第43話〜将軍の追撃〜
俺達の前を立ちはだかり、威嚇するオークを後ろからシャドウアサシンが強襲する。既に何度も行われた光景だ。良い加減見飽きたとも言える。
そして案の定一撃で死んだオークをカード化して回収、そのまま止まらずに進み続ける。速度は精々早歩き程度だけど、森の中を全力疾走するのは危険だし、何より怪我人のシャロンがそんなに早く走れないようで、あまり早く移動出来ていない。
「ローグライまで後どれくらい?」
「このペースだともう少し掛かりますね」
「後ろのオークの方はどうよ?」
「ギリギリだね。思ってたよりも距離を稼げて無い。周囲からの妨害も多いし、少しペースを上げないと追い付かれるかも」
ペースを上げるったって、怪我人が居る以上これ以上は難しいだろうな。
「つーか、何だってこんな執拗に狙われてんだよ」
もう既にオークの縄張りは抜けている。だというのに先回りされるレベルでオークが居るのは明らかにおかしい。
「向こうも必死なんだろうね。何としても確保したいみたい」
「確保って?」
「繁殖用の母体って言えば分かる?」
「うへぇ……」
それってファンタジー作品でよく聞く、他種族を捕まえて無理矢理子供作って繁殖するって奴?
「つまり三人を捕まえるために必死こいて追いかけて来てるって事?」
「今なら私もだろうね」
「ざっけんな畜生が!」
豚風情がウチのシロさん手籠めにしようなんて十万年早いんだよ。千回輪廻転生してから出直して来いってんだ。それでも渡さないけどな。
「強力なモンスターが手持ちにいれば根絶やしにしてやるのに……!」
「クロウ……」
オーク相手に敵愾心を燃やす俺を見て、シロがウットリとした表情になる。
「こんな状況で惚気ないでくれる!? 結構ヤバい状況なんだからさ!」
「いや、別に惚気てる訳じゃ無いんですけど」
「自覚無し……!?」
何か信じられない物を見たような顔してるけど、本当に惚気て無いから。惚気るならもっと凄い惚気方してるから。……多分。
「というか、そっちこそもうちょっとペース上げられたりします?」
「うん……ごめん、ちょっと無理みたい」
シャロンがペースを上げようとするが、直ぐに左腕を押さえて諦める。走る時の振動が腕に響いているのか。これだと無理させてもあまり保たないな。
「何とかして時間稼ぎとか出来ないかね?」
「あんたの使役する魔物でも嗾けしかけたらどうなのよ」
「どう思うよシロ?」
「まあ全員ぶつければ時間稼ぎにはなるかもだけど、敵の戦力も分からない状態で放っても意味無いかもしれない。それならまだ追い付かれてから殿しんがりにしても良いと思うよ」
成る程。オークは群れを作る魔物らしいからな。一体だけ追って来てるって事は無いだろう。さっきから時々オークを見かけるのも、俺達を捕まえるために広く展開していたからかもしれないし。
無理に時間を稼ぐより、追い付かれた時に退路を確保するための戦力に回した方が吉か。
「もう少しでローグライです!」
「助かった!?」
リーリエの報告にシャロンとアルマの表情が明るくなる。が、俺の気分は優れない。さっきシロは逃げ切れるかギリギリだと言っていた。そしてこういう時に限って────
「いや、間に合わなかったみたい」
「やっぱりか」
後ろから高速で飛び出した巨大な質量体が降って来る。リーリエは単独で、シャロンはアルマに庇われながら避け、反応が追い付かずにやられそうになった俺は、横からシロが抱えて助けてくれた。何かカッコ悪い。
そして俺達が居た所に落ちて来るオーク。普通のオークと比べても一回り大きく、背には無骨で大きな剣、局部には革鎧を取り付けるように纏った如何にも偉そうなオークだ。
「クロウ。マリーを呼んで」
「え?」
突然シロから緊急事態用のマリアベル再召喚の要請が出た。つまりあいつが、そうしないと勝てないようなレベルの相手だって事か?
「あれはオークジェネラル。シルバーランク相当の魔物だよ。シャドウ達が数で攻めても厳しいと思う」
シルバーランク。つまり手持ちの殆どのモンスターよりもワンランク上の魔物。ランク一つでゴブリンとオーク程の差があるこの括りにおいて、この差は大きい。
でもその言い方だとやり方次第では倒せなくも無いみたいな言い方だ。何でマリアベルを呼ぶ必要が?
「それにあれの後ろからも大勢近付いて来てる。時間を掛けてたら囲まれちゃうよ」
あぁ、そういう事か。こいつオークジェネラルは謂わば時間稼ぎのための囮のようなもの。こいつ相手に時間を掛けてたら、後ろから来た大量のオークに囲まれて逃げ場を失う。
だから短時間で倒す必要がある。出来る限りの最大戦力で。
「マリアベルが居れば、完封出来るか?」
「戦い方次第でね。隙さえあれば行けるよ」
そういう事なら安心して召喚出来る。そう思っていると、オークジェネラルが雄叫びを上げた。
「ブォォォォォーーーーーー!!!」
「うっせっ!」
若干距離があるにも関わらず耳を劈つんざくような、金切り声にも似た声。間違い無い、さっきの雄叫びはこいつの仕業か。
つまりこいつがこの部隊の頭、司令塔か。ならこいつを倒せば後続も諦めるかもしれない。
思考操作でマリアベルをカードに戻し、ついでにシャドウアサシン二体を戻してメタルナイトと共にマリアベルを再召喚する。
俺を敵から守るように現れた鉛色の騎士の横で、今朝俺を見送ってくれたメイドが姿を現す。
「召喚に応じ参上しました、御主人様」
「おう。早速で悪いけど急いでんだ。俺とメタルナイトで隙を作るから、速攻で仕留めてくれ」
「かしこまりました」
マリアベルは俺に一礼し、そして敵であるオークジェネラルを一瞥すると、まるで空気に溶けるかのようにその場から消えた。
これがマリアベルの本気か。どこに居るのか全く分からない。まあ素人に察知されるような技能じゃ暗殺なんて出来ないか。今はそれより役割を果たす事に集中すべきだ。
「お前も悪いな。ちょっと無茶させるわ」
「──ッ!」
盾を構えて臨戦態勢に入る。良いね、頼もしいわ。
鉄の剣を召喚して両手で持つ。やる事は既に思考操作で命じてある。命令は単純、正面からぶつかってヘイトを稼ぐ!
「行くぞっ!」
「──ッ!」
合図と共にメタルナイトが飛び出し、その斜め後ろを追従するようにオークジェネラルに接近する。メタルナイトは盾を構えたまま突進、対するオークジェネラルは手に持った剣を振るう。
────ズガァァァァァン!!!
大質量の鋼がぶつかり、耳が痛くなるような金属音が鳴り響く。拮抗は無かった。
「ブルァァァァァ!!」
「──ッ!?」
オークジェネラルの一撃が、メタルナイトを打ち上げた。二メートル近くある鋼鉄の質量体が宙を舞う。普段だったら間抜け面で眺めそうな光景だけど、今は作戦中だ。それ以外は頭に無い。
「ソォォォォォイッ!!」
持っていた鉄の剣を投擲。コントロールには自信がある訳では無いけど、それでも今回は上手く飛んでくれた。狙い通り、オークジェネラルの剣を持っていた右側の肩にや刃が突き刺さる。
手から剣が落ち、左手で刺さった鉄の剣を引き抜く。良いぞ、両手が塞がった。
「──隙だらけです」
直後、横一文字のオークジェネラルの首が跳んだ。いつの間にかオークジェネラルの背後に移動していたマリアベルの手には大振りのナイフが握られていて、それで斬られたのは明らかだった。
オークジェネラルから赤い噴水が上がり、巨体が倒れ伏す。
「おぉ、すっげぇ」
メタルナイトですら押し負けるレベルの相手に背後を取って一撃で暗殺。流石はゴールドカード。戦闘力も高いのな。
「御主人様。敵、無力化致しました」
「あぁ、うん。ありがとう。凄いのな」
「ありがたき幸せに御座います」
そう言って会釈するマリアベルのメイド服には血が一滴も付着していなかった。流石暗殺メイド。しっかりしてんな。
「……倒したの?」
後ろで見ていたシャロンが呆然と呟くのが聞こえた。
「え? オークジェネラルって首切られても生きられんの?」
「いえ、オークジェネラルにはそのようなスキルはありません。間違い無く死んでいるかと」
何だ、やっぱり死んでるんじゃん。信じられないように言うからちょっと疑っちゃったよ。
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