは、クロウ達が逃げて行った奥の通路を忌々しそうに睨んでいた。


「クッソォ、あの野郎ォ……!」


 怒りで頭が沸騰しそうだった。チラッと見えた限りじゃウッドランクのタグを付けた冒険者に、明らかに態とらしく足を踏まれた事が、彼のプライドに傷を付けていた。

 冒険者はある種実力主義な所がある。即ち、ランクが高い程偉く、そして舐められたら負けなのだ。だというのにウッドランクに舐めた真似されたまま黙っている事は出来ない。それはケビンが新人如きに侮られている事を意味し、周囲から嘲笑われる原因にもなる。

 ……というのは建前だ。本当の所はただ、気分の良い時を邪魔された上、その相手が格下ウッドランクで、更に自分に一切目を向ける事無く去って行った事がこの上無く気に食わなかった。


「戻って来たらタダじゃおかねえ、ぜってぇにぶっ潰してやる……!」


 あの時のすかした顔をボコボコにして、隣に居た女を目の前で滅茶苦茶にしないと気が済まなかった。


「落ち着けよケビン。どうせあいつ等は逃げられねえんだ。戻って来たら落とし前付けりゃ良いんだよ」

「分かってんだよ、クソが!」


 冒険者がギルドから出るには此処を通らないと行けない以上、此処で見張っていれば必ず戻って来る。ケビンのパーティーメンバーは自身も含めて五人。向こうは五人中二人は足手纏いウッドランクだ。数で押して叩き伏せれる。

 そう思っていたケビン達に近付く者達が居た。


「お前等、あいつにちょっかい出すつもりか?」


 そう言って来たのは、良くギルドに併設された酒場で酒を飲んでいた冒険者パーティーの一つだった。


「あ? 何だよお前等」

「もしそのつもりだってんなら、悪い事は言わねえ、止めておけ」


 質問に答えずに言いたい事だけ言う彼等に、ケビンの苛立ちが募る。


「だから、何なんだよお前等は! 俺達がどうしようと勝手だろうが! 大体お前等だって、俺があの女共をいびってた時はニヤニヤしてただろうがよ!」

「あぁそうだな。俺達も何も言うつもりは無かったよ。さっきお前が足を踏まれるまではな」

「ッ! んだとテメェ!」


 言い回しが自分を馬鹿にしているように感じて激昂したケビンが冒険者の胸倉を掴んで凄む。

 だが、向こうは白けた目でケビンを見るばかりだった。それが余計に馬鹿にしているように見えて、ケビンの神経を逆撫でする。


「俺達は親切で言ってやってんだ。あの二人が味方に付いた時点で、俺達はもう、あの女達に手を出さねえ事にしたんだよ」

「は? 何言ってんだよ。お前まさか、ウッド相手に怖気付いたんじゃねえだろうな!?」


 そう言いながら相手の冒険者のタグを探すと、そこには青銅製のタグが付けられていた。つまり彼はブロンズランク。ケビンと同等の階級という事になる。


「ハッ! こいつは驚きだ! ブロンズランクのテメェが、入ったばっかの新人に怖気付くなんてなぁ! おいお前等も笑ってやれよ。新人を怖がる玉無しだってよぉ!」


 そう言って彼等を嘲笑うが、それで追従して笑ったのはケビンのパーティーメンバーだけだった。他の冒険者達の殆どはケビン達に同情か、あるいは呆れの眼差しを向けていた。

 彼等の予想外の反応に、ケビン達がいぶかしむ。すると、目の前の冒険者が手首を掴んで引き剥がした。


「分かったろ。此処に居る全員が理解してんだ。新人の銀髪の女には手を出すなってな」

「銀髪の女?」

「忠告はしといたからな。今後お前達が馬鹿な事やろうが、俺達は関係無えからな」


 そう言って冒険者はギルドを出て行った。他の冒険者達も我関せずといった感じでケビン達を無視しだす。


「どうなってんだ……?」

「なあ、ケビン」


 困惑するケビンに仲間の一人が声を掛ける。その顔はさっきまでとは対照的に青ざめていた。


「今あいつが言ってた銀髪の女って、昨日噂になってた『銀麗の魔女シルバーナイトメア』の事じゃないか?」

「あ?」


 『銀麗の魔女』、それは昨日突如冒険者の間で流れた噂だ。

 曰く、見た目は可憐な銀髪の少女なのだが、不用意に近付くと呪われてしまい、気力や体力をごっそりと削られてしまうのだそうな。

 他にも当時冒険者ギルドに居た冒険者全員を半殺しにしたとか、目を合わせただけで魂を抜かれるとか、手を触れる事無く人を殺せるとか。そんな話が昨日、突然降って湧いたように語られるようになっていた。

 仲間に言われて、確かに二人居たウッドランクの側が銀髪だった事を思い出すが……、


「お前、そんな話本気にしてんのか? あんなの酒飲み共が適当に流した法螺ほらに決まってんだろ」


 冒険者が酒を片手に語る話は大抵が誇張された根も葉も無いものだ。真面目に取り合ってたらキリが無い。

 実際魔法が使えれば手を触れずとも人は殺せるし、魂を抜かれるも、見た目が良くて惚れた男が居たとかなら辻褄つじつまは合う。噂の真実は、現実には大した事が無いかもしれない。寧ろその可能性の方が高い。そんなのに怯えていたら、冒険者なんてやってられないのだ。

 しかし仲間は引き下がらなかった。


「でもあいつ等の顔見てみろよ! 賭けで大損しても大口開けてるような奴等が揃って口を閉じて下向いてんだぞ! お前にはあれが俺等を騙すための演技に見えんのかよ!」


 普段なら酒を飲んで馬鹿騒ぎしている筈の冒険者達が、今に限っては恋人が死んだかのような暗い雰囲気に包まれていた。此処で飲んでいる姿を良く見かける者程、その度合いは顕著だった。

 尾鰭おひれが付いた噂にしては周囲の反応が異常だ。もし本当の話だったのであれば、とんでもない相手に喧嘩を売った事になる。

 女三人をいびるのとは訳が違う。今はまだ向こうが完全に敵対していないと思われるが、もしそうなれば噂の真実を自身の身で体験する事になる。そうなれば噂の内容的に大怪我は免れないし、仮に命が助かっても、その後同業者から『実力の差も分からない無能』というレッテルを貼られかねないのだ。そんなリスクは許容出来なかった。

 両者意見を譲らず、このままだと殴り合いにまで発展しそうな時、横から別の仲間が割って入った。


「二人共落ち着けよ。兎に角、このままじゃ悪目立ちし過ぎる。一旦退くぞ」

「おい、まさかお前まで怖気付いた訳じゃねえよな!?」

「そうじゃねえよ。俺達で争ってもどうしようも無えだろうが。少しは頭冷やせ馬鹿が」

「ッ! ──チッ、クソったれ!」


 正論で諭されてぐうの音も出ないケビンは、行き場の無い怒りを舌打ちと地団駄で発散する。


「移動するぞ」


 その言葉に今度こそ異論が出ないのを確認して、ケビン達はギルドを後にした。

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